第10話・御嬢様?そんな人は知りません
翌日、闘技場『ゴモラ』観客席にて。
「やめろォオオオオオ!!やめさせろォオオオオオ!おいィイイイイイ!!リクスちゃんを今すぐ連れ戻せ!!バカ野郎共ォオオオオオ!!」
リクスが闘技場にて剣闘士デビューする当日と聞いてフローラが店を超個人的な理由で閉店させて飛び出し、観客席で御覧の通りリクスの出場停止を見苦しく喚き散らすように猛抗議していた。
「姐さん!!もう無理ッスよ!!エントリーは既に済ませちまってんだからさァッ!!」
「俺達も昨日散々止めたよ!最後まで!!でもダメだったんだよ!!」
「ム、ム…フローラ、諦めろ…」
「ざっけんなァアアアアー!!離せ!ゴラァアアアアアア!!」
そしてフローラは現在、ギャスクにバンホー、そしてラガミ…三人のバカ野郎共に羽交い締めされてバタバタ暴れていた。
「あ、あの…フローラ、さん…リクス様、を…信じて、あげて…?」
「カイナちゃん!!悪いけど貴女の頼みでも無理!無理なのよォオオオオオ!!闘技場ってもんを甘く見ちゃいけないのォオオオオオ!!」
この場に居た唯一の女の子であるカイナの言葉でさえフローラの主張を変えられなかった。フローラの言うように、この闘技場での戦いは熾烈、且つ、苛酷極まるものであり、昨日のボボンゴの様にあっさり死ぬことさえあれば元・花形選手のフローラの様に例え勝ち続けられたとしても怪我の蓄積などで引退にまで追いやられたり、最悪、戦うどころか二度と日常生活さえも出来ないほどの廃人に変わり果ててしまうことさえあるのだ…。
「あぁあああ…本当にどうしてこんなことにィイイイイイ…アタイはそんなこと望んでいないってのにィイイイイイ…」
「あ、そうこうしてる内にもう始まる時間だな…。」
力なく項垂れるフローラの願いも虚しく、ついに試合の時間が来てしまった。
「さて今日も始まりました!観客席の皆様!我が闘技場『ゴモラ』にようこそ!本日も殺し合いを楽しんでジャンジャン儲けてくださーい!!我々も大儲けですのでー!!」
「「「うぉおおおおおおお!!」」」
「「「早く殺れェエエエエ!!」」」
「さぁ、待ちきれないようなので御客様の御要望に御応え致しましょう!それでは東門と西門!開門!!」
「まずは東門…不気味で何考えてるのかよく解らんスタンスとは裏腹に冷徹に、冷酷に相手の命だけをひたすら狩り獲る神出鬼没の殺し屋!鬼火灯族・ミステア選手!!」
「…キキッ…キキキキッ…コカカカカッ…」
無情にも司会のアナウンスと興奮する観客の歓声が上がり、選手入場の宣言が告げられた…それと同時に最初に東門から現れたのはカボチャの頭部に黒い帽子を目深に被り、口からは時折青白い炎が漏れ出ており、全身黒ずくめでボロボロのスーツと黒マント、全体的に陰鬱で仄暗い雰囲気をしたカボチャ型の魔族である鬼火灯族の剣闘士・ミステア、彼は不気味な笑い声と共にフワリと舞い降りる形でリングに上がった。
「初っ端からヤバそうな感じの剣闘士が出てきたな…。」
「聞けばあのミステアって奴、昨日はオレ達は遅れて見れなかったけれど、
姐さんの剣闘士時代から活躍してた中堅剣闘士・キババを含めた他の連中もブッ殺しちまった全くの無名の新人らしいぜ。」
「あー…とうとうくたばっちまったか、アイツ…アタイとタメ張れてた数少ねぇロートルの生き残りだったのにな、まぁこれも時代の流れって奴だね。」
本日最初の第一試合のリクスの相手であるミステアは彼女より一足早く剣闘士に志願した無名の新人であるがリクス達が遅れて見逃していた昨日の別の試合中にフローラとは同時代に活躍していた狛犬族の中堅剣闘士・キババをはじめとした剣闘士達を次々に殺害して勝利を納めるという鮮烈なデビューを飾っていた。
「続きまして、西門からは本日が剣闘士デビューの期待の新人剣闘士とのことで…えーっと、ん?聞き慣れない種族ですね…えー…蜥蜴人族の亜種族、で…襟巻蜥蜴族、の…?クリス選手、クリス選手だそうです…って、何食べながら入場してるんですか!?クリス選手ゥウウウウウ!!」
「ムシャムシャ…昨日食べたものよりも美味いな…貴様らも喰いに行け。オススメは私が今食べてる太刀魚だ。」
「気に入ったんですか!?その魚妖串!!ですが宣伝は結構ですよ!!」
アナウンスと同時に今度は西門から、頭にはカチューシャ、首回りにはエリマキトカゲの皮膜の様なものを付け、服のあちこちにフリルをあしらったメイド服、それも胸元を露出させ、下着が見えるか見えないかギリギリなラインの短い丈のミニスカートという大胆な姿をした自称・蜥蜴人族の亜種・襟巻蜥蜴のクリス…という謎の少女が現れた。そして明らかに売店で買ってきたと思われる魚妖・太刀魚の照り焼き串を頬張るだけでなく、余程魚妖串が気に入ったのか?挙げ句の果てに売店の宣伝までしたリングインしたため、司会者から盛大にツッコまれた。
「なぁ、ギャスク…あのメイドさん、もしかして…」
「…言うな、バンホー…多分考えてる通りで当たってるから…。」
バンホーとギャスクは敢えてあの襟巻蜥蜴のクリスを名乗る少女の正体について言わなかったが完全にリクスであった。あからさまな偽名と間に合わせ極まる変装をしてはいるが間違いなくリクス・L・ヴァジュルトリア14世、御本人…なのだが、何故メイド服姿かは不明である。
「…襟巻蜥蜴のクリス、さん…?一体、何者なんでしょうか…?」
「あら、やだ…アタイ好みだわ、あのメイドさん…店で超雇いてぇえええええ!!そして愛でてぇェエエエエ!!」
「ムムッ…お前ら、バカか…?頭の中の脳味噌は、何処へやった…?」
そして何故かカイナは察しが悪すぎるのか?クリスが一体誰なのかと首を傾げ、フローラに至っては己の欲望丸出しで正体がどうこうどころでなかった。反対にラガミは即気付いたためかアホ二人に手厳しくツッコんだ。
(ふむ…流石は私、完璧な変装だ。なんか知らんが近くの店に居たメイドから服を剥ぎ取ってきた甲斐があった。)
リクスが変装に使っている出所不明のメイド服は何処から調達したかというと、宿屋に宿泊した後…全員が寝静まった後、変装というアイディア自体はあったものの具体的にどう変装するかまでは考えてなかったためコッソリ外へ抜け出ていい案を浮かべるための気分転換に散歩していたら、近隣で見掛けたメイド服を着た魔族の女性が客に性的なサービスするというメイドオンリーの風俗店の前で客引きしていた従業員の女性のメイド服を見て『これだ』と思い、邪眼を使い、服を強奪…そして現在に至る。
「…えーっと、尚、クリス選手についてですが、特定の主を持たない流れのメイドにして美味い食事を用意すれば如何なる敵からでも主を守ってみせるという凄腕ボディーガードでもあるとのことですが…あー…正直、胡散臭さ全開ですよ?この経歴…」
司会者が読み上げたクリス…否、リクスの経歴は勿論、剣闘士として登録するために数秒足らずで適当に考えた真っ赤な嘘である。例え基本的に何でも有りな魔界であったとしてもそんなメイドなどいてたまるか。
「そんなに熱い視線で私を見てくれるな、司会者や観客共…嫉妬深い御主人様をお仕置きしなければいけなくなる。」
「アンタがする方なのかよ!?普通、逆でしょうがァアアアア!!」
「なんて可哀想な御主人様なんだ!!」
「いや、むしろ御褒美かもしれないぞ?あんなにもSっぽいメイドさんからのお仕置き…有りだな。」
メイド剣闘士・クリスとしての嘘設定を呼吸するかの如く吐きまくるリクスに司会者や観客達が段々振り回されてきてしまっている…しかし、一部、彼女のSな発言に反応したMな観客が居たが気にしてはならない。
「…コカカカカ、アンタさん…中々に面白い方ですねぇ…。」
…と、ここでミステアが不気味な笑い声以外の声を初めて発し、リクスに声をかけた。
「フッ…そういえばだな、御主人様から掃除も頼まれていたのだ…掃除といってもあれだぞ?お屋敷の掃除とかそんなのではない…お前の様な敵を抹殺しろという意味で、だ。」
「コカッ…おぉ~…怖い、怖い…しかし、アンタさんがこのアッシに勝てると思いで…?」
あくまでもメイド設定とキャラを貫こうとしているリクスは表情こそは変えず、しかし、内に宿った殺意を隠すつもりはサラサラ無いようで、それを瞬時に読み取ったミステアも敢えておどけて見せるも自分も負けるつもりはないと挑発をした。
「フンッ…おい、司会者、早くゴングを鳴らせ、このクサレカボチャの頭を消し飛ばしたくなって堪らないんだが?」
「コキッ…司会者さん、アッシからもお願ぇしやす。ココココッ…」
「アンタらァアアアア!剣闘士側の人が当たり前みたいに司会者に話しかけないでくれませんンンンンッ!?あぁ、もう!!ゴング!ゴング鳴らして!そのまま試合開始ィイイイイ!!」
最初の第一回戦からフリーダム過ぎる二人の選手に気安く話しかけられ過ぎてる司会者はブチ切れ気味にゴングをスタッフに鳴らさせて、これ以上リクスとミステアに好き勝手な振る舞いをさせぬために本人達のお望み通りに強制的に試合を開始させた。
「…どうしやした?先攻、行かないんですかい…?」
「私がどう動こうが勝手だろう。」
「クケッ…?そんじゃあ、お言葉に甘えやして…アッシから行きやすぜェ…コカッ…カカカカカッ!!」
ゴングが鳴らされたにも関わらず、リクスは一歩も動かず、先手を何故かミステアに譲り、その場で棒立ちを決め込んだ…怪訝に思うもミステアは突如、自身の両手を腹に突っ込み、そこからズブズブと生々しい音と共に鮮血混じりに赤く染まった短長二振りの日本刀を取り出し、地面から足が離れていき宙を泳ぐような形で疾走…リクスの目の前まで迫り、その首をカッ捌こうとした時だった。
「死にさらせ!メイド…マグナァアアアアアアムッ!」
「コケッ…!?ケキョッ!?」
「あーーーーっとッ!?クリス選手!!近接攻撃を仕掛けようとしたミステア選手に向けて…なんと、ライフルです!マグナムとか言っておきながら単なるライフル銃ブッぱしましたァアアアア!!当闘技場に於いては銃器は反則じゃあないのですが、使うか!?普通ゥウウウウウ!!」
「ああぁああああ!!?アレ、アタイの店のライフルじゃねぇかァアアアア!!いや、使ってもいいけどさ!?リクスちゃん、アンタなにやってんのォオオオオ!!?」
スカートの下に手を突っ込んで抜き出したライフル銃で迫るミステア目掛けて迷わず銃撃し、彼の両手を吹き飛ばしてしまった。ちなみにこのライフル銃は観客席で盛大に絶叫しているフローラが使っていたものであり、変装用メイド服を調達した後にすぐさまその足でフローラの店に忍び込み、部屋のベッドで爆睡していた彼女の枕元から頂戴してきて現在に至る…尚、この闘技場の戦いにルールは皆無に等しいため、銃器の類いを使ったとしても反則ではないので特に問題はない。
「このメイドマグナムも良いが如何せん弾切れが心配だ。悪いが貴様の武器を頂くぞ。」
「…なんと、まぁ…キョーレツな御挨拶ですこと…今のは効きやした…しかしですねぇ…あんま舐めたことしてると、殺すぞ…こんの小娘ェエエエエ!!クケッ…コキッ…コカカカカカカカカァアアアアッ!!」
リクスはメイドマグナム…という名の盗難品ライフルをそこらへ投げ捨て、代わりにミステアの使っていた日本刀二本を拾って新たに自分の武器にした。いくら新人剣闘士とはいえあまりにおふざけが過ぎたか?ミステアは撃ち抜かれて吹き飛んだ両手を拾って強引に接合し、自分と大して変わらないとはいえ一足遅くデビューした新人に闘技場での剣闘士の戦いの厳しさを教えるべく抑えていた殺意を全開にし、狂笑を会場内に響かせながら再び襲いかかった。




