プリンミステリー
調理場を取り囲むようあるカウンターテーブルにて、俺は肘をついて溜息を吐きたい気持ちを懸命に堪え、ただただカラコロと音を鳴らすグラスに入った氷を眺めていた。
「犯人はお前だろ、ヤータ」
そんな俺を細めた目をして見つめるのは、この酒場のような施設を供えた宿屋を営む啓司でり、仰々しくも犯人だと名指しされた俺は、ここに部屋を借りている間柄である。
つまるところ、一方的に犯人だと決めつけられているのも、そうした関係性があるからであり、犯行があった時分、この建物内にいたのは俺だけであったという事実から導き出された推理だと、意気揚々と調理場に佇む啓司は豪語していた。
そんなことで疑われているのだから、溜息も吐きたくなるというもの。当然のことながら、濡れ衣も良いところなのだから。そしてなによりも、起こったことに対しても、溜息を吐きたくなるのだった。
「……人の、おまけに売り物である可能性のあるプリンなんて食べないっての」
まぁ、そう言うことである。事件のあらましはこうだ。作って冷蔵庫に入れてあったプリンが、外出している間になくなっていた。以上。
そんなことで此処に呼び出され、カツ丼よろしくミルクティーを出された俺の身にもなって欲しい。俺は寝ようとしていたんだ。今晩はリンリルが仕事で忙しいからと、一人でのんびり眠ることが出来るんだ。
二人だと、こう、リンリルの主張が激しいから。溜息は、日頃の疲れも要因であったか。
それは兎も角として、まぁ、確かに。容疑者として浮かんでいるのは俺くらいなのだろうが、此処は別段施錠されているわけでもないのだから、誰かが入り込み食べたとしてもおかしくはない。名をあげるとするならば、巨大カタツムリのマイマイか。あれは食欲の化身なのだから、目に着く物はなんでも食べるだろう。
「マイマイあたりが勝手に入り込んで、食べたんじゃねーの」
だから俺は、身の潔白を証明しようと、罪をなすりつけることにした。
「それはない。あいつだったら皿ごと食べるが、幸いにも皿は調理台に残されていた。食べ終えた容器をここに置くなんて優しさを持っている奴なんて、この街の中ではヤータ以外には考えられん。よってお前が犯人だ」
誉められる行為によって疑いが向けられるというのも、なんだかよく解らない。だけど、その理屈で言うならば、一つ訂正しておきたいところがある。
「いや、俺なら洗って片付けておくけどな。調理台に置かれていたんだろ? 使う予定の物だったんじゃないか?」
ついでに言うと、いくらマイマイでも皿までは食べねーよ。あいつ、卵を食べるときでも殻をきちんと剥くほど硬い物が嫌いなんだぞ。嘘の可能性もあるけれど、本人があっけらかんと行っていたのを覚えている。
それに皿を食っても後で吐き出すし。……いや、溶かして食べることもあったか。あいつ、本当に適当なことしか言わねーからなぁ。
「そんなわけないだろう。俺はプリンを作っていたんだ。盛り付けまではするつもりは――」
そう言うやいなや、足早に冷蔵庫へ駆け寄り中を確認する啓司。カウンターテーブル越しに中身を確認しようと目を凝らすと……。
どうやら、容器に入れられ冷やしている最中だったらしい。なる程なぁ、調理場に置かれたままの皿を見て、うっかりプリンは皿に移した後だと勘違いを起こしていたのだろう。迷惑な話である。
「――悪かったな。戻って良いぞ」
あっさりとした幕引きだことで。そう呟いてグラスに入ったミルクティーを一気に飲み干し、俺は席を立って部屋に戻ろうとする。
そして酒場から伸びる廊下へと入る際、振り返ってこう呟いた。
「その皿は、なんでそこにあったんだろうな」
元刑事は、この謎をどのようにして解くのだろうか。と言うよりも、出先で酒でも飲んできたのであろう赤くなったその頭で、何かを思い出せれば良いだけなのだが。
――後日。帰宅後に食べようとしていた羊羹を勝手に食らったとして、啓司に追いかけ回されるマイマイを目撃する俺なのであった。




