流しの素麺
「流し素麺がやりたい」
唐突に部屋へとやってきたジュンは、テーブルの上に冷気を帯びた器を置いた。
器の上には素麺と氷が載り、その氷からはドライアイスの如く白い靄が溢れている。……これ、食べられるのだろうか。
「この氷、氷山エリアのものですよね? 仄かな甘みがあって美味しいという」
「リンリル、知っているのか」
「はい、これで作ったカキ氷は絶品です」
何時の間に部屋にいたんだよ、という突っ込みは措いておくとして、その言葉を聞いてしまったらカキ氷が食べたくなるというもの。
夏が過ぎ去ったとは言え、カキ氷を食べてはいけないなんて言う決まりはない。ならば、俺はカキ氷が食べたいと思うのだ。
「ヤータさんがカキ氷を望むなら、私の胸に秘めた恥ずかしい練乳を差し上げます」
「具体的にはどんな練乳?」
「期限がだいぶ切れています」
そんなの食べたくないんですが。
「おい、夫婦漫才コンビみたいなことをしているんじゃない。俺は流し素麺がやりたいと言ったよな。では聞いて下さい、素麺最高」
そしてジュンはどこからともなくギターを取り出し、演奏を始めた。――とりあえず、静かに様子を見守っておく。
「じゃかじゃーん、……誰か、早く突っ込んでおくれー」
それは切ないメロディーだった。
「私は良いと思いますよ」
「流し素麺の流しは、昔懐かしの流しだったってことだろ? 良いと思う歌ってくれよ」
表情から見て、それは出落ちだったことははっきりと分かっている。でも、それではつまらないからとリンリルとアイコンタクトをし、試しに歌わせてみることにした。
「じゅーん。じゅーん。じゅーん」
二人で奏でる掛け声に、ジュンもまんざらではない顔を見せる。そして遂に、ギターをかき鳴らして歌声を披露するのだった。
「――赤い素麺ばかりを食べた、君の笑顔が眩しくて。夏の太陽は陰って見えた。蝉の雨は恐れをなして、無音の中で映えている。素麺最高、君の笑顔が見えるから。素麺最高、君の笑顔よいつまでも。
これが最後の夏だと言った、君の笑顔は晴れやかで。空を見上げて啜ってみれば、何時でも会えると君はいう。素麺最高、君を思えば。素麺最高、鼻水だって美味しいさ」
いや、最後の表現もっと頑張れよ! 空を見上げて啜るって言うので、鼻を垂らして泣いている姿は思い浮かんだよ? それをそのまま鼻水美味しいっていう奴があるかよ!
「ジュンさんはいつも詰めが甘いですよねー」
「そうそう、ハチミツでも塗ってんじゃねーの?」
「あ、じゃあ舐めてみる? 俺の爪だって美味しいさ!」
もういいから。




