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第五話・御嬢様とくまさんの最期

帰らずの森・血の湖。


「クソッ…あのアマァッ!!よくも俺達をこんな目に!!」


「チクショウ!一体どこまで飛ばされたんだよ!!?」


全体を汚い血液で染めた様な赤黒い不気味な湖にて、古象人(マンモス)化石魚(シーラカンス)が憤っていた。この二人は二つの種族のグループの元リーダーであるが自分達の縄張り争いに乱入してきたリクスによって撥ね飛ばされ、現在に至る。


「それにしても何故誰も俺達を探しに来ないんだよ!?ふざっけんな!!」


「ハッ!おいおいドゴンガ!相変わらずテメェら古象人ってのは能無しデクノボウの集まりだぜ!薄情者の仲間に見捨てられるんだからな!」


「うっせーよ!ヴァイト!!仲間が誰も探しに来ない薄情者しかいないのはお前だって同じだろ!?所詮化石魚も役立たずの雑魚集団だろが!バカッ!!」


「…だとテメェッ!?」


頭頂がハゲた右目を眼帯で覆っている黒毛の体毛を生やした古象人の元リーダー・ドゴンガと鱗が全て逆立った全身にワニの様に大きく裂けた口をしている化石魚の元リーダー・ヴァイトはここでもまた醜い言い争いを始めた。彼らの仲間はというととっくの昔に和解してしまったというのに元リーダー同士はというと御覧の有り様である。


「殺るかテメ…ん?」


「上等だ!ブチ殺…なんだこの地響きは…?」


本格的な殺し合いが始まりかけた時だった。遠くから地響きが聞こえだし、しかもそれがまるでこちらに向かってくるかのように近づいていき…。




「ヴォオオオオオ!!ゴギャアアアアア!!」


「「うぉおおおおお!!」」


「「「まだ追ってくるゥウウウウウ!!」」」


「「。」」


…なんか来た。


「どけェエエエエエ!!」


「邪魔だァアアアア!!」


「「ギャアアアアア!!?」」


森の魔獣王・鬼熊と珍妙な一団…否、リクスとバンホー、その他古象人のグループがこちらへ向かって来ており、ドゴンガとヴァイトは逃げる間もなく二人共激突されてしまいまたしても吹っ飛ばされてしまった。


「あれ?今どっかで聞いたような声が…。」


「なんだ?また知り合いか?」


「いえ、気のせいですねぇ。」


尚、彼らをぶっ飛ばしたバンホーはというと元リーダーのドゴンガを巻き添えにしたことすら気づいてなかった模様…どうやら鬼熊に追いかけられて考えたり周りを見る余裕も無いのもあるが、バンホーの中では完全にドゴンガの存在は無かったものとされてしまってるようだ。


「グゴォオオオオオオ!!ヴォオオオオオンッ!!」


「おのれ…しつこく追いかけてくれる!!いい加減ヘバってくれてもいいと思うがそうもいかないかッ!!」


「ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!底無しの体力なんて有りかよォオオオオ!!」


鬼熊は疲れる様子すら見せずひたすらにリクス達を追跡してくる。普通の魔界の猛獣ならば大体逃げ回っていれば振り切れるものだが鬼熊のしつこさだけは最早別格であった。余程腹が減って理性が無いのか、目の前にいるエサであるリクス達を喰わない限り止まらないだろう…。




しかし、この命懸けの鬼ごっこも此処でようやく終わりを迎えた。何故ならば…。


「おぉおおおい!!リクス御嬢ォオオオオ!!バンホォオオオオ!!全員飛んでくれェエエエエエ!!」


「「…おおおおおおおッ!!」」


目の前に突如、リクス達の行く手を遮るかのようにロープがピンと張られ出したのだ。声の主の呼び掛けの意図を瞬時に悟り、豪快なジャンプで全員ロープを飛び越え…そして。


「ヴォアッ!?ギェアアアアーーーッ!!?」


猛スピードでアホみたいに突っ込むだけの鬼熊はロープに足を引っ掛け、盛大にコケて、森全体を揺るがさん勢いで地面に叩きつけられ、仰向け状態で倒れてしまった。


「シャアッ!!全員の離脱を確認完了!野郎共!!網と毒銛を放てッ!!」


「「「了解ッ!!」」」


「ヴォオオオオオ!!?ギャガァアアアア!!ヴゲェエエエエ!!?」


声の主の合図と共に森の茂みや木の上から化石魚達が現れ、次々と投網や大型の毒の銛を鬼熊の無防備に晒されている顔や胴体、手足などに目掛けて放ち、再び暴れだす暇も与えず動きをドンドン封殺していく。


「グォアッ…!ゴフッ…ガハァッ!?」


「ギャーハッハッハ!!無駄無駄ァアアアア!!その毒銛は食人植物族の有毒種から採取した麻痺毒だ!動けやしねぇよ!!」


先程放った毒の銛には化石魚達と交流のある植物の身体を持つ魔界の種族・食人植物(マンイーター)族から狩猟で得た獲物と引き換えに譲ってもらった食人植物族の亜種・鳥兜(モンクスフード)の毒をふんだんに塗りたくってあり、その毒は触れた瞬間に即座に全身を伝わり神経が完全に麻痺してしまい、それは如何に鬼熊とて指一本動かすことも出来なくなる程強力なものであった。


「よくぞやってくれた。御苦労、感謝するぞ…化石魚達(おまえたち)。」


「いえいえ!これっくらい楽なもんスよ!御嬢!」


「恐ろしいほどエゲつない手段使いやがるなぁ…テメーらと和解出来て改めて良かったと思うぜ、ギャスク。」


「ヒャッハッハッ!!どうよ?バンホー、オレらの鮮やかな狩りの腕をよ?見直しただろぉ?キッヒッヒッヒッ!!」


元リーダー・ヴァイトなき今、新たに化石魚グループを率いている新リーダーである黒と灰の鱗に包まれてるが左目周辺のみ鱗が剥がれ落ち、下顎に釣り針を刺してる化石魚・ギャスクはリクスとバンホーからの感謝と狩りの腕前を評価されて気分を良くしたか、大きく裂けた口を開いてゲラゲラと悪どく笑い出した。


「しかし、よくこんな仕掛けを用意出来たな?」


「ん~、時間さえありゃもっとこれよりエゲツねー罠用意出来ましたがなんせ御嬢達がヤベーっていう一大事だと聞いたもんで御覧の通りロクな道具集まらねーもんですからこんな雑な感じになりやした!ウシャシャシャ!!あ、おいバンホー!この娘に感謝しておけよ!!」


「よ、良かった…ハァハァ、間に、合って…ゼェ、ゼェ…。」


「お、カイナじゃないか!でかしたぞ!!」


本人は『急ごしらえの雑な仕掛け』と言い放つが元々ギャスク達化石魚は危険と隣り合わせである狩猟民族故に急事でも即興で簡易的な罠を用意出来る程の技術と手腕を持っており、これくらいの罠の設置は容易であるようだ。此処で気分が良くなり喋り倒しまくるギャスクの後ろから息切れをしたカイナが現れる…どうやら無事に彼らにリクス達のピンチを伝えられたようだ。


「ごめんなさい、ギャスクさん…私が急かしてしまったようで…」


「気にすんなってカイナちゃん!オレ、こーゆーことには慣れてるから!なんなら簡単な罠の作り方教えてやろっか?」


「やめんか!!…ん?リクス御嬢様はどこ行った?」


緊急事態とはいえ、グループを引き連れて狩りの真っ最中だったギャスクの手を煩わせてしまったことに罪悪感を感じたカイナであったが肝心のギャスクはというとむしろ御機嫌な様子でカイナに冗談半分に罠の作り方を教えようとする始末、ツッコミを入れるバンホーだったが此処で何故かリクスの姿が見えないことに気づく。




「ヴゥウウウ…!!ガヴゥアアアッ…!!」


「こ、こいつ…まだ抵抗するつもりかよ!?」


「いい加減にくたばれっての!この熊公!!」


その頃、荒い唸り声を漏らしながら鬼熊は毒が全身に回った状態にも関わらず、血走った眼で周囲を睨みつけ、前に進んでリクス達を喰らおうともがく…その様子に周りで見張っていた化石魚達も戦々恐々に警戒しながら毒の銛やボウガンを向ける。


「悪いがおまえ達、退いてもらおうか。」


「へ?御嬢様???」


「いや、ダメですって!この熊公がいくら動けないからって危ないッスよ!!」


「フッ…何、最後の仕上げをするだけだ。」


バンホー達の側からいなくなっていたリクスがフラリと現れ、化石魚達に退くように言い、そして鬼熊の眼前に立ち…。



「ガウァアアアアア…アッ!?」


「痛めつけられて少しは周りを見れるくらい『冷静』になってきたか?」


「ゴ、バ…ゲッ…!?」


「ようやく私の邪眼()を見た事を『認識』したな?鬼熊よ。」


リクスは不敵な笑みを浮かべながら自身の金色の瞳を今の鬼熊と同じ、血に染まった赤黒い眼に変えて邪眼を発動させた…周りが見えないほどの狂乱に駆られていた鬼熊も化石魚達の罠でダメージを負って憎々しげに周りを見ていたのが仇になり、リクスの邪眼をまともに見てしまい、段々体が石化していった…。


「ゴバァアアアアッ!!」


「残念だが…その爪が届くことは無い。」


「ア。」


「さらばだ。森の魔獣王よ、永遠に眠っていてくれ。」


最後の力を振り絞った渾身の一振りがリクスの頭目掛けて振り下ろされるも、その勢いは彼女の頭に触れるギリギリのところで止まり、鬼熊は完全に石と化した。森の魔獣王は最期まで獲物を喰らうこと叶わず、此処でようやく沈黙する…。




「貴様との鬼ごっこ、なかなかにスリリングで楽しかったぞ?」


森を治める領主として、狂乱の獣に今最大級の賛辞を送り…リクスはバンホー達の元に戻った。





「皆の者、よく無事に生きてくれた。帰って夕食にしようか?」


「「はーい!!」」





(あ…わ、私の村…盗賊だけでなく、リクス様達と鬼熊に荒らされてメチャクチャに…もう私、帰れないんじゃない!?)


…哀れな犠牲者(カイナ)の存在をすっかり忘れて…。

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