第15話・御嬢様と謎男
「…もしや、私の他に生きてる奴がいたのか?」
ロザリーちゃんの広くて暗い生体的で生々しい空間である体内にて、自分一人だけだと思ったリクスは突如どこからともなく聞こえてきた声に驚きながらもその声がした方向に顔を向ける。
「嗚呼、また一人…此処に墜ちてしまったか…。」
そこにいたのは胸元を大きくはだけさせた海賊風の衣装に身を包み、海賊帽にも見えるイカの頭部に腰まで伸ばしたロングヘアーに見える無数の交差するイカとタコの触手を生やし、髑髏の様にもタコの様にも見える意匠の鉄仮面を顔に付け、はだけさせた蒼い素肌の胸元や腹部にはイカとタコの触手を生やした黒い髑髏の紋様を刻み、腰にはショットガン・手榴弾・ナイフなどの武器をぶら下げた大柄な男だった。それもメギドの町ではおろかリクスの住む帰らずの森近辺では決して見掛けない魔蛸賊族と呼ばれる種族の見知らぬ男だった。リクスの顔を見るや否や男は手で顔を覆い『なんてこった』と言わんばかりにロザリーちゃんに喰われてしまった彼女の不幸を嘆いた。
「私は通りすがりのメイド剣闘士のクリスだ。覚えなくてもいい。」
「確かに覚えなくてもいい情報だな。こちらも自己紹介してやりたいところだが生憎と名乗れる名前が無い…オレには『記憶が無い』からな。」
「は…?」
軽い自己紹介を交わすリクスだが魔蛸賊族の男はというと記憶がない…つまり『記憶喪失』を理由に敢えて何も名乗らなかった。予想外の返事に流石のリクスも言葉が見つからなかった。
「例え君の様に名乗れる名前があったところで此処で消化されて死ねばすぐさま忘れ去られる…そんな奴等の最期をオレは何人も見届け…痛ッ!?」
「消化されるだと?勝手に決めるな、タワケが。私は勿論出るつもりだが貴様はどうなんだ?此処から出たくはないのか?」
「いや…オレには幸い耐性があるせいか、他の奴等の様に溶けずに済むから別に…痛い!痛い!?だからぶつんじゃない!」
「話にならんな、ハナから諦めの姿勢とは!この負け犬…いや、負け…イ、イカ?それとも、タコ?どっちだ!この野郎がァアアア!!」
「ぎゃあああああ!!?ヤメテェエエエエーーーーッ!!」
自身の持つ体質のおかげか…ロザリーちゃんの体内に長い間居ても消化されずに済んでることをいいことに此処から出る気がまるでない諦めモード全開な男の態度にリクスは段々イライラしてきたせいか最初は小突く程度だったがとうとう我慢出来なくなったのか、本格的に男を殴り飛ばしてド突き、そして挙げ句の果てにジャイアントスイングでブン回すなどの折檻を思わずしてしまった…。
…数分後。
「何もしないクセにネガティブなことばかり言ってすみませんでした…。」
「よろしい。」
ボロ雑巾と化した男は土下座しながら後ろ向き発言ばかりを重ねた事をリクスへと謝罪した。
「テラーさん!一体何の騒ぎですか!?」
「聞いたこともないような悲鳴を上げ、て…テラーさんが…メ、メイドさん!?メイドさんにボコられてるゥウウウウ!?」
「ほう?まだ生存者がいたのか?」
「彼らは君と同じく比較的最近喰われて墜ちてきた者達だ。オレが古株なもんだから面倒を見てやってる…」
男の悲鳴を聞きつけて新たに数十人もの魔族…それも大半がやはりリクスの見慣れない種族の者達が現れ、男の悲惨な姿を見てショックを受けていた。ちなみにロザリーちゃんに喰われた者としては一番長期間居た古株のために最近やってきた者達の世話役として面倒を見ていたようだ。
「おい!アンタ!!テラーさんになんてことしやがる!!」
「ん?テラー…?なんだ貴様、名乗れる名前は無かったんじゃなかったのか???」
「いや、それは辛うじて覚えていたオレ自身の名前らしきものだ…本名かどうか定かじゃないから、まぁ…とりあえずの呼び名だな。」
他の魔族は男のことを『テラー』と呼んでいた。どうやら流石に名無しのままではマズイと判断したのか…彼は断片的に覚えていた自分の名前の一部らしき名称をそのまま仮称として使っているようだ。
「よくもオレ達のリーダーを!」
「生かしちゃおけねぇ!!ブッ殺してや…!!」
「待て、彼女はまだ此処に来たばかりで気が立ってるだけなんだ。ここは一つ、許してやってはくれないか?」
「…へ?う、うーん…」
「テ、テラーさんが…そう言うんなら…まぁ…。」
勢い任せ(ノリ)でとはいえテラーをボコボコにしてしまったことが他の魔族達の怒りの引き金になってしまい、象の様な鼻と下顎から生やした牙を持つ漆黒の獣の体をした獏族、頭に赤い帽子を被った小鬼の姿をした鮮血帽族、一本足のフクロウの姿をした蠹蜚族など何人かがリクスに向かって鬼の様な形相でにじり寄るものの、テラーは手を翳して彼らを制止させた。このロザリーちゃんの体内において喰われてしまい、まだ溶けずに済んでいる生存者達のリーダーを務めてるテラーの頼みもあってか渋々ながらも魔族達はそれ以上はリクスに手を出さずに引き下がった。
「すまない、彼らもまた気が立ってるのだ。突然自分達の故郷に現れたあの化け物に理不尽に喰われて、今現在、何処に居るのかすら解らずに…そしていつ自分達が消化されて死ぬか、それが不安で堪らないんだ。」
(そういうことか、ヘルハルトめ…よもや、そんなことをしていたとはな。)
リクスはテラーの口振りから彼らの事の顛末を瞬時に察した…恐らくロザリーちゃんの飼い主であるヘルハルトはどうやらロザリーちゃんの腹を満たす目的のためだけに魔界各地に赴いては彼女(?)を町や集落などにけしかけて餌代わりに住民達を喰わせていたと見える。周囲に転がる骸にいつ自分が成り果てるか…そんな不安に駆られる彼らは常に死の恐怖に怯えながら、そしてテラーに支えられながらの暮らしを強いられてしまっているのだ、と…。
「大変じゃ!テラーさん…って、アンタまで大変なことになってないかのう!?」
「いや、オレの事は気にするな…ダムじいさん、何かあったのか?」
そこへまた先程やって来た者達とはまた別の魔族…頭がハゲており、両腕が異様に長い毛深い猿の様な姿の魔族…羅漢猿族の亜種・賢人猿の老人・ダムダム…通称・ダムじいさんが現れ、テラーに何かを知らせようと血相変えて駆けつけてきたのだが彼のボロボロになった姿にやはり驚かされていた。
「また何人か溶けてしもうた上に、アディリーが…あの娘、翼が完全にダメになってしまったのじゃ…」
「…解った。すぐにイく。君も来るか?」
「フンッ…いいだろう。」
ダムじいさんの言葉を聞いて暫しの沈黙の後、テラーはリクスを連れて移動を始めた。
「…ひどいものだな。」
移動後、テラーとダムじいさんの後を着いていき、リクスが目にした物はまさに阿鼻叫喚の『生き地獄』としか言い様の無い…思わず目を背けたくなる光景だった。
「ぎひぃいいいい!?死ぬ!死ぬゥウウウウ!!」
「足が!俺の足がァアアアア!!」
「いっそ殺してェエエエ!!楽に死なせてくれェエエエ!!」
ロザリーちゃんの体内に長く滞在し過ぎてしまったせいか…哀れな被害者である様々な種族の魔族達は顔、腹、腕、足…と、いった体の一部がドロドロに溶かされて骨や筋肉繊維、内蔵などが剥き出しになってしまい、情けない悲鳴を上げてのたうちまわっていた。
「こっちにはもう手遅れの者もいるのか…全身の肉が溶かされて腐ったり、骨だけになったりと…。」
「「「いえ、我々は元からこういう姿の魔族です。」」」
「紛らわしいわ!!」
…中にはその状態が当たり前である腐った死体の姿をした腐屍族や白骨死体そのものな姿をした骸骨族などの不死魔族も居たが気にしてはならない。
「はぁ…はぁ…うぁああ…腕が…私の翼…」
「これは…!アディリー…残酷な事を言うようだがもうダメだ。もうその翼は使い物にならない…。」
「そん、なッ…うわぁあああ!!あぁあああああん!!」
見た目こそは桃色の癖毛混じりのショートカットの髪の人間の少女だが腕と翼が一体化している形の両腕、足は鋭い爪が生えた鳥のものになってる種族・妖鳥族の幼い少女・アディリーはロザリーちゃんの犠牲者になった者の中でも最年少だった。苦悶の表情を浮かべながら息を荒げ、溶解されてしまい熟れ過ぎてジュクジュクに腐った果実の如く肉と羽根が腐り落ちた自分の翼の有り様、そして悪気は無いもののテラーからのトドメとも言える諦めの一言に絶望し、涙をボロボロ溢しながら泣き叫んだ。
「おぉ…よもやこんな幼子までもがあの化け物の犠牲になろうとは…ワシらが一体ナニをしたというのじゃ!」
ダムじいさんは今目の前で確実に失われつつある命の行き着く先に最早希望など無いという非常に非情な現実を嘆いた。テラーの様に溶解されずに生きれる耐性が備わっている者、溶けてしまっても大して変わらずピンピンしている不死魔族はともかく、それ以外の者達は今は平気でもこのまま長居していれば確実に死ぬのだから…。
「おい、じいさん…貴様の頭も溶けて毛が抜け落ちてしまってるぞ。」
「はうぁあああっ…!?って、これは元からじゃーい!!」
しかし、こんな状況下の中でも相も変わらずフリーダムなリクスはというとダムじいさんのハゲを弄って遊んでいた。御丁寧にハゲ老人のツッコミも返ってきたのは御愛敬…。
「君は一体何をしとるんだ…?」
「気にするな、それよりも此処にいる者達は先程の貴様と同じく出ることを既に諦めたのか?」
「いや、最初は勿論…皆、色々な方法を試して抵抗していたさ…しかし、ダメだった。あの芋虫だかミミズだか解らぬ化け物の体内は思いの外、頑丈でな、爆弾も効果無かったくらいだぞ?如何なる手段を用いても何ら意味も為さなかった…。」
リクスは本当に此処にいる魔族達が脱出する意志を持たずに既に諦めたのかをテラーに訊ねたが無論、そんな訳がなかった。理不尽にロザリーちゃんに喰われた彼らは必死に足掻きに足掻いた。武器や生まれつき持ってる鋭い獣の如き爪牙で体内を切り開こうとしたり、テラーに至っては手持ちの手榴弾で爆破を試みようとしたもののあの化け物にはビクともせず、全てが無為に終わった…やがて彼らはもう脱出を諦め、今日に至る…。
「うう…いやぁあああ…死にたくないよう…」
「すまない…アディリー…君だけでも出してやりたいところだ、が…」
死にたくない一心で泣きじゃくるアディリーに何もしてやれないテラーは困惑していた。悲しそうに嗚咽を漏らす彼女にではなく…
「おい、じいさん、腋が溶けて毛が無くなってるぞ…。」
「え?マヂで???」
「ほら、こんな風にな…。」
「ブハハハハ!!お嬢さん!く、くすぐりだけはやめておくれー!!ワシャこれには弱いんじゃ!ゴハハハハハ!!ひー!ひー!!ひぇーひぇっひぇっひぇっ!!」
…空気を読まずにダムじいさんの腋をいきなりくすぐり始めるというリクスの意味不明な行動に…。
「…だからこの非常事態に何をしとるんだ!?どんだけ落ち着き無いんだよッ!!ジッとしてると死んでしまうのかね!?君は!!さっさとダムじいさんを解放してやれ!!」
「いや、こういう時こそユーモアを大切にした方がいいかと…ん?待てよ…。」
「うひひひ!!おひょひょひょひょ!!溶けて死ぬ前に笑い死んでしまうー!!ウキッキー!!」
流石のテラーもリクスのこの暴挙には怒りを覚え、額に青筋を浮かべながら大声を張り上げて怒鳴り散らした…と、テクニシャンな手つきで爆笑させてるダムじいさんをくすぐりまくるリクスはここである『妙案』が浮かんだ。
「そうだな…一つ、いいことを考えた。」
「古今東西、その手の台詞にロクなものは無い…!!オレの本能がそう告げている…!!」
「ゲホッ…ゲホッ…まぁまぁ、テラーさんや…最初から話を聞かずに判断せずにお嬢さんのアイディアを聞いてみてはどうじゃろうか?」
「…まぁ、そうだな…何も無いよりかはマシだろう、で?その考えとは…?」
嫌な予感しかしないのか、テラーはリクスが何か言う前に却下しようとしたものの、付き合いが割と長いダムじいさんの頼みもあってか、一応は耳に入れることにした…。
「切っても刺しても爆破してもダメ…つまり、攻撃的な行動がダメならば『そうじゃない行動』をしてみるんだ。」
「具体的にそれはなんなんだ…?」
「この化け物を全員でくすぐってみるというのは、どうだろう?」
「はい!却下ァアアアア!!」
あまりにも突飛過ぎるおふざけ全開なリクスの珍妙な作戦にテラーは即座に全力でツッコミを入れてしまったのは言うまでもない…。
「舐めさらしてんのか!?この小娘がァアアアア!!人をおちょくるのも大概にしろォオオオオ!!」
「「「テラーさん!?」」」
「お、落ち着くんじゃァアアアア!!」
「うぇええええん!!テラーさんが怖いよォオオオオ!!」
完全に怒り狂ったテラーの憤怒の形相から突如発せられる怒号に普段の低いテンションの彼を知る周りの魔族達は勿論、ダムじいさんもその豹変ぶりに思わず戦慄し、アディリーに至ってはもっと泣いてしまった。
「いや、あの毛深いじいさんをくすぐっていたらふとウチのバンホーを思い出してな…」
「誰だよ!?」
「奴は口ではなく鼻で食事をする男でな、食べ物をよく鼻に詰まらせては私がふざけてくすぐってやったら勢い良く飛び出したのが面白くて…。」
「そいつの生態、どうなってんだ!?鼻で飯食う魔族なんざ聞いたこと無ェよ!!記憶喪失のオレでも解るわ!ボケェエエエ!!」
くすぐって弄っていたダムじいさんのあまりの毛深さに同じく毛深い種族である古象人のバンホーのことをふと思い出すリクス…ヴァジュルトリア邸で食事を摂る時に知ったがバンホー達古象人をはじめとした魔象人族という種族は口を使わず鼻で食事をするという冗談の様な珍妙極まる生態と習性を持っており、稀に鼻に食べ物を詰まらせてしまうこともあるがその際には誰かに鼻をくすぐってもらうと詰まった食べ物を吐き出せる…しかし、バンホーの事を当然ながら知らないテラーにとっては至極どうでもいい身内ネタでしかなった。
「バンホーが食べ物を吐き出した様にあの芋虫もどきもくすぐれば案外あっさり私達を吐き出してくれるかもしれんぞ?本来は外側からやる方法だが、内側の方が更に効果的だと思わんか?」
「た…確か、に…?理屈ではそうだが…うぅむ…」
リクスの言うように内側からならば外側と違い硬い外殻に包まれてなどなく柔らかな肉体が剥き出しになっているためよりくすぐりの効果は高まる…理屈だけで言うならば望みこそは薄いが実質的に現状で唯一この地獄を脱出出来るかもしれない方法だがテラーとしては納得しがたいものもあり、また今までみたいに失敗したらどうすればいいのかという葛藤もあり、これ以上此処にいる全員を絶望させたくない思いからどうしても踏ん切りがつかなかった…が。
「あの…テラーさん、一か八かでやってみませんか?」
「もしかしたら…もしかしたらだけど此処から出ることが出来る…かもしれない」
「やるぞ!俺はやる!!このまま大人しく化け物の餌になってやるもんかよ…!!」
「き、君達…!?」
「ホッホッホ…彼らの言う通りじゃ。なぁに…ダメで元々じゃ、それに何もしないで死ぬくらいならばせめて一矢報いてから死ぬ方が遥かにマシではないかのぅ?」
「ダムじいさんも…!?」
「テラーさん…私は腕が溶けて無理だけど…やってみようよ…ね?」
「アディリー…」
しかし、テラーが思っていた以上に全員の食いつきが思いの外良く、誰もが心の底から諦めた訳ではなかったのだ。どうやら逆に最初にリクスにボコられた時のように本当の意味で諦めて弱気になっている者は自分だけだったようだ。彼らの賛同の意志を聞き、今のテラーから迷いは消えた。
「解った…その案、乗ってやるぞ、クリス。」
「決まりだな。では早速始めるぞ!動ける奴らを全員集めろ!!」
「「「うおぉおおおおおッ!!」」」




