8. 最強の防具
朝一番の日差しが眩しい一日の始まり。目覚めた時、まさか知らない天井だって思う羽目になるだなんて、予想すらしていなかった。
ベッドと机、椅子だけの簡素な部屋。俺の寝ているベッドの縁には、リンリルが腰掛けている。てことは、彼女が運んでくれたんだろうけど……。
「昨夜はお楽しみでしたね」
リンリルがそんな事を言うから、余計に混乱してしまう。酒を飲んで、トイレで吐いた時から全く記憶がない。どんだけ酒に弱いんだよ、この体は。
「俺、なんかした?」
「涎垂らして寝てましたよ。ただ、此処に運んでいる途中、魔物に襲われて、うっかり魔物ともども殺してしまいました」
「誰を?」
「ヤータさんを」
全然楽しくないじゃん。寧ろ怖いよ。てか、よく起きなかったな俺。
はぁ、何だろうなぁ。無性に前世が恋しくなってきた。あの子が恋しい。それもこれも、リンリルが怖い所為だ。あの子は凄い優しかったからなぁ。今何しているんだろう?
家族はきっと悲しんでくれている。そんな付き合いをしていたし当然だけど、あの子に関しては少し自信がない。
結構甘えてばっかりだったからなぁ。それに夜求められても断ってたし。
いや、興味なかった訳じゃないけど、やっぱりその、営みで嫌われるって事もあるわけだろ? そうなるとやっぱり怖くなる訳で。あぁ、今はなき股間の息子よ。あんたが恋しい。やっぱり大事な物って失ってから気付くんだな。
「前世の事は余り考えない方が良いですよ? 忘れた方が良いです」
「悲しくなるもんな」
「いえ、怖くなり、おっと」
え、何で怖くなるの? なんか知ってんの? もしかしてあの子、もう俺のこと忘れてんの?
「まさか、イチャイチャ?」
「寧ろズコバコ」
死んで良かった、って思えちゃうほどショックなんだけど。
「元気出してください。そんなあなたにプレゼントです!」
「どうせ、また怖くなるようなやつだろ?」
発信機とかさ。それさえなければ、椅子は便利だなぁって思っただけで済んだけど、今度は媚薬でも仕込んだか?
あぁ、駄目だ思考がそっち方向にずれる。もう何もないんだ。ストレスを発散できそうな快感なんてものは、俺にはもう感じられない。
……ま、まさかそれを解決してくれるっていうのか!?
「そう言うのはまたいずれって事で。プレゼントは防具ですよ」
「いずれってのが訪れる、そこに期待しても良いんですかね?」
「防具を着てくれたら考えます」
着てくれたらって言ったって、どうせ問答無用で着させるんだろ? はぁ、こいつの返答をまともに聞いていると損するのかもなぁ。
「それなら、って、なんじゃこりゃあぁぁぁ!?」
案の定、着ていた服が何時の間にか変わっていたっていうね。裾の短い浴衣姿。あれもかなりマニアックだったけど、今回のは更に凄い。
ファーのついたカーキ色のモッズコートはまだ良い。凄く良い。だって格好いいし、こういうの欲しかったんだよね。でも問題はその下。
「何でスク水なんだよ!? しかも女用! おまけにニーソに膝までのロングブーツってどんなコーディネートだよ!」
「解説お疲れ様です。相当混乱してますね」
冷静なこいつが憎い。何時か、絶対に奥歯ガタガタ言わせてやる。
「良いじゃないですか、その格好。私のトレンドです。着せたい衣装ナンバーワンです」
「世間のトレンドが欲しかった!」
くそっ、いくらプレゼントって言ってもこの組み合わせは駄目だ。なんか嫌だ。脱ごう、直ぐに脱ごう。ってあれ? モッズコートは問題なく脱げる。ブーツもニーソも脱げる。
でも何でだ? スク水だけはどうやっても脱げない。肩紐や胸元は引っ張れるし、股間部分はずらせる。わお、すべすべな肌色が眩しいぜ。
いやいや、そんな感想言っている場合ではなく、何でスク水自体は脱げないんだ!?
「裸を見られるのは嫌だろうと思いまして、脱げないようにしておきました」
「有り難迷惑だよコンチキショウ!」
確かに裸は見られたくないよ、だって自分でも何者か分かっていない体を見られるのはなんか複雑な気分だし。股間のツルツルとか見られたくないし。
でも年中スク水の方が、もっと恥ずかしいと思うんですが。
「気に入りませんか? その防具はどんな攻撃も通しませんよ」
「何その高性能。ありがとう」
うん。ゲームだって見た目ダサいけど高性能は基本だもんな。それを受け入れてこその最強だ。
例えこの格好で馬鹿にされようが、生き残れば最強なんだ。これは、この島での生活には欠かせない筈。ありがたく受け入れよう。
「頭パックンチョされたらお終いですから、そこは気を付けて下さいね」
「そんなこったろうと思ったよ!」
はぁ、どこかにまともな女性は居ないだろうか? もっとまともに甘やかしてくれる女性が理想。そんな人とイチャイチャしたかった。夜の営みは出来ないけど、イチャつく事は可能だもんな。
いや、待てよ。ルーユはどうだろう。あの受付の子。あの子は優しそうだったなぁ。
「ルーユは死体愛好家ですよ」
「俺狙われてんじゃん!?」
この島って死んだら死体が残るんだろ? 怖いよ量産も出来ちゃうじゃないか。
ルーユの危険性も知ったからには、ますますギルドへ近付きたく無くなってきた。
あ、ならあの人はどうかな? 居酒屋で此方を見ていた成人女性。ちょっと強気な感じの女戦士って見た目だったけど、かなりの美人だった。あんな人に甘やかされたい。
「あの人、超がつく程のドエスですよ? ヤータさんのエムオーラを感じ取ったんじゃないですか?」
「俺、エムじゃない筈」
関わらない方が良さそうだ。何故だ。一番まともそうなのが啓司って、信じられないんだけど。
カジーナはなんか、フレンドリー過ぎてイチャつくのとは違うだろうし。
「啓司さん。ヤータが惚れてますよ?」
「俺としては、ちゃんとした女性が良いがな」
「いや、何時の間に居たんだよ!? 後、惚れてねぇーよ!」
はぁ、なんで俺の周りの人はそうやって気配を消すかなぁ。今までの会話が聞かれてたんじゃないかと、少し不安になってくる。
けど、今丁度来たとこらしいから安心か。あれ? って事は、此処って啓司の宿屋なのか?
「此処がお前の部屋になるから、場所とか覚えておけよ? うむ、そうだな。後で生活用品でも買いに行くか。丁度良い格好してるし、皆に見てもらえ。ちやほやされるぞ」
え? 俺早速見せ物になるの?