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6. 初めての味

 料理の仕込み、それは料理人にとって戦争の様な物だと思う。勝手なイメージだけど。


 来るだろう人数を想定し、廃棄が出ないよう量を調整しながらも営業までに料理に対応した数だけ魚を捌く。そして肉と野菜を切り分ける。時には下味も付けたりするんだろうか?


「ここまでくると才能だな」


 そんな戦争に耐え抜く俺を、啓司は呆れたように褒めてくれる。うん、素直に受け取って調子に乗りそうだ。


 今、何をしてるかと言えばひたすら野菜を切っている。


 魚と肉に関しては、より切り方が重要になるそうで任せて貰えなかったけど、野菜を切ることに関しては、この短時間で俺の右にでる者は居ないと自負するだけに至った。

 

 まぁ、包丁を宙に浮かせて操って切ってるだけだけど。お陰で椅子に座ってるだけで良いから楽すぎる。


「それだけ楽をしたいのですね。段々あの子に似てきましたね、体の影響かしら?」


 あの神様、態度はデカいけど性根はだらしなかったのか。ていうか、リンリルはなんでそんなに詳しいの? そんなに親しかったの?


 ……え、もしかして俺、神様の身代わりにさせられてない?


 よ、よし、そう考えると今後が怖くなってくるから、ここは仕事に集中しておこう。単純作業は嫌なことも忘れさせてくれるからな。


「どの位切れば良いんだ?」

「とりあえず、大量にだ。食材はリンリルが提供してくれるって言ったからな」


 そんなに大量だと普通は余りそうなものだけど、此処には大食漢がそれなりに居るそうだから心配するだけ損らしい。


「あなたの為に、特別ですよ」


 いや、リンリルが言うと脅されてそうで怖いのですが。後で脅されたりしないよな? 駄目だ、きっとこんな考えも読み取ってる。


 静かに首に腕を回し、耳元でまた今度、と呟くリンリルが本当に怖い。やっぱり、神様の代わりにされていそうだよなぁ。なんだろう、今の俺なら同情できそう。


「な、なぁ。これだけ操れるなら、どれ位戦えるかな?」


 しかし、その同情はおそらく自分にも向けられている筈。その事実に悪寒が走りながらも、気分を変えるために話題を変えるように啓司に問い掛ける。


 これだけ包丁を操れるなら、うり坊だって倒せるまではいかなくても、良い勝負は出来るんじゃないかな?


 しかし、その考えは浅はかだったと思い知らされた。


「戦闘中に武器を手放すなんて、勿体ないぞ? 魔物に破壊されるのがオチだからな」

「ま、魔法で強化すれば」

「それ以前に、自分の身は守れますか? 魔物は武器の相手だけをしてくれるほど、優しくはないですよ」


 世知辛い。結局この世は弱肉強食なのか。


「ま、時間だけはあるからな。のんびり強くなっていけば良い。で、マイマイ。お前は一体なにしてんだ?」

「生肉食べてる」


 そんな現実に俺が再び引きこもる事を決意していた時、今まで何の反応もなかったマイマイの行動が明らかになった。


 全く気付かなかったけど、触手を伸ばして切り分けた肉を摘まみ食いしていたらしい。なる程、こういう気付かれない動きと気が付く洞察力が大事なのか。


 はぁ、先は長そうだなぁ。


「お前は酒場で飲んでこい」

「ラジャ!」


 おお、マイマイが怯えながら厨房から立ち去っていった。俺には感じなかったけど、そこまでの怒気が発せられていたのか。


 リンリルも啓司も、怒らせたら駄目な人達なんだろうなぁ。……包丁持たせたら山姥みたい。


「失礼な事考えてないで、早く切りなさい」

「ごめんなさい!」


 ホントごめん! 耳を引っ張る力が強すぎるんだけど!


 はぁ、だだでさえ色々と耳が痛いことも言われたってのに、物理的にも痛みを与えられて、そしてやっていることは終わりが見えない大量のキャベツを千切りにすること。


 逃げ出したい。これはあれだな、トイレかどっかに逃げ込んで泣くか? 漫画でよくある展開にすれば、暴力に訴えるやつも多少は笑って許してくれたり?


「此処ってトイレあるのか?」

「ん? あるぞ、個人の住宅にまでは付いてないがな」


 ならば、計画を実行しようではないか!


 ついでに休憩、とお茶を用意を始める啓司を置いて、リンリルにトイレへ案内してもらう。辿り着いたトイレに入る際、妙にニヤニヤしていたのは気になるけど、果たして俺の行動でも笑顔になるのだろうか。


 今後の為に、笑いのツボくらいは抑えておきたいところだけど……。


「うえーん。リンリルが虐めるよー」

「外鍵作ってかけちゃお」


 結論。こいつド畜生だ。


 ていうか、トイレに閉じ込めるためにわざわざ新たに鍵を取り付けるいじめっ子って斬新すぎない? いや、むしろ監禁でしょ。窓からあっさりと逃げ出せるけど。


 まぁ、結局はただの冗談だとは思うけどな。そもそも新たに鍵を取り付けるなんてそうそう、……えっと、冗談だよな?


 そう不安になって扉を勢い良く開け放って外へ出ると、笑顔でハイテクなカードキーを持っていたリンリルに戦慄してしまう。


 ホント、この人何者なんだろうな。既に扉に鍵も取り付けてあったし、それを瞬時に取り外しているし。


「首輪の方が良かったですか?」


 よし、ここは無視して厨房へ戻ろう。そして考えることも止めておこう。反応しない。それが唯一の対抗策とみた。


 そうして無言で厨房へと歩き出した俺の目に、飲食スペースのテーブルにグラスを並べる啓司の姿が映り込んだ。


「此処で休憩するんだな」

「そりゃテーブルがあるからな」


 引いてくれた椅子に座ると、目の前に置かれたグラスに氷とキンキンに冷えた緑茶を注いでくれる啓司。短時間でこれだけ冷えてるって、魔法でも使ったのかな?


 それより椅子を引いてくれたり、緑茶を入れてくれたりと至れり尽くせりな状況に、啓司がメイドに見えてくる。顔立ちからして、メイド長とかしてそうな凄みはあるけど。


「飲み終わったら夜までノンストップだ。飲みたくなったらリンリルに頼め」


 そう言ってドカッと隣の椅子に座った啓司は、グラスに氷と透明な液体を入れ、その後に緑茶を入れてマドラーでかき混ぜ始めた。隣に座ったリンリルを見ても、同じことをしている。


「お茶割りってやつか?」

「ああ、酒はギルドから買うことも出来るが、高いんだよな。出来ればロックでがっつりいきたいところだか、自分達で醸造、蒸留するようにもなってもこの癖はなかなか抜けん」


 節約のために色々やってたんだな。そう感心してみても、やっぱり興味は逸らせない。酔えないと言っても、酒の味を感じないって訳でもないし、啓司に頼んで自分の緑茶にも焼酎を入れてもらうよう頼む。


「おお! 美味い!」

「味が分かるなら、まだマシだな」

「いくら飲んでも素面なのは、ちょっと味気ないですけどね」


 リンリルはそう言うけど、酔いってものを知らない俺からしたら、これはこれで良いものだと思う。いや、寧ろジュース感覚で酒を飲めるって最高じゃないかとも思える。


「高いジュースもあったもんだな」


 俺の率直な感想を二人にも告げると、リンリルはニコニコ笑ったままで、啓司には突っ込まれてしまった。


 コンビニのバイトをしていたときに値段を見たりはしていたけど、確かに高い。これはカジーナの所で存分に飲むしかないな。奢り万歳!

  

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