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第17話・御嬢様の束の間の休息

闘技場『ゴモラ』・観客席。


「おい…なんだよ、アイツ…?」


「俺見たぜ。確かクリス選手と一緒に化け物ミミズの口から出てきた奴だよな?」


「や、殺りやがった、のか…?三獄士のヘルハルトを…?」


リクス対ヘルハルト戦の決着後に起きたヘルハルトの無惨な最期、それを見ていた魔族の観客達に動揺が走る…試合終了後に飼い主が死んだことにより賭けの倍率を大きく狂わされ大損し、怒り狂った二人のバカオーナーの腹いせにより殺処分が決定したロザリーちゃんの腹の中から突如大勢の魔族達と共に現れた得体の知れない男・テラーがリクスの危機を救ったと同時にヘルハルトを殺害したことが反響を呼んだようだ。




そして彼らもまた例外ではなく…。




メギドの町・冷製系スイーツカフェ『ブライニクル』にて…。


「あー…リクス御嬢様が戻ったのはいいけどよ…」


「はい、無事で何よりです。ですが…。」


本来ならばリクスの生還と勝利を喜ぶ場面ではあるもののバンホーとカイナ、しかし二人は複雑且つ気まずそうな顔をしていた。何故なら…。




「なんで『あの野郎』が此処に居るんスかァアアアアアー!?御嬢ォオオオオオオ!!」


「しかもなに仲良くなんか喰ってんの!?」


「「む?」」


盛大にツッコむギャスクとバンホーの声に振り向いたリクスは件の人物であるテラーと何故か一緒にカフェの全身に鋭利な氷柱をアチコチに生やしたペンギンに似た姿をした氷嵐獣(ウェンディゴ)族の店員達が魔界の極寒地帯・魔氷河(ヘルグレイシャー)産の氷で作ったアイスクリームやかき氷などといった氷菓子をムシャコラと頬張っていた。ちなみにリクス達が何故現在こんなところで寛いでいるのかというと、一日での連戦が明らかに不正であると観客や剣闘士達から非難を受けた運営側がヘルハルトが負けてしまったショックでヤケクソ気味に次の試合を翌日に指定したため余裕が出来たからである。なので今はちょっとした休息を与えられている状況といったところだ。


「そうか…むぐ、あぐっ…貴様らにはまだ紹介してなかったな…はふ、ふー…冷たい。コイツはテラー、私より以前にあの芋虫の化け物の腹の中に他の魔族達と居たらしい。」


「ガツガツ…テラーだ。よろしく…うっ!?頭が、頭がキーンってなった…!!」


(((あーあー…急いで食べるから…)))


得体の知れぬ男と一緒にいるというにも関わらずリクスは淡々と軽いノリでバニラアイスを食べながら、かき氷を早食いしてしまいアイスクリーム頭痛に苛まれるテラーを全員に紹介した。


「どうもコイツは記憶喪失らしい…自分が何処の誰なのか解らず、帰るところが無いと嘆いている…愚かでどうしようもない哀れな迷える子羊ならぬ、イカなのかタコなのか解らん中途半端野郎だ。行き場の無いコイツをウチで雇うことにした。」


「い、いくらなんでも…それは言い過ぎではないかね、クリス…?」


「まー、御嬢が決めたんなら…オレ、ギャスク。よろしくな、中途半端イカ野郎。」


「正直、胡散臭い…ですけど…私はカイナ。よろしくお願いします。中途半端タコさん」


「ハッハッハッ。まぁいいじゃないか。俺はバンホーだ。よろしく、どっちつかずの中途半端クラゲ野郎。」


(恨むぞ!クリスゥウウウウッ!!そしてコイツが鼻で物を食うバンホーかよ!!?っていうか、オレはクラゲじゃねぇエエエエエエエエ!!)


リクスのあんまりで雑な説明を受けた一同はそれに倣い、額に青筋を静かに立てながらも感情を抑えて大人の対応をするテラーを一様に『中途半端野郎』などと抜かした。テラーの心中は最早リクスへの怒りと本人の知らない間にロザリーちゃんの体内からの脱出のキッカケとなったくしゃみ作戦の元ネタに勝手にされていた件の(バンホー)の事で一杯になっていた。


尚、テラーの種族である魔蛸賊(クラーケン)族はイカとタコのハーフ、或いは合成獣(キメラ)じみた本当にどっちなのか解らない中途半端としか言いようがない外見が特徴的な種族であるが、バンホーの言う様なクラゲの要素はカケラも無い。一応、魔界には火玉海月(ヒノタマクラゲ)族という炎に包まれたクラゲの外見をした種族が存在するが魔蛸賊族とは一切、何ら関係も無いので悪しからず…。


「しかし、いいのか?オレだけでなく、アディリーまで君の知人らしき人達の世話になって…。」


「構わん、それにフローラがどういうわけか幸せそうな表情していたしな。任せてしまっても大丈夫だろう。」


(((嫌な予感しかしない…。)))


ロザリーちゃんの体内に長く居過ぎたために両腕の翼が溶けてしまい、テラー達と共に脱出こそは出来たものの、妖鳥(ハーピー)族にとっての第二の命ともいえる翼を失ったアディリーに関しては故郷である魔界の山岳地帯・魔山脈(ヘルマウンテン)へと帰ることはおろか、日常生活さえも困難という体にされてしまい途方に暮れていたところを見かねたフローラがなんと彼女を引き取り世話をすると言い出したのだ。フローラがこの場にいないのもアディリーを店に連れ帰ったからである…それもとても上機嫌過ぎていやらしい表情にも見える涎を垂らした緩んだ笑顔で…アディリーもまた、フローラ好みの可愛い女の子であったらしく、彼女を引き取った理由としてはそれが最も大きいようだ。そしてラガミはというとそんなフローラを軽蔑の眼差しで一瞥しながらサッサと自分の店へと普通に帰って行った。


「…良かった。あの娘はオレよりもこの先、生きていくことが難しいからな…っと、湿っぽい話ばかりでイカンな、この後はどうする気なんだ?」


「もっちゃもっちゃ…そうだな、むぐむぐ…明日まで暇だから、町を適当にブラついたり買い物してたりするかな…ふむ、これも美味い…。」


見ず知らずの自分のみならずアディリーまでもがリクス達の世話になったことが嬉しいのか、テラーは気分を切り替えてこの後の予定を氷饅頭を頬張るリクスに聞いたところ、メギドの町巡りをするようだ。今思えば闘技場の剣闘士になることを決めてしまったためにロクに観光すら出来ていないのでこの機会に改めて色々な場所に行こうとしていたのだ。


「いえ、あの…リクス様…その前に、ええと…何がなんでも、やっていただきたいことがあるのです、が…?」


「…なんだ?カイナ?」


だが、ここでカイナは何故か赤面しながらリクスにあることをしてもらうことがどうしても必要だと進言した。それは…。






「リ、リクス様!その格好、なんとかしてください!!せ、背中とかお尻とか見えちゃってますから!!」


(((あのお客さん、なんであんな格好してるんだろう…?)))


(((いい尻してる…!!)))


(((は、恥ずかしくは無いんだろうか…?)))


…そう、実を言うとリクスは試合終了後から現在まで、前だけは至って普通にメイド服を着てるように見えるが問題はその後ろ側だった…短期間とはいえ、ロザリーちゃんの体内に居た弊害か?後ろの布地が溶けてしまい背中と尻が丸出しという凄まじい格好をしており、店内の氷嵐獣族の店員達も目のやり場に困惑していた。しかし、肝心のリクスはというと…。


「…?」


「不思議そうに首を傾げないでくださいッ!!それとバンホーさんやギャスクさん!テラーさんも!!気づいているならちゃんと注意してあげてくださいよ!?」


…相も変わらず『何故それがいけないのか?』と言わんばかりにキョトンとした顔つきで首を傾げていた。普段は内気で気弱なカイナも珍しく声を張り上げて注意しつつ、リクスのいでたちに関して放置していた野郎共三人に対しても説教した。


「いぃっ!?いや、そ、それもそうなんだが…御嬢様って、あれだよ…あれ。そういうモラルとか解ってないフシあるから、ちょっと…な、なぁ?ギャスク?」


「お、おう…あんまりにも堂々とし過ぎていて一体どう説明したらいいもんか困って…そうだろ?テラー?」


「オレに振るんじゃない!バカが!!」


「バカなのはアナタ達です!!リクス様だって女の子なんですよ!?いつまでもそのままの格好じゃカワイソウですよ!!」


男という生き物はどの世界の住人であれ、こういう話題になるとたちまち役に立たなくなる…情けない責任の擦り付け合いをするバカ三人の意気地の無さはカイナの怒りを更にヒートアップさせるだけであった。


「…という訳、で!!リクス様にはまずは服屋に寄ってもらいます!!最優先で!っていうか今すぐに!」


「私は別に気にしてないが?それに着替えられれば何処でも…」


「ダ・メ・で・す・!!」


「ま、待て!カイナ!!まだこの店の名物だという超特大ブライニクルタワーアイスパフェを食べてない…イくのはそれからでも遅くはないのでは…?」


「往生際、悪ッ!?リクス様!!アナタは!!イくんですよ!服屋に!今!すぐに!!」


「あ、あ…そ、そんな、殺生な…!!アッー!!」


男性用更衣室で平然と着替えをしていて全く動じない鋼の精神の持ち主であるリクスとしては普段から服装に関して無頓着な部分があり、例え全裸だとしても平気な顔をして町中を余裕で練り歩ける程…『恥じらい』の四文字とはまるで無縁という筋金入りであった。彼女の致命的なモラルの欠如ぶりにカイナは危険性を察したようで同じ女性として譲れない物があるためこの期に及んでまだなんか食おうとしていたリクスの手を強引に掴んでズルズルと引きずりながら向かいにある近場の服屋へと強制連行していった…。


「…なんつーか、女の意地ってスゲーな。」


「なぁー。」


「…それに関してだけは同意できる。記憶喪失のオレでも解る。テラー、覚えた。」


…嵐のような出来事にただただ呆然とするしか出来ない野郎共三人であった。




…数十分後…。



「これでよし!とても似合いますよ♪リクス様♪ふふっ♪」


(…今後、カイナは怒らせない方がいいな…。)


全身を包帯でグルグル巻きにした姿の魔族・木乃伊(マミー)族の店員が経営している服屋から出てきたカイナは見るに堪えないいでたちをしていたリクスを着替えさせることが出来てスッキリしたのか?大変御満悦そうな顔をしていた。一方、適当に選んだ全体にベルトをあしらったデザインの黒いドレスに着替えたリクスは普段大人しいくせにこういう時に限って何故か強気になるという意外な一面があるカイナに抵抗虚しく店に連れ込まれた事から彼女に対する認識を大きく改めたという…。


「おい、終わったか?」


「まぁ、な…ハァ~ッ…。」


(御嬢、試合の時よりもすげぇ疲れた顔してる…)


(心中お察しするぜ…)


喫茶店での代金を支払っていたため遅れて出てきた三人の目からもハッキリと解るくらい疲れきった顔で溜め息をついていた。恐らく、服屋の店内にて相当カイナに振り回されたようだ。


「用件は済んだハズだ…このまま買い物に向かうぞ。い、いいんだよな?カイナ?」


「はい、今の御姿なら問題ありませんので♪」


(お、御嬢様がカイナに恐れをなしてる…だと?)


(とても悲しい顔をしてる…。)


(生まれたての尖鹿獣族の子供の様に小刻みに震えてる…)


相手が誰だろうと余裕を絶やさぬリクスであったが、今回のことがかなり堪えたのか?カイナに得体の知れぬ恐怖を本能的に感じてプルプルと生まれたてのヘラジカ型の獣人である尖鹿獣(アクリス)族の子供の如くうち震えてた。しかも心なしか若干、泣きそうに見えるという…。


「と、ところで!御嬢はどんなところに行きたいんですかい!?」


「当初みたいに植物の種とか家畜の飼育方の本とか如何です!?」


「うむぅッ!?そ、そうだな!そうしようか!?」


「お前ら、その話題の変え方は強引過ぎやしないか…?あとクリス…完全にキョドってるぞ…?」


「うるさいっ…!黙れっ…黙れっ…!!」


リクスの哀れな姿にいたたまれなくなったギャスクとバンホーは話題を変えるべく買い物のリクエストを彼女に聞いてみたところ、リクスは調子を外したかのように思いきり裏返った声で返事してしまった…彼らのやり取りを見てテラーは冷静にツッコミを入れたのは言うまでもなかった。


メギドの町・商店街にて…。


「あーあ、あの店員ムカつくぜ!こんな本一冊にどんだけ吹っ掛けてくんだよ!?ボッタクリじゃねえか!!」


「そうなのか?ギャスク?値段に関してはよく解らないが…。」


「いやいや、高いッスよ!そうですね…御嬢にも解りやすく言うなら、アレ一冊買うくらいなら三食分なんか食った方がまだ安いッて感じっス!!」


「おのれ!よくも我々を謀ったな!目にもの見せてやる!!」


「リクス様!?」


「ちょっ…!?御嬢様!抑えて!抑えて!!」


「やめんか!!タワケ!!みっともない!!」


辞書や図鑑、小説や情報誌など様々な種類の書物を取り扱う本屋に立ち寄っていた一同だが、ギャスク曰くとんでもないボッタクリの店らしく、購入した植物図鑑などの本の代金の高さをイマイチ理解出来ないリクスにも解りやすい説明をしたところ、たちまち彼女も憤慨し、金を取り返そうと本屋へ突入しようとしていたため、カイナ、バンホー、テラーの三人は慌てて制止した…。




(…ハッ!?)


その時、テラーはふと、何かの気配を感じた。まるで喉元に刃物を突きつけられたかの様な…自分達に向けられた明確な鋭く冷たい『殺意』を…。


「…クリス、あんなインチキ本屋如きに固執しても仕方あるまい?損した分は勉強代だと思って諦めて、次に活かせ。それよりも他の店にでもイこうじゃないか。ほら、君達もだ。な?」


「…?テラーがそう言うなら…」


「「「???」」」


テラーはまるでこの場から離れようとするかの様にリクスを宥め、他の三人も引き連れ、足早に人混みの中に紛れながら、移動を始めた…。


(…おい、全員、後ろは振り向くな…オレ達はどうやらつけられてるようだ。)


((((…ッ!?))))


(誰だか知らんが殺気を隠すのがヘタな奴らなようだ。とにかく相手に悟られないようにするぞ。幸いこの人混みの中…ハデな事をいきなり仕掛けるとは思わん、が…!?)


テラーは四人に向かって小声で彼らは今現在、何処の誰とも知らぬ何者か…それも複数人に尾行されている状態にあることを警告した。彼が全員をこの人混みの中に入れたのは迂闊に手出し出来なくするためであった、が…それはあまりにも甘い判断だった。何故ならば…。




「ンフフッ…♪お馬鹿さん♪私達が人の(そんなもの)なんかを気にすると思ったかしら?ねぇ?お姉様?」


「フフンッ♪全く以ってその通りよ♪浅はかな連中ね♪というわけでアナタ達、イッてきなさーい♪」


「「「ギィイイイイーヤャーーーッハァアアアアッーーー!!」」」


自分達を狙ってきた者達が例えどれだけ混雑した人混みの中だろうが構わず暴れられる様なイカレた集団だったからだ…。

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