第三話・御嬢様と森のくまさん
リクスの食糧生産計画は二大種族による専門スタッフ達の加入により大きな成果を見せていった。
「皆の者、御苦労であった。休憩が終わり次第、今度は奥の方の開拓と食糧サンプル採取を頼む。」
「「「了解しました!!リクス御嬢様!!」」」
リクスは休憩を挟みながら食事を摂ってた古象人と化石魚のスタッフ達の働きぶりを労い、次の指示を下した…傍若無人な暴君じみた性格をした彼女ではあるがキチンと大義を成し遂げた者に対しては正当な報酬と評価をするのでこの性格もあってか、今ではすっかり二大種族の面々はリクスと打ち解けていった。
「ほう、近隣では見かけない美味そうなものばかりではないか…はしたないのを承知で頼みたいのだが、私にも分けてもらえないだろうか?」
「どうぞ!どうぞ!いくらでも!」
「まぁ俺達の普段食べてるものなんで、お口に合うか分かりませんが…。」
「ふむふむ、なるほど…私の館付近にはいなかったから知らなかったが…河童の肝はこうして食べると美味いのだな、久々に飯を食えたという実感がする。」
「生のままでは血の匂いが鼻につくんで、我々の集落では一度湯通しした後、裏ごししてスープに溶かしこんでます。」
「調理法だけでこんなに変わるとは…それに、この茸精。スナック感覚で病みつきになって大変だぞ、これは。」
「油で軽くフライにして食べる…というのが俺達の一族では定番のオヤツです。酒にも合うんで尚更やめられなくなります。」
(…驚いた。私の知らない味ばかりだがどれも美味しい…。)
食いしん坊なリクスは古象人と化石魚の食べてたものを見るやいなや、すかさず彼らに頼んでいくつかつまむと、毒蜥蜴のコックが提供した料理とは段違いな程の的確な調理法で作られた大変美味しい珍味の数々に普段の気難しそうな仏頂面が一変…どうやら彼女の好みに合うものに満足したか、僅かにだがその頬を緩ませた…。
休憩が終わり、古象人と化石魚の面々は再び作業を開始した。リクスはというと雇い主だからといって単に何もせずにふんぞり返ってるのも暇だと思い、森の奥地に向かう古象人のグループに着いていき、彼らの作業を見物していたり、彼らから農業のコツなどを聞いたりしていた。
「森がこんなに草木で覆い繁ってるっていうことは此処の土地自体の質が良いってことなんですよ。そこに目をつけて俺達は農業で食糧になるものを代々栽培してきました。」
「そうか…では私の思いつきでやってたこともあながち間違いではなかったな。」
「ハハッ!お見事な着眼点です!」
本来のリーダーが行方知れずとなったため急遽の古象人グループの新たなリーダーとなった赤と黒の斑模様の体毛に覆われ右目に二本の切り傷を持つ古象人・バンホーによれば偶然ながらもリクスのやろうとしていた森の中で畑を作って食糧を栽培しようという試みは見事に当たっていたようだ。
「この辺一帯も切り開けばいい栽培地になりま…。」
「「「バンホー!!大変だァアアアアア!!」」」
バンホーの言葉を遮るかのように他の古象人達が全員何やら慌てた様子で駆けつけてきた。明らかにただ事ではない…。
「おいおい!なんだよ!?ンなデケェ声で!!」
「お、お、鬼熊だ!鬼熊が出てきやがったァアアアアア!!」
「鬼熊、だと…!?」
古象人の血相変えながらの報告を聞いたバンホーは一気に顔を青褪めさせた…まるでこの世の終わりがやって来たかのように。
鬼熊…魔界産の熊型の生物・羆魔が数千年という気が遠くなる様な年月を経て変化した姿。帰らずの森の全ての住人の中でも頂点に立つという、風の噂によれば彼らの縄張り(テリトリー)に攻め込んで来た竜を返り討ちにして喰い殺したという『森の魔獣王』の異名に違わぬ恐ろしい実力の持ち主である。
「ぬぅ、これは流石に想定外のトラブルだ…撤退するぞ!バンホー!最早、開拓どころではない!」
「イエッサー!!おい!御嬢様の御言葉を聞いたな!?お前ら!死にたくなきゃ今すぐ逃げろ!!」
「「「うっぎゃあああああー!!」」」
いくらなんでもこんな非常事態でも開拓を続けるようなブラック企業の社長の如き愚行を犯すほど馬鹿ではない。リクスは犠牲が出ない内に古象人全員に避難勧告を通達し、全員を作業用に貸し出したブルドーザータイプの重機械兵や大鎧蜥蜴に乗せてヴァジュルトリア邸まで命懸けのUターンをするハメとなってしまったが、時既に遅し…。
「ハルルル…!フシュッ…!フシュッ…!ヴォオオオオオオオオッ!!」
巨山と見違うかのようなドス黒い体毛で覆われた巨体、全ての生物へ向けた殺意に満ちた赤い眼、頭や背中、両肩からはその名の通り鬼の様な角がアチコチに生え、異常なまでに発達した両腕には鋸の刃のような棘が突き出ており、森全体を揺るがす咆哮を放つ口はまるで釘の様な牙がビッシリと並ぶ…魔獣王・鬼熊がその図体から信じられない様な猛スピードでリクス達を追いかけてきた。
「ゴァアアアアア!!ヴォアアアアアアア!!」
「あぁあああああァアアアアア!?」
「無理!無理無理無理無理!!無理だってこれ!?」
「嫌ァアアアアア!!喰い殺されるゥウウウウ!!」
「バカヤロー!!後ろを向くんじゃねえ!!前だけ見てろ!前!!」
「バンホーの言う通りだ!!全員後ろは振り返るな!!逃げることだけに専念しろ!今はそれ以外は考えるな!!」
鬼熊の怒濤の追跡に一同は全速力で森の中を全力疾走していた。考える暇もなく無我夢中で駆け回ってるため、森の中に住んでるためその構造を熟知してるはずのリクス達でさえ最早方向を見失い、完全に何処を走ってるのか解らなくなってきている…。
森の中…とある部族の村にて。
「お前達、これで金目のものは全部か?」
「「「………。」」」
全身黒ずくめの中世の騎士甲冑姿の一団が頭に獣の耳を生やし鎌状の尾を持つ人間に似た外見の女性と見た目が完全に獣型の男の種族・鎌鼬の村人達から大量の金目のものを巻き上げていた。
「おい、本当に全部か?探せばまだあるんじゃないのか?なぁオイ?」
「…ッ!!」
黒い鎧騎士の一人が兜の奥の青い独眼を不気味に輝かせながら、一人の鎌鼬の少女の髪を乱暴に掴む、しかし…。
「このッ!」
「ギョエエエエ!!?」
少女は右手を鋭利な鎌に変えて相手の首を一閃し…鎧騎士は無惨な首無し死体と化した。
「はぁ、はぁ…む、村の、皆に…手を…出すな!!」
頭に獣の耳を生やした黒い毛先の金髪、袖が無く、丈の短い和装に身を包み、鎌に変化した右腕に交差した鎌型の紋様を刻んだ鎌鼬の少女…カイナ・ハバキリは体を震わせ、涙を溜めた怒りに満ちた形相で転がる鎧騎士の生首を睨んだ。突然自分達の村に現われるや否や盗賊紛いな略奪行為を好き放題にやらかしたのだ。その怒りは無理もない…が、しかし。
「残念!死にませーん!!」
「え…!?な、なんで…!!この!!」
「ぐぇえええ…って、なーんちゃって!!」
「…ヒッ…!?」
騎士の死体がいきなり喋りだし、自分の首を拾って胴体にくっつけて何事も無かったかのように元の姿になる…信じられないという様子で驚くカイナはもう一度別の騎士の首を斬り落とすが、やはり無駄だった。その騎士も同じ様に首を拾って胴体にくっつけて平然とおどけていた。
「うそ、ウソでしょ?なんで、首を斬られて生きて…!!」
「ククッ…馬鹿めが、我々は幽鬼甲冑族といってなァ…最初から不便な肉体など持ち合わせてなどいないガランドウな存在さァアアアアア!!」
「リビング、アーマー…!?」
幽鬼甲冑、それは鎧に戦死した騎士達の報われぬ魂が宿った付喪神の一種である。彼らは外見こそ鎧に身を包んだ騎士だが、その中身は肉体の無い魂のみであり、故にいくら首や胴体を斬られようがすぐさまくっついて元通りになってしまうという厄介な特性を持っていた。これでは如何に相手を疾風の如き速さで切り刻む事を得意とする鎌鼬であっても殺すことが一切出来ない。
「だからいくら貴様ら鎌鼬が足掻こうが我々は死なん…と、いうわけさ、フハハハハッ!!」
「「「てめぇら!ふざけるな!!村から出ていけ!!」」」
羽飾りを着けた黒い兜から青い輝きを放ち、黒い騎士甲冑、両肩には騎士の兜の紋様を描いたショートマントをはためかせ、両腕に剣と盾を装備した幽鬼甲冑のリーダー・アーヴァルトは自分達の不死身っぷりをアピールしながら挑発した。それにキレた鎌鼬の村人達は一斉に抵抗をはじめ、片っ端から幽鬼甲冑達を斬り裂くも…。
「無駄だって言ってるだろ?あーん?」
「アーヴァルト団長が言ったこと聞こえなかったのかよ!この痰カス共!!」
「クソ!!駄目だ!いくらやってもすぐに再生しやがる!!」
「我々の鎌が効かないなんて!!こんな奴らどうしたら良いんだ!?」
しかし、やはり無駄だった…どれだけ鎌鼬達が頑張って幽鬼甲冑達を斬り裂こうが元通りになってしまう。
「フゥー…金目のものを全部いただいたら速やかに出ていくつもりだったが、予定変更だ…さらうぞ、こいつら」
「そういや町の方に奴隷市場がありましたね、団長」
「幸い鎌鼬の女共は全員美女揃いですし…こりゃいい金になりそうですよ!」
「や、やめて…いやァアアアアアッ!!」
幽鬼甲冑達は鎌鼬達を全員森の外の町の奴隷市場に売り飛ばすことを決定した。アーヴァルトが片手で乱暴に嫌がるカイナの頭を掴んで持ち上げた。必死にカイナは抵抗するも物理的に殺すことが不可能なアーヴァルト達にはなんら効果は無かった…。
…と、ここで彼ら全員としても全くもって想定外かつ理不尽極まりない緊急事態が発生した。それは…。
「ヴォオオオオオオオオオオ!!」
「ええい!此処は一体どこなんだァアアアアア!!」
「俺にもサッパリですよ!御嬢様ァアアアアア!!」
「「「ギャアアアアア!?嫌ァアアアアア!!まだ追ってくるゥウウウウウ!!」」」
突如、鎌鼬の村に乱入してきたのは森の魔獣王・鬼熊、そしてそれから全速力で逃げまくる珍妙な一団…否、リクス達だった。
「「「。」」」
「「「。」」」
この光景には鎌鼬達も幽鬼甲冑達も絶句…化石の様に固まってしまった。
「わぁああああ!!?なんだあの化け物はァアアアアア!!」
「ひゃああああ!!鬼熊ァアアアアア!?」
ようやく意識が戻った双方は最早、盗賊とその被害者ということなどすっかり忘れてしまい、全員散り散りに逃げ去り、アーヴァルトとカイナも無意識の内に全く同じ方向…リクス達が逃げてる方角へと猛スピードで逃げ出した。
「もう嫌ァアアアアア!!今日は厄日だァアアアアア!!」
「俺が何をしたというんだァアアアアア!!?何故こんなことにィイイイイイ!!