第四話・御嬢様逃亡中
「ヴォオオオオオ!!ゴァアアアアアア!!フギャオオオオオォアアアア!!」
「しつっこいなッ!いい加減ッ!!こいつ…意地でも我々を喰らわなければ気が済まないのかッ!?」
「「「ひいいいいいい!?もう嫌ァアアアアーッ!!」」」
鎌鼬の村を過ぎ去っても尚、鬼熊との逃走劇は続いていた。ここまで誰一人犠牲を出すことなく逃げ切れるリクス達もある意味凄いが彼女達を自分の腹に一人残らず納めようと躍起になる鬼熊の執念と食欲もここまで来るといっそ清々しいものが感じられる。
「御嬢様!あいつを邪眼でどうにか出来ませんか!?俺達に使ったみたいに…!!」
「バカ言うな!いくらなんでも私の邪眼は万能じゃないぞ!?」
「えーッ!?」
「あの鬼熊みたいに理性が無さすぎて私の邪眼と目が合ったことへの『認識』が出来ないような奴には効かん!既に何度も試したがダメだった!!」
「そ、そんなぁ~ッ!?」
当たり前だがリクスの邪眼がどんな相手だろうが通用する…などと、都合のいいシロモノでは断じてない、効果を発揮する条件は相手側からの『リクスと自分の眼が合ってしまったという事実』と『それを認めてしまったという認識』、この二つが必要不可欠である。
人と人とがすれ違い様に歩く際についつい相手の顔をチラッと見てしまうような出来事のようにうっかり条件反射的にリクスの眼を見てしまうような迂闊な相手ならアッサリ引っ掛かって石化出来る…しかし、ごく稀に『自分は見てない!断じて見てない!』と強く自分の精神を保ちその事実を否認するような者や認識力も理解力も欠如してる野生の獣や狂戦士じみた者には効かないし、また、この能力は『生物』にしか効かないため重機械兵のような機械などそもそも生命という概念が無い無機物系統の魔界の住人などにも効果が一切無かったりする。リクス本人も言うように本当に万能の能力ではないのだ。
「完全に万事休すってヤツ…へッ!?」
「打開策なんてそうそう思いつく…んんッ!?」
リクスとバンホーのこんなやり取りをしてる時だった。見慣れない一人のどこかの種族の少女と謎の鎧騎士が自分達を横切って前へ全速力で飛び出してきた。
「うえええええ!!なんでこうなるのォオオオオッ!!」
「うあぁああああ!!最悪だぁあああああ!!」
それは鬼熊の猛威に巻き込まれて鎌鼬の村から逃げ去ってきたカイナとアーヴァルトだった。リクス達のように重機械兵や大鎧蜥蜴などの足になるような乗り物が無いにも関わらず自分達の生身の足だけでここまで全力疾走しているというのだから驚きである。
「なんだ?あんな奴等いたか?」
「あー…そういや、さっきどっかの村みたいなところを走り去って来たあたりからついてきた気がします…。」
リクスはあまりに逃げることに夢中になってようやく二人の存在に気づいたようだ。対してバンホーは地味に気づいていたらしい。
「…ん?もしかしてアイツ、カイナか?」
「知り合いか?」
「はい、俺達古象人とは比較的友好関係だった種族なんで…って、ことはさっき通り過ぎた村は鎌鼬の村だったか?おい!カイナ!お前、カイナだろ!!」
「バンホーさん!何故此処に!?」
「いや、ちょっと…まぁ、ワケ有りってヤツでな…」
意外なことにバンホーはカイナと知り合いだったようだ。今でこそ仕事仲間となったが血の気が荒い狩猟種族である化石魚達と小競り合いの醜い争いをしていた頃からの付き合いで、彼女の村に農作物を渡し、代わりにカイナ達鎌鼬からは自慢の鎌による伐採から得られた木材を貰うという物々交換を通じて村人全員を含めてお互い知り合ったようだ。バンホーは声を張り上げて前方を必死に走る彼女に話しかけるとカイナの方も驚いてしまった。
「…ん?待てよ、しめた!御嬢様!!もしかしたら俺達助かるかもしれません!!」
「なに!?本当か!!」
どうやらバンホーはカイナのおかげでこの危機的状況を打開出来る名案が浮かんだようだ。
「カイナ!!化石魚達を探してきてくれないか!?そんでもってヤバイことになってるって伝えてきてくれ!!」
「え…?バンホーさん達って、確かあの人達とは仲が悪いんじゃ…?」
「そりゃもう昔の話だ!今じゃこちらの御嬢様の下で一緒に仲良く働いてる!!悪いがそこらは割愛する!急ぎですまんが頼む!!」
バンホーのまさかの頼みにカイナは困惑した…バンホー達古象人らと化石魚達との昔からの縄張り争いによる確執こそは知っていたが最近になってリクスの強引過ぎるスカウトが元での和解(?)流石に知らなかったようだ。
「バンホー、あの娘に任せて大丈夫なのか?」
「御嬢様、鎌鼬って種族はですね…」
「…解り、ました…!必ず見つけてきます!!」
「…魔界一の俊足を誇る一族なんですぜ!!」
瞬間、カイナはその姿を消した…何かが森の木々を激しく走り抜ける音と共に、彼女は一陣の疾風と化して化石魚達を探しに行ったのだ。さっきまで幽鬼甲冑の襲撃や鬼熊に追われたりのパニック状態になって冷静でなかったのだが鎌鼬という種族は身体の一部を鎌に変えての戦闘だけでなく、最大の力はその『脚』である。最速を誇り、風そのものとも言えるスピードで走り回り、カイナ達鎌鼬に追いつける者は魔界広しといえども滅多にいないだろう。
「…ところでさっきからカイナという娘と一緒に走ってたアイツはなんなんだ?」
「見たことない種族ですね、外部の余所者か?」
「今更!?気づくの遅ェエエエエエッ!!おいコラ!走るのそろそろ限界なんだよ!助けろ!!」
カイナを見送った後にようやくアーヴァルトの存在に気づいた二人であった。
「バンホーさぁあああああん!!ソイツは私達の村を襲った盗賊でぇえええええす!!」
「あ!?バ、バカッ!!」
「「「「「…あ?」」」」」
走り去っていたハズのカイナは自分の声を風に乗せてリクスとバンホーにアーヴァルトの悪行を暴露した。そしてそれを聞いたカイナ達鎌鼬と交流のあったバンホーや周囲にいたこれまた存在を忘れられていた他の古象人達はというと…。
「「「死ねェエエエエエ!!」」」
「ゴハァアアアアッ!!?」
木の伐採に使っていた斧や古象人族が戦いに用いている棍棒などをアーヴァルト目掛けて投げつけた。走るだけで精一杯なアーヴァルトは避けきれず全て命中して豪快に倒れ…。
「ヴォアアアアア!!ギャゴオオオオオオ!!」
「ちょっ…やめ…!?俺は斬られるのはともかく砕かれるのは…!!ウギャアアアアア!!」
狂暴な咆哮を上げて追いかけてくる熊によって情けない悲鳴を上げながら無惨に踏み潰されてしまった…幽鬼甲冑族は身体を斬られてもパーツとパーツとが自動的に接合され再生するのだが、パーツそのものが粉々に粉砕されてしまうと再生こそは可能なのだが時間がかかり過ぎてしまうという欠点を持つ、パーツの破損によるダメージの度合いによっては二度と復活出来ない恐れがあるのだ。
「死んでろ、外道が。」
「貴様が怒るのを見るのは化石魚達との縄張り争いの時以来だな、まあこの森での縄張り荒らしは死より重いがな。」
基本的に鬼熊などの猛獣の恐ろしさ、ならびに魔界貴族であるヴァジュルトリア家の影響も有り、余所者が入り込むことは滅多にないのだが極稀にそれを知らずに入り込む愚かな侵入者もおり、アーヴァルトもその一人であった…この森における余所者による住人の縄張り荒らしは殺されても文句の言えない重罪のため、彼の末路は自業自得でしかない。
「さて、色々あったが…バンホー!!」
「了解です!リクス御嬢様!!あとお前ら!!今はひたすらに逃げるぞ!!カイナがやり遂げるまで!!」
「「「ウォオオオオオオオ!!」」」
体勢を持ち直し、彼らは再び森を駆け抜ける…鬼熊の脅威から逃れるために。