第12話・御嬢様と三獄士
闘技場『ゴモラ』、選手控え室にて。
(ふぅ、邪眼を使わない戦いは思いの外疲れたな…しかし、剣闘士になったはいいが、チャンピオンになるにはこの後どうすればいいんだ?)
ミステア戦後、勝利を無事に納めたリクスは溜め息混じりに破れてしまった盗品(メイド服)を脱ぎ捨てる。フローラの店で食事するに相応しい強者となるべく一戦目にはとりあえず勝利はしたものの、いかんせん、細かくは考えずに剣闘士デビューしてしまったため、肝心のこと…闘技場のチャンピオンになるには何をすればいいのか疑問に感じ、リクスはクルリと首だけ回して自分の『後ろに居た者達』に尋ねた。
「オイ、お前達、誰かチャンピオンのなり方を知らんか?」
「「「どこで着替えてるのよ!!アンタァアアアア!!?」」」
「「「イヤァァアアアア!!なんで女の子が此処にいるのよォオオオオオオ!!?」」」
「「「きゃあああああ!!この控え室は男用よォオオオオオオッ!!」」」
着てるものを全て脱ぎ捨て、黒い下着姿だというのに恥じらうどころか表情を全くもって一切変えずに闘技場のチャンピオンのなり方を多種多様の男の魔族の剣闘士達に聞くものの、彼らは自分達男性剣闘士用の控え室を堂々と間違えて使ってるにも関わらず平然としているリクスの存在に対して衝撃のあまりに顔を赤らめ、何故か胸元を隠す乙女のポーズをしながらオネェの様な裏返った悲鳴を上げて思いきりツッコんだ。
「ん?人の顔を見るなり悲鳴を上げるとはおかしな連中だ…もぐもぐ。私はただチャンピオンになるにはどうすればいいと聞いてるだけで…むしゃむしゃ。」
「頼む!ひとまずサッサと着替えて今の自分のいでたちをなんとかしてくれ!」
「端から見たら俺達がアンタにナニかしてしまったようにしか見えないから絵面がヤベェーんだよ!!いくら俺達が魔族でも流石に…なんかこう、罪悪感が沸く!!」
「教えるから早く着替えてちょうだい!っていうか何食ってんだ!?いつの間に!!」
「これか?私が戦ったミステアの頭の破片だ。」
「「「ミステアの頭の破片ンンンンンッ!?」」」
野郎共の反応に不思議そうに首を傾げるリクスとは対照的に男の剣闘士達は下着姿の彼女の姿を見て赤面しながら望み通りのことを教えるので早く着替えろと急かしたり、抱く必要のない罪悪感にとらわれたりしてる中…ミステア戦前もそうだが相変わらず口に何か入れてるリクスはなんと、先程戦い、自分の手で蹴り潰したミステアの頭部の一部を食べていたということが判明した。
「カボチャだからか結構甘みがあって美味いぞ。」
「アンタ怖いよ!さっき自分で殺した相手の頭食ってるってなんだよ!?っていうか美味いのかよ!!」
「殺すことが当たり前の俺らでもやらねぇよ!?ンなこと!」
「いくら頭がカボチャでも抵抗あるわ!!いいからもう早く着替えてくれ!割とマジで!!」
魔界には頭部や脳味噌が美味な魔獣、或いは一部の魔族もいるにはいるし、それらを食する魔界独特の食文化もあるにはある…とはいえ、流石に頭がカボチャで出来てる種族である鬼火灯族のミステアを殺した挙げ句にその頭をムシャコラと平然と食べるリクスの行いに野郎共は戦慄を覚えた。
「むしゃむしゃ、ごくっ…仕方ない、ほれ…これでイイだろ?」
(((ホッ…)))
男達から血相変えて早く着替えろと言われ、リクスは仕方なく素直に着替えを済ませ、無事にそれが終わると男剣闘士達はようやく安堵の息を漏らした。
「で?チャンピオンのなり方だって?そりゃオメェ…アレよ、とにかく勝って勝って勝ちまくって花形選手にまで成り上がって、また戦い続けて現チャンピオンへの挑戦権を得ることよ。」
「ふむふむ、ひたすら勝つだけか…参考に聞きたいが、この闘技場でかつてフローラという剣闘士が居たはずだ。彼女は何回くらい戦って花形選手にまでなったんだ?」
リクスが視察がてら見ていた試合の勝者である生剥族のオニベエ曰く、チャンピオンになるための方法は実にシンプルなもので、勝ち星をとにかく稼ぎ、ひたすら戦いの数をこなして人々から注目の的となる闘技場を 代表する花形選手にまで登り詰め、現チャンピオンである剣闘士への挑戦権を得ることだという。花形と聞き、リクスはふと、元・花形剣闘士のフローラがどうやってその地位まで辿り着いたか聞いてみた。
「ん?フローラだって?アンタ、若いのによく知ってるな、そんな昔の選手。正直名前出されるまで完全に忘れていたぜ…。」
「そうさな…確かあの人、デビューして二・三回くらい戦ってたら、運が悪いことに…いきなり昔の花形選手との試合組まされてソイツを返り討ちにしてたな。そこから一気に新しい人気花形選手になったぜ。」
リクスの口から出たフローラの名前を聞き、オニベエの周りにいた牛の頭を持った屈強且つ巨大な身体を持つ牛魔人族のベテラン剣闘士と頭部から上半身までが馬の骨格剥き出しになり紫色の炎で象られた下半身という異様な姿をしている夢馬族の若手の剣闘士曰く、フローラも嘗ては地道に戦ってた新米だったが明らかに自分より強そうな花形選手と戦わされたものの見事に返り討ちにして一気に知名度を上げて新たな花形選手になったという。
「フフッ…そういう流れならば私もいずれは今の花形剣闘士と組まされて戦うことになるな。早いところ戦いたいものだ。」
「いやいやいや…アンタまだたったの一回勝っただけだよね?なにさも当然の様にすぐ戦えると思ってんだよ?」
「それに組まされる相手は運営側がランダムで決めてるから完全に運任せだからな…?」
「仮にすぐ戦えたとしても花形選手は知名度の高い闘技場のスターなだけあって強さも俺達とは段違いだぞ?簡単に勝てる相手じゃないって…。」
自分と同じ新人剣闘士のミステアを打ち負かした自信からかどんな相手でもお構い無しなリクスであるが岩の様にゴツゴツした巨大な甲羅を背負い蛇の尾を持つ玄武族の駆け出し剣闘士、長い舌を出しっぱにしてるガマガエルみたいな姿をした大蝦蟇族の強豪剣闘士、山羊の頭にコウモリの羽を持つ悪魔じみた姿の魔羯人族の中堅剣闘士らはそんな彼女の根拠の無い自信に満ち溢れた姿に呆れ果てていた…と、そこへ…。
「これはなんの騒ぎカネ?キミ達。」
「おおかた我らの噂話でもしていたのだろう。」
「フン…これだから弱者共は…」
「「「…!?」」」
周りにいる有象無象の剣闘士達とは明らかに違う強者のオーラを漂わせた三人組の剣闘士が現れたと同時にその場にいた全員が瞬時に彼らに道を譲る様に散り散りになる。
「なんだ?あの偉そうな連中は?」
「吸血鬼のサベッジ、首無幽騎のヘルハルト、白鯨のモナーク。」
「誰が呼んだか…通称『三獄士』、あの三人が今の花形剣闘士だよ。」
頭にシルクハットを被り、血のようなギラギラした輝きを放つ赤い両眼を覆うコウモリ型の黒いマスクに口元を覆う鋭い牙がいくつも並ぶ赤黒い鋼鉄製のマスクをつけ、左腕全体がサーベル型の義手になっており、漆黒の貴族服姿にマントを羽織った男…吸血鬼族のサベッジ・ブラッドファング。
首だけが無くまるで拷問器具を思わせるかのように全身トゲだらけな漆黒の鎧を身に纏い、左手に両目を縫われた骸骨ともミイラとも取れるアンデッドの顔の意匠がある盾を持つ異形の騎士…首無幽騎族のヘルハルト・トゥーカッター。
大柄な傷だらけの白い巨体に背中に剣や槍などの大量の武器が突き刺さり、下顎から猪の様に二本の牙が生え、武器である巨大なハンマーを担いでいる鯨型の獣人…牙鯨獣族の亜種・白鯨族のモナーク・デッドリーウェーブ。
彼らこそがチャンピオンを除けばこの闘技場においてトップクラスの実力を誇る三人の花形剣闘士…『三獄士』である。
「ほう…アイツらを倒せばチャンピオンへ挑めるも同然か?早く戦わせてもらいたいものだ。」
「バッカ!オメェ!!滅多なこと言うんじゃねぇよ!?勝てる勝てないとかの次元じゃねえんだよ!!アイツらは!!」
「「「…んん?」」」
リクスがいつも通りなマイペース発言を抜かしたのを聞いて側にいたオニベエが黙らせようとしたが時既に遅し…三人がリクスに視線を移し、そして…。
「え!?ちょっ…え!?待って!ねぇ、ちょっと待って…女の子!?なんで!!?女の子、なんで!!?」
「オイイイイイイ!!なんなんだその娘はァアアアアア!!?此処は男用の控え室のハズだぞォオオオオオオ!!」
「まさか貴様ら!?そのいたいけな少女を無理矢理連れ込んで…なんかヤッてたのかァアアアアア!?」
「「「気づいたのそこォオオオオオオ!?」」」
「「「それにヤッてねぇええええ!魔界とギャンブルの神に誓って何もヤッてねぇええええ!!」」」
三獄士達は女性剣闘士が男用の控え室にいることに対して先程までの野郎共達とほぼ同じリアクションで驚愕していた挙げ句、周囲の男達に無理矢理連れ込まれてイヤラシイ事をされてるのではと心配までしていたため、控え室に居た男共は全力で否定した…この場に居る三獄士といい、有象無象の剣闘士共といい、実はいい人達ばかりなんじゃないのか?と思いたくなるくらい奇妙な光景であった…。
「人騒がせな!部屋を間違えるなよ!!普通途中でなんか違うって気づくだろう!?」
「それに何故堂々と男達の目の前で着替えられるんだ…?」
「キミィ、少しは自分を大切にするべきダヨ?」
「むぅ…私は特に気にしてなどないのだが…」
「「「俺達が気にするんだよッ!!」」」
暫くして、ようやく三人が落ち着き、男共の誤解が解けたもののリクスは三獄士達から軽く説教されていたがどこ吹く風…あまりの羞恥心の無さと着替える場所へのこだわらなさにやはりツッコミを入れられていた。
「解ったらサッサと部屋を出て隣の女性用控え室を使ってくれ。いいな?」
「全く、どいつもこいつも説教くさくて敵わん…解った、解った。知りたいことも知ったし、そろそろ退散させてもらおう…だが、最後にこれだけは言わせろ。」
「あん?」
「何カネ?」
これ以上の煩わしい説教を聞く気がないため、リクスは控え室から立ち去る間際に最後に…。
「私は中年親父が大嫌いだ。」
「ひょっ…!?」
何故か三獄士の内の一人にして最年長のサベッジに超個人的な理由混じりの敵意を向けるという暴挙に出た。
「加齢臭がキツいし、基本的に助平な奴しかいないし、自分が一番偉いとムダに思ってるし、酒飲みの酔っ払いが多いし、そしてなによりハゲが多い…ハゲならば尚更嫌いだ。」
「確かにワタシは若くはないけどネェ!?いくらなんでもちょっと言い過ぎじゃないカネ!?初対面のキミにそこまで言われるようなこと何一つしとらんヨネ!」
「それになんなんだ!?その中年男性に対する異様な偏見と嫌悪は!!」
「最早それを通り越して憎しみすら感じられる一点集中攻撃だぞ!?サベッジ卿が一体何をしたというんだ!!」
今時の反抗期真っ盛りの若い少女みたいな中年親父に対するムカつく理由をズラズラと並べ立ててサベッジを容赦なく罵倒したリクスにサベッジ本人は勿論、ヘルハルトとモナークも納得出来ずに猛抗議した。
「残り二人には負けても貴様だけは何がなんでも必ず処刑してやることを此処に宣言しよう…以上だ。」
サベッジ抹殺宣言という実に傍迷惑過ぎる死の宣告だけを残すと同時に中指を立ててファッキンポーズを取り、今度こそリクスは控え室から出て行った…ここまでくるともう悪意しかない。
「ワタシが一体何をしたァアアアアアアアアアアアア!?」
リクスからのあんまりな扱いと理不尽な嫌われように対してサベッジは頭を抱えながら慟哭した…。




