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第20話・御嬢様と憤怒の白鯨

翌日、カルマとキリサ…デスサイザー姉妹率いる殺し屋集団・リッパーズの襲撃を凌いだリクスは再び闘技場・ゴモラにて剣闘士(グラディエーター)としての戦いを再開させていた。


「…って、待てよ、おい!『こんなの』有りかよ!?」


「いくらなんでもあからさま過ぎじゃねえの!?運営側の御嬢への殺意!!」


観客席のバンホーとギャスクは今回の試合が行われるリングを見て思わずそのような文句をたれていた。何故ならば…。


「ヒャッハー!!」


「殺しまくってやるぜェエエエエ!!」


「コロス!全部コロス!!ヒヒヒヒヒヒッ!!」


普段の一対一形式の剣闘士(グラディエーター)同士の試合と違い、数十人はいよう剣闘士達が大勢リングに立っていたからだ。この人数でリクス一人をよってたかってリンチしようという魂胆をバンホーとギャスクが伺ってとしても無理もなかった。


「えー…皆様お待たせ致しました。これから始まる本日の試合はいつもとは趣向を変えバトルロイヤル形式であります。」


「「「バトルロイヤル?」」」


「普段は皆様が見慣れてる一対一の殺し合いですが、今回のは複数人の剣闘士達による戦いです。ルールは簡単、最後の一人になるまで殺し合うだけ、そして今回の試合にはなんと!我らが闘技場の花形剣闘士・三獄士のモナーク選手も参加致します!」


どうやらリングに大勢剣闘士がいたのは最後の一人になるまでの殺し合いであるバトルロイヤル形式で試合を進めるためであってリクスを抹殺するためのあからさまなインチキ試合でなかった。ヘルハルト乱入の一件以来、流石に運営側も観客や剣闘士達に睨まれているため表立ってのイカサマは出来ないのでその苦肉の策としてこの形式を選んだようだ。そしてこの試合には特別ゲストとして三獄士の一人であるモナーク・デッドリーウェーブが参戦するらしい。


「おお?モナークが出るのか!?」


「それに見ろよ!モナークだけじゃねえぞ!!オニベエをはじめ、色んな強豪剣闘士がいるぜ!!」


「賭けの範囲が広過ぎだろ!迷っちまうぜ!?」


三獄士であるモナークの印象が強過ぎるものの多数の剣闘士が参加しているバトルロイヤル形式の試合ということもあってか彼以外にも生剥(ナマハゲ)族のオニベエ、妖蝿(ベルゼブブ)族のサヴァエラ、海坊主(ウミボウズ)族のカイゼンボウ、呪詛人形(リビングドール)族のデスペナといった強豪剣闘士達がいるため観客達は誰に賭けるかで迷いながら賑わっていた。


「あー、良かった。あれが御嬢を殺す罠とかでなくて。」


「しかしこれは最後の一人になるまで戦う殺し合いだからな…どっちにせよ確実に何人かと戦うことになるのは変わらんぞ?」


「それにモナークに目が行きがちだがこれまで以上にヤバそうなのがウジャウジャいるぜ?」


「今まで以上に厳しい戦いになりそうですね…」


バンホー、テラー、ギャスク、カイナ達の言うようにモナーク以外の今回のバトルロイヤルに参加している剣闘士達はリクスが戦ってきた相手以上の実力者揃いであり、そんな数多くの相手から何人かと少なからず戦うことになることへの不安は否めなかった。


「おーおー、アタイが居た頃に比べて随分と若手ばかりになっちまったなー。」


「ム、老兵は去るのみ、か…。」


「誰が老兵だ?殺すぞ。」


「あ、姐さん達じゃねえスか。」


バンホー達が居た席を目印に再度、リクスの応援に来たフローラとラガミが不穏な漫才をやってるその傍らにもう一人の来訪者がいた。それは…。


「テラーさん!」


「…アディリー。久し振りだな。」


「えへへ…うん!あのね、フローラさんもラガミさんもとても良い人なの!!毎日が楽しくって!!」


「ハハッ…そいつは何よりだ。」


かつてテラーと共に大砂蟲(サンドワーム)のロザリーちゃんに飲み込まれていた妖鳥(ハーピー)族の少女・アディリーだった。ロザリーちゃんの体内に居たせいで翼が消化液で溶かされてしまい、脱出後も故郷の魔山脈(ヘルマウンテン)へ自力で帰れなくなったため現在ではそれを不憫に思ったフローラに引き取られて彼女の店の店員として働いており、溶けてしまった翼の代わりとなるラガミ製の特殊な義手に変えてなんとか日常生活が辛うじて出来る状態になっていた。そんなアディリーの元気な姿と子供らしい無邪気な笑顔で新たな生活の感想を語っているのを見て安心したのか、テラーは彼女の頭をそっと優しく撫でた。


「すまない、二人にはただただ感謝しかない…故郷へと帰れぬこの子の事が一番心配だったんだ。」


「ム、気にするな。」


「こんな可愛い娘をアタイが放っとくわけねーっての!」


テラーはラガミとフローラに向けて頭を深々と下げた。二人の恩人のおかげでアディリーは今こうして生きていけると思うといくら感謝してもし切れなかったのだ。


「こんにちは、アディリーちゃん。私はカイナ、こっちの象のおじさんがバンホーさんで、お魚のお兄さんがギャスクさんだよー。」


「おじさん…おじさん、か…。」


「お魚って…」


「わぁい♪みんなあのお姉ちゃんのお友達なんだね?よろしくね♪」


一方、アディリーはカイナ達と仲良くお話ししていた。本来人懐っこい性格の彼女はすぐさま三人と打ち解けられたものの、カイナの雑な紹介のされ方のせいでバンホーとギャスクは地味に傷ついていたという。


「フンッ…このオレがこんな戦う資格の無ェようなザコ共の試合に出るハメになるとはな…。」


「ンだとゴラァ!?このデカブツがァ!!」


「御高く止まりやがって!気取ってっと刺身にすんぞ!?ノロマのクジラ野郎!!」


「そうだ、そうだ、その巨体でリングに立つな。底が抜けて我々が落ちるではないか。」


一方、リングでは愛用の巨大ハンマーを肩に乗せながら不服そうな不機嫌顔で他の剣闘士達を見下すモナークの発言に何人かの剣闘士がイキり立ち、それぞれ武器を向けながら口汚い罵声を上げて絡んできた。その中にはシレッとリクスも混ざっていたが気にしてはならない…。


「は…?今、おい、今なんて…?」


「リングが陥没すると言ったんだ。このデブが。貴様はクジラではなくブタかイノシシの間違いではないのか?」


「あ!?ああん!?テメェェエエエエ!!誰がデブだァッ!?」


しかし、有象無象共の発言はスルーしていたモナークだったがリクスの発言だけは気にしたようで遂にキレてしまった。魔族の中でも最大級の巨体と剛力を誇る牙鯨獣(ケートス)族の亜種・白鯨(モビーディック)のモナークはデカブツ呼ばわりは良くてもリクスが言ったように肥満(デブ)だのブタだのと言われるのは我慢ならないらしい…。


「「「ブフッ…!?ギャハハハハハハハハ!!」」」


「いやいや、アンタ!言うねぇ!気に入ったぜ!!これから殺し合いになるけどあのデカブツ野郎が気に食わねぇ事に関しては同感…ッ!?」


「?」


リクスにバカにされたモナークに対してゲラゲラと爆笑する剣闘士達、モナークにそのようなことを平然としたリクスの無謀さと度胸に感心した剣闘士の内の一人…後頭部に蛇型の髑髏の紋様を刻んでいる黒い蛇の頭部、黒い鱗に覆われた胴体から両腕を生やし、蛇の尾のような下半身を持つ蛇人型の魔族…闘蛇(ナーガ)族の亜種・黒毒蛇(ブラックマンバ)のジャナムは何故かリクスを見て激しく動揺した。


「アンタ…いや、アナタ様はもしや!?」


「試合開始の時間になりました。選手の皆さん、準備してください!」


「…ちょッ!?まだ話がっ…!!」


「それではッ!試合開始です!!」


「「「ヒャッハー!!」」」


司会者の試合開始宣言にジャナムはまだリクスに何か話があるのか制止しようとしたが時既に遅し、リングに居た剣闘士達は奇声を上げながら殺し合いの大乱闘を始めたのだった。


「死ねッ!オルァアアッ!!」


「フンッ…」


「うぎゃああああ!?」


「あ、あらーッ!?」


全身のあちこちに角の装飾が生えた大量の返り血で赤黒く変色してる黒い鎧に身を包んだサイ型の獣人…鎧犀(グレンデル)族のブラムガンドがメイスを振り回し、一番最初に自身の視界に入ったリクスの頭をカチ割ろうとしたもののあっさり回避されてしまい、別の剣闘士の頭を誤って殴打…まさかの誤爆で終わってしまった。


「何さらしてんだ!?おお、コラ!テメェェエエエエ!!」


「ち、違う!これは誤解なんだ!不幸なアクシデントだ!!」


「ゴカイもロッカイもあるかッ!!ボケェエエエエーッ!!」


「めぎょぼばッ!?」


頭から大量の赤い噴水を撒き散らしながら運悪くリクスの代わりに頭を割られてしまった剣闘士…頭に牛のような角を二本生やし、煌々と不気味に輝く赤い眼、背中に巨大な鳥の翼を生やし蒼白い体毛に覆われた虎型の魔族・窮奇(キュウキ)族のフージャオは怒りの余りにブラムガンドの弁解など一切聞き入れず、その頭を両手で掴んでは凄まじい怪力で首をヘシ折った挙げ句、捻じ切り殺してしまった。


「助かったぞ、その礼をくれてやろう。」


「うご!?がっ…あ、あたま、たま…オレの頭、が、ががっ…!!」


リクスはブラムガンドを殺していたフージャオが頭に致命傷を負ったのを決して見逃さなかった。全くの偶然という形で助けられたとはいえ、恩を仇で返すかのようにブラムガンドの使っていたメイスを拾い、今尚夥しい出血をしてるせいで完全に汚い赤で染まっているフージャオの頭に容赦無い追い撃ちを叩き込みトドメを刺した。


「モナークゥウウウウウ!!(タマ)獲ったァアアアアッ!!」


「オメェさえ消えてくれりゃあ、後は楽勝なんだよォオオオオ!!」


「ゲヒャヒャヒャヒャ!!くたばれやァアアアア!!」


胸元や太股など白い素肌が激しく見える露出度の高い純白の忍び装束姿の青いロングヘアーの女性…雪女(ユキオンナ)族のヒョウカ、頭に編み笠を被り鉄製の茶釜を加工して作った甲冑に身を包んだ小柄なタヌキ型の魔族…茶釜狸(チャガマダヌキ)族のバンサク、全身が所々ボロボロ崩れている灰色のレンガで出来てる手足の生えた瓦礫の塔を思わせる外見をした大柄な異形・虚塔魔人(ネフィリム)族のバベル…三人の剣闘士達がモナーク一人によってたかって一斉に襲撃をかける、だが。


「あぁっ?何か言ったか?」


「キャアッ!?は、離せ!ヘ、ヘンタイ…ぐふっ!?かはっ、あっ…!!」


「害虫がぁあああ…どいつもこいつもイキがりやがって…。」


「「どぶっ!?」」


「テメェら!まとめて皆殺しにしたらぁッ!!」


「「あっばぁあああああ!!」」


モナークはツララ型のクナイを持って飛び掛かるヒョウカの胴体を自身の巨大な手で鷲掴みにして万力の如く凄まじい握力で握り潰して絶命させると、その死体をバンサクとバベル目掛けて投げつけ、二人の動きを止めると巨大ハンマーを振り上げて思いきり振り回して豪快なスイングを叩き込んでリングの場外どころか観客席に届く程に殴り飛ばした。


「ぐぎょあああああ!!?」


「がぁああああああ!!」


「お、おい!嘘だろ!?こっちに来るぞ!!」


「逃げろォオオオオ!!」


「ぎゃああああ!!コイツらに関わったばかりにこんなんばっかりィイイイイイ!!?」


「もう嫌ぁあああ!!」


「野郎共!緊急退避ィイイイイイ!!」


「オオオオオオッ!!」


「キャアアアアア!!」


「「「うわぁあああああ!!?」」」


「「「みぎげごぁああああああ

!!?」」」


観客席へとホームランされてきたヒョウカの死体に加えて先程の一撃で既に即死しているバンサクとバベルの死体が猛スピードで迫ってきたため、バンホーやギャスク、テラー、カイナ、フローラにラガミ、アディリー、そして周囲の観客達はその場から土蜘蛛(ツチグモ)族の子を散らしたかのように一斉に逃げ出してこれを回避するが運悪く逃げ遅れてしまい三人の死体に激突して重軽傷を負った観客も何人か出てしまったようだ。


「死にたい奴からかかってこいやぁあああ!!」


「どひぃいいいい!!?」


「ばっ、化け物ォオオオオ!!」


「無理だよ!あんなの!三獄士に勝てるわけないだろう!?」


ハンマーを勢い良く振り回しながら怒号を上げて暴れるモナークの猛威を目の当たりにした瞬間、リングの剣闘士達は調子に乗って彼に絡んだ事を今更ながら後悔したもののもう遅い…抵抗することすら諦め、牙を抜かれた人狼(ワーウルフ)族か何かのように情けない悲鳴混じりに逃げ惑うことしか出来なくなってしまった。


闘技場『ゴモラ』・ゲストルーム。


「いいでチュ!いいでチュウウウウウ!これは行けるでッチュウウウウウ!!ヒャッホッホイ!!」


「ブヒャヒャヒャヒャ!!やはりモナークは役立たず(ヘルハルト)と違ってとっても強いニャアアアン!!アイツに正面きって勝てる奴なんてそれこそ存在するハズ無ェーだろニャアアアン!!」


ゲバチョーとゼニニョンは醜い爆笑面のままでモニターにベッタリ張り付きながら何者も寄せつけぬモナークの暴れっぷりに歓喜した。何かしらの乗り物に乗ってないと実力を発揮出来ず素の力が赤ん坊以下な負け(ヘルハルト)と違い、モナークは小細工(インチキ)に頼らずとも己の力のみで充分に相手を屈服させられる程の実力の持ち主であり、剣闘士や観客の噂では単純なパワーだけならば三獄士どころか全ての剣闘士の中でも最強なのでは?と専らの噂になっているという。


「フゥー…フッフッフッ…これなら私の出番が無くなるネェ?面倒事は嫌いなんで楽に済みそうダ。頑張ってくれヨ、モナーク君。」


サベッジはソファーで寛ぎ、煙羅煙羅(エンラエンラ)族ブランドの最高級葉巻を吹かしながらモナークの奮戦を我関せずといった態度で観戦していた。


(まぁ、有り得ないだろうケド、もしもの場合は…クックックック…。)


どうやらサベッジは同僚であるモナークは勿論の事、オーナーであるゼニニョンやゲバチョーでさえ知らない不穏な企みがあるようだ…。


「うだらぁああああああ!!」


「ほう?やるな、私も負けてはいられ、ん…!?ぐっ!?くふっ…!!」


モナーク無双を眺めていたリクスはそれに触発されたか自分も負けじと他の剣闘士達を倒そうとやる気を出した次の瞬間…彼女の首に透明な糸が幾重にも巻きつき、ギリギリと強い力で締めつけられていく。


「きさ、ま…!?いつの間に…!!こんなもの、うぐ…うぅ…!!」


「無駄ダヨ?僕ノ糸ハソノ程度ノ力デハ切レナインダヨ?ソレニソンナ事シテイラレル余裕ガ君二アルカナ?キャハハハハッ!!」


「何を…ぶっ…!!げふっ、かはぁあああ!?」


「あはッ♪隙有り♪」


後ろを振り返り、糸が何処から出てるのかを確認するとそこでは顔のみならず全身に黒と白の左右非対称のカラーリングをしたシンプル且つ無機質なデザインの仮面を幾つも付けているピエロの様なカラフルで派手な服装をした人間大サイズの人形型の魔族の剣闘士…呪詛人形族のデスペナが指から糸を出してケラケラとノイズ混じりの不気味な声で笑っていた。リクスが首に締まるデスペナの糸を引き千切ろうと抵抗するもののそれすら許さないのか?鉢巻きを巻いた頭部にハイエナの耳を生やした赤毛混じりのオレンジのショートヘア、背中に黒い斑模様が入った毛皮を羽織り、胸元や腹、両腕や両脚から骨が突き出てるまるでハイエナ型の獣人と不死魔族(アンデッド)のハーフじみてる人間の女性に似た姿をした魔族・屍喰鬼(グール)族の女剣闘士・グラウディアが両腕に付けた大型の手甲(ガントレット)でリクスの腹部に怒濤の勢いで連続のパンチを叩き込んでいく。


「モナーク程じゃないけどここまで勝ち進めて来たアナタもかーなーり、厄介だからねッ♪今此処で死んでもらうよ!!」


「…ッ!!」


グラウディアはこれまで多くの剣闘士と戦って生き残ってきたリクスを警戒してか、このチャンスを逃すまいと彼女がデスペナに拘束されてることをいいことに容赦無く顔面目掛けてパンチのラッシュを浴びせる。


「キャハハハッ!イイゾ!僕モ彼女ニハ真ッ先二消エテモライタイト思ッテイテネ!コノママトドメヲ刺シテク、レ…?」


「…」


「………エ?」


「…はぁ、はぁ…なん、だ?ナイ、フ?」


デスペナの癪に触るような高笑いの最中、この圧倒的有利な状況にあるに関わらずグラウディアは何故か動きをピタリと止め、無言でその場に前のめりに崩れ落ちた。リクスが倒れたグラウディアを見てみると彼女の背中にはナイフが突き刺さっており、どうやらこれが原因で動かなくなったようだ。


「そいつには俺の…闘蛇(ナーガ)族特有の猛毒が塗ってある。それも速効性の毒だ。助かりゃしねぇよ。」


「ナッ!?毒ダトォッ!?」


グラウディアが倒れたと同時に彼女の背後から現れたのはジャナムだった。気配を殺してグラウディアの背後に接近して彼女の背中にナイフ…それも強力な猛毒を体内に持つ有毒種の魔族の中でも一・二を争うほどの危険性を持つ闘蛇族の毒が仕込まれた極めて高い殺傷力のある凶刃を突き立てて殺害したようだ。


「ゲホッ…ゴホッ…何を呆けている?今は殺し合いの最中だぞ?」


「シマッ…!?ギョヘエエエエエエエエ!!」


同じ標的を狙ってくれた協力者(グラウディア)のまさかの死亡により生じたデスペナの動揺が拘束にも伝わっていたらしく、締め付ける力を失った糸が思い切り弛んでいたのに気づいた時、彼が最後に見たものは自分の頭目掛けてメイスを降り下ろすリクスの姿だった…。


「あー…危ないところだった…。」


「オイ、何のつもりかは知らんがいいのか?私を助けても?アイツらと一緒になって私を殺すチャンスだったものを、何故…?」


バラバラに砕け散って絶命したデスペナの死体とリクスの無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろして安堵するジャナム…しかし、リクスの言うように彼のさっきの行動はイマイチ解せないものであった。あのままデスペナとグラウディアと共闘して猛毒のナイフをリクスに突き刺せば確実に彼女を仕留めれば良かったものを何故わざわざ敵を助けるような事をしたのか…?


「ヒャッハー!!おいおい!呑気に立ち話してる場合か!?オラァッ!!」


「シャフシャフシャフ…!!」


しかし、ここで空気を読まずに二人の会話を遮る様に乱入してきた頭部がワニであり首から下全てが魚になっている奇妙な姿をした魚人(マーマン)族の亜種・鰐頭魚(ガーパイク)のゲイターと顔は目も耳も鼻もないのっぺらぼう状であり無数に枝分かれしている蛭に似た触手を生やした両腕に発達した筋肉質な胴体の胸元には血走った一つ目が不気味にギョロリと剥き出しになり下半身がミミズの胴体になっているグロテスクな外見をした全身真っ黒な魔人…禍津日(マガツヒ)族のタタリ、二人の剣闘士が負傷したリクスに狙いをつけて襲撃してきた。


「ジャナム・ラージャ、故あって助太刀致します!!」


「キシャアアアアア!!」


「よく解らんが…少なくとも今だけは信じて良さそうだ、な!!」


「シャフシャフシャフッ!!」


意図は解らないがどうやらジャナムは何らかの理由でリクスを助けるつもりらしくゲイターと交戦を始める…そんな彼に何かを感じたか?リクスはそちらはジャナムに任せて自身はタタリの相手に努めることにした。


「オルァッ!!死にてぇ奴はいねがぁあああ!!」


「は、離してくれェエエエ!!ひぃいいいい!!」


「喝ーーーーッ!!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!!」


一方、ますます剣闘士同士の殺し合いでヒートアップする大乱戦の最中…ところ変わって別の場所で戦っていたオニベエはハエをそのまま人型にした様な姿にし髑髏模様の入った羽を持つ怪人…妖蝿族のサヴァエラをヘッドロック状態で抱えながら鉈を振り回し、一粒一粒が拳大ほどある巨大な数珠を武器にし武僧の様な出で立ちをしている青いブヨンブヨンとした半透明の液体状の形容詞し難い謎生物…海坊主族のカイゼンボウと熾烈な戦いをしていた。


「待って!ちょっと待って!?ワガハイの事は解放してくれませんかねぇ!!動くのに邪魔なんじゃないですかねぇ!?」


「やっかましい!テメェには使い道があるから良いっての!!そらよ!!」


「へ?うぎゃあああああ!!」


「キェエエエエ!!悪霊退散!悪霊退散じゃああああ!!」


サヴァエラは何故自分がこんなヘッドロック状態で抱えられてるのかをオニベエに抗議したところ、どうやらオニベエはサヴァエラをカイゼンボウの怒濤の数珠による攻撃を凌ぐための盾にするためだけに拘束していたようだ。


「「「ん???」」」


激闘を繰り広げる最中、突如、空から

ナニカが三人の足元に落ちてきた。それは頭にリュウゼツランを生やし顔にフェイスペイントを施している緑色のサンショウウオに似た化け物…奇椒魚(ショロトル)族の剣闘士・バルンバの生首だった。



「グギャオオオオオン!!」


「ゲェッ!?なんだありゃ!?」


「どひぃいいいい!?蟲妖だとォッ!?」


此処で彼らの戦いに一人…否、一匹の乱入者が空中から現れる。頭部に一本の角、背中には燃え盛る炎を象った様な形の羽が生え、腹部の発達した先端部分はまるで鬼の金棒を思わせる棘状の突起物があり、脚は全てが鉤爪になっている巨大なトンボ型の蟲妖・鬼蜻蛉(オニヤンマ)が地獄の底から怒号を轟かせる鬼の如き咆哮を上げながら降下しながら迫ってきた。この鬼蜻蛉は闘技場側が元々剣闘士同士の闘いとは別のショーとして公開されているエキジビションマッチ用の蟲妖である。種類によっては剣闘士以上の実力を持つ化け物が多く、過去には対剣闘士用に調整された重機械兵(ゴーレム)や数多くの不死魔族が住まう地域・魔墓場(ヘルグレイブ)から連れてきた腐屍竜(ドラゴンゾンビ)などを投入した事があり、いずれも見応えのある闘いが見られたと観客達から絶賛されているため今回のバトルロイヤルにも何匹か参加させている。空から落ちてきたバルンバの生首も恐らくコイツの仕業であろう。


「ギシャアアアアア!!」


「やっべ…こっちに来るぞ!?」


「やーめーてー!!」


鬼蜻蛉は次の獲物としてオニベエ達に目をつけて降下を始め、血に塗れた口を開きながらサヴァエラをさりげなく盾にして突き出してるオニベエへ向かって突撃してきた…。


「我、武士道とは、死ぬことと見つけたり。」


「な、坊さん!?アンタ、何を!?」


「カイゼンボウさん!?」


ここで何をトチ狂ったのか?全く以って意味不明な事を言いながら更に彼らの盾になるかの様に鬼蜻蛉の行く手を阻む様に立つカイゼンボウ…本来ならば自分達の敵でしかない相手のその行動に二人は激しく動揺してしまった。


「キェエエエエエ!!」


「ギギャアアアアア!?」


「「おおっ!?」」


カイゼンボウは数珠を乱暴に引き千切り、それを素早く棒状に整えて鬼蜻蛉の頭部目掛けて全力で叩きつけ、墜落させた。しかし、これで助かったかと思ったのも束の間…。


「「「ギキキキキキキ!!」」」


「おっひょい。」


「「あ。」」


カイゼンボウは背後の地面から這い出てきた黒い甲殻に身を包み炎で象られた鬼の紋様を描いた人間大サイズの甲虫…蟲妖・閻魔虫(エンマムシ)の群れに奇襲をかけられ、背中から胴体を真っ二つに引き裂かれた。更には追い撃ちとして閻魔虫達は口から火炎放射してカイゼンボウをこんがり焼き、全身をバラバラに解体してムシャコラと美味しく頂くと…。


「「「ギキキキキキキ!!」」」


「「うびゃああああああ!?こっち来んなぁあああああ!!」」


オニベエとサヴァエラに狙いを定めてガサガサと聞いてるだけでおぞましい足音を立てながら疾走してきた。


試合開始から約二十分、これだけ経過してくるとそろそろ生きてる剣闘士達もその数を減らし、無様に敗れ去った負け犬達はその屍を晒し、より強い剥き出しの殺意と闘争本能を持つ者達が更なる血を求めていく。


「ぐ、ゴブォッ!!」


「シャグ、ゲ…!?」


「大したことの無い奴等だな。」


「全くですね。」


リクスとジャナムに襲撃を仕掛けてきたゲイターは猛毒のナイフで刺されて口から紫色の泡を吹きながら絶命し、タタリはメイスでタコ殴りにされまくり頭部が胴体にめり込んだ状態で死亡した。


「貴様、ジャナムといったか…そういえば試合開始前にも話し掛けてきたな?何故私を助ける?」


「…えっと…貴女、リクス様…ですよね?」


(ッ!?)


リクスは聞きそびれた事…何故自分を助けたのか?そのことをジャナムに聞いたが、彼からの予期せぬ言葉に思わず動揺してしまった。偽名で剣闘士として参加し、ヴァジュルトリア家の当主としての身分を隠していたリクスにとってそれは知られると非常に厄介な事であった。


「…人違いじゃないのか?私はクリス、御覧の通りのメイドだ。」


「いやいや!?それが解せないんですよ!?何故に貴女がメイドの格好でこんな野蛮なところにいるんですか!?リクスさ…まもがっ!?」


当然ながらリクスはすっとぼけるがジャナムもジャナムでしつこく食い下がり、その声が段々高くなってきたため、リクスはすかさずそのうるさい口を手で覆って塞いだ。幸い、殺し合いに夢中になっている周囲の剣闘士達の奇声、怒号、雄叫び、悲鳴、断末魔…観客達からの罵声混じりの応援などで掻き消され、肝心な所を聞いた者は一人もいなかった。


(馬鹿者!!私はクリスだと言っている!!)


(いいえ!リクス様!貴女はリクス様です!!)


(クリスだ!クリス!!クリス、クリス、クリス!!)


(リクス様!リクス様!リクス様!リクス様だと言ってるでしょオオオオ!!?)


(やかましい!その名を言うな!マヌケ!!私はリクス…!!あ。)


リクスはあくまでクリスだと言い張るもののジャナムはそれでも諦めずにリクスだと言い続け、御互いに言い合ってる内にうっかりリクスは自分の名前を間違えて言ってしまった。


(あ!?認めましたね、今!?ほらやっぱり!リクス様だった!貴女こそ、かつて帰らずの森を治めていたラキス・L・ヴァジュルトリア13世様の御息女のリクス様…うぐっ!?)


「おい、待て…今、なんて言った?」


ジャナムが『ある人物』の名前を口走った次の瞬間、リクスは眼を血走らせ、いつもの冷静さが完全に失われた怒りの形相になり、目の前の蛇野郎の首を凄まじい力で締め上げる。


「流石にその名前だけは見逃せないぞ…?貴様…『母上』の事まで知ってるなんて何者だ?言えっ!なんでだっ!!」


「ぎゃっ…!!ぐへえっ!?まっ、待っでぐだざ…貴女は何が、誤解じで…俺は敵じゃな…!!」


リクスは自身の母親…ラキスの名を知ってるジャナムの首を絞める力を更に強めて容赦無く問い詰めた。しかしジャナムはというと何故リクスがこんなにも怒りを露にしているのかがまるで解らず苦し紛れに敵意など無いの一点張りをするしかなかったその時…。


「なーに、ゴチャゴチャ話してんだ?テメェら、今の状況解ってんのか?ああっ?」


「「…っ!!」」


右手で蒼い炎が燃える白骨状になった頭部に青白いボディを髑髏が浮かんだ甲羅で包んでるスッポン型の不死魔族・幽霊鼈(ユウレイスッポン)族の剣闘士・スイゾウの頭を、左手で半透明な蝶の羽を生やした妖精を思わせる緑がかった金色の髪の女性…幻蝶(スプライト)族の女性剣闘士・ファルティの髪を掴み、右足で頭部がハエトリグサ胴体がウツボカズラ両腕の触手がモウセンゴケとなっている食中植物の集合体のような魔族の剣闘士・久久能智(ククノチ)族のシンジュの頭を踏みつけ、地面に置いたハンマーで山羊や鹿の角を頭に複数生やした世にも恐ろしい顔つきをした悪魔の如き形相をした鬼人…恐相鬼(クランプス)族の剣闘士・アグリジオンの顔面を押し潰し…一度に四人の剣闘士を殺害した状態でモナークはリクスとジャナムに向けて抑えるつもりのない激しい殺意の波動をぶつける。


「ただでさえテメェらみてぇな俺様と戦う資格が無いようなカス共とゴチャゴチャした戦いに参加させられてイラついてんだよ、解るか?この屈辱が?」


「ぎゅっ!?」


モナークはスイゾウとファルティの死骸を乱暴にその辺へ投げ棄てながら二人へ接近する。今回のバトルロイヤルには強制参加させられてるせいもあってか非常に気が立っており、強固な鉄の如き鋼の鱗に包まれたトリケラトプスに似た姿をした恐竜型の魔族である鋼角竜(リントヴルム)族のダラムを踏み潰して殺してる事にも気づいていなかった。


「特にそこのトカゲ女…ヘルハルトに勝ったみてぇだがアイツは正直ザコに過ぎねぇ。それにテメェが特に狙ってるサベッジも実力的に大した奴でもねぇんだよ。解るか?俺様の言ってることがっ!!」


「うっ!?水…!?」


「うおぁ!?冷てっ!!」


モナークは身体を傾かせて頭頂部を二人に向けるとそこから凄まじい勢いで潮を吹き、リクスとジャナム目掛けて浴びせた。





「三獄士は実質『俺様一人』で成り立ってるワンマンチームなんだよ!身の程知らずのクソザコ共がァアアアア!!」


モナークはリクスのみならず他の剣闘士、否、既に試合そのものに出場すること自体にうんざりしていた…彼の言うようにヘルハルトは騎乗物が無ければタダのザコ同然のオマケみたいな扱いであり、サベッジはというとヘルハルトよりは遥かにマシだがそれでも大して強くもない上に自主的に戦いたがらない悪癖持ちという扱い辛い性格を抱えてる…純粋な戦闘力だけで言うならばモナークが最も強い、三獄士や闘技場の運営を支えてきたのは殆ど彼一人の功績の賜物であった。しかし、それ故にやる気と実力の無い同僚、儲ける事しか頭の無いゲバチョーとゼニニョン、殺したいだけ・目立ちたいだけ・金のためだけという自分と釣り合わない弱い剣闘士、バカの一つ覚えみたいに『殺せ』としか言ってこない観客、何一つ満たされない試合の数々…全ての全てが耐え難い屈辱と苦痛でしかなかった。


「ガァアアアアアア!!」


そんな怒りを込めた何人もの剣闘士達を潰して来た血に染まった手持ちのハンマーを豪快なスイングで振るいながら煩わしい弱者認定の二人に強烈な一撃を叩き込もうと容赦無く降り下ろす…。

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