毒見をせずとも
「浜辺に、大量の魚が打ち上げられた」
部屋に現れた啓司が、物々しくもそう言った。その状況に何か不都合でもあるのだろうか。例えばクジラが打ち上げられたとして、身体の中にガスが溜まり、爆発することもあるらしい。この島はまさにファンタジーな島なのだから、その様な巨大な物が打ち上がったとしても不思議ではない。
エロハプニングを誘発するようなナマコだっているのだから、変な魚がいたって不思議ではない。
下らない話のパターンもあるなと、俺は仰向けで読んでいた漫画を枕元に置き、そのままの体勢で問い掛けた。
「どんな魚だ?」
「イワシだ。つみれにしたら美味そうだ」
そうか、良かったな。そう言って再び漫画を手に取った。曲がり角でぶつかりそうになった男に対して、過剰なまでのリバーブローを連発して繰り出し食パンを吐き出させるという、ちょっとどうかと思う展開が繰り広げられている。
それで恋に落ちたこの男は、どんな性癖の持ち主なのだろうか。その考察をするのが、今この島の流行りだ。作者は苛烈な女王様の名を縦にする、クイーンだそう。
「話はそんな簡単なものじゃない。もしかしたら、毒があるかもしれないだろう。腐っているかもしれない。見た目は新鮮そうで、とても美味しそうだとしても。食べてみなくては分からないものがある。だからこそ、――毒見をしてくれ」
「嫌です」
即答するのは当然だろう。何故だ! と言いたげに女体化してまで衝撃を表そうとする啓司に、ひらひらと手を振って帰れと告げる。
誰だって、進んで毒見をしようなんてするもんか。それが職業であるのなら仕方がないことなのだが、俺はしがない、しがない……。プリティな神様的な存在なのだ。自称。
「この部屋から追い出す、――と言うのは駄目だな。へそを曲げられたらこちらの損だ」
「そうそう。受け入れてほしければ煽ててみな。というか、魔法とかで調べられないの?」
「そんな生活感溢れる魔法を使えるやつが、この島にいるとでも?」
全くもって過激な島である。もしくは遊び心がありすぎる島か。股間をもっこりさせているやつもいるくらいだしな。
「というか、そういうお前なら、それと同じようなことが出来るんじゃないか? 無害かどうかの判断を食べずに行うくらいわけないだろう」
あぁ、俺はこの島にあるものなら、みんなからの信仰如何で改変させたりすることが出来る。毒があるかどうかの判別も可能だし、毒があったらなくすことだって出来る。
「それを踏まえたうえで、どうやって乗り気にさせてくれるのかな?」
「……何が望みだ」
「バナナを使ったタルトタタンが食べたい。ギルドの売店に売ってなかったんだよ、リンゴばっかりでさ。自分で生み出すのもなんか味気ないし、手作りの味が欲しい」
「お前、本当にバナナが好きだよなぁ。スイーツ系は面倒だから作るやつが少ないし、分量も面倒だし。……はぁ、仕方がないから作ってやるから頼んだぞ」
そう言って、部屋を後にする啓司を見送る。ふふっ。釣り上げた魚は大きかったようだ。これぞエビで鯛を釣る、もとい、イワシでバナナを釣る作戦。すべて俺が仕組んだことなのさ!
遠ざかっていく足音を聴きながら、頭の中がバナナでいっぱいになり、とてもじゃないが漫画に集中できそうもない。他のことでもしていようか。しかし、バナナが楽しみで、その味が楽しみで。想像を膨らませるだけでどんどんと時間が経っていきそうだ。
そうやって想像の海に沈みそうになった時、不意に足音が近付いてくるのを感じた。
「すまん、何度も悪いな。砂浜のイワシがヒトデにすべて食われたらしい。さっきの話はなかったことにしてくれ」
……あれぇ?




