ネズミオンステージ!
三匹の魔物のお供を連れ、一人で森を散歩していた時のこと。肩に乗っていたリスが何かに気付き、タタッと体を伝って地面に降りると、素早い動きで何かを追い掛けていく。
リスが追い掛けたそれは同じ様に素早い動きだったけれど、微かにボリュームのある尻尾だけは確認できたことから、同種のリスだったのだろう。喧嘩か? 縄張り争いか? 真っ先にそれらが頭に浮かぶ俺の脳、ピンクに染まる余地はなかった。
「あいつ、何しに行ったと思う?」
実際の所はどうなのか。少し疑問になり、同じように肩に乗っていたネズミに問い掛けてみる。視線を交わし、俺だからこそ、意思が読み取れるのを感じた。
「それはある晴れた日のことだった?」
何やら長くなりそうな予感。隣を歩いていた白い虎に伏せるように命じ、その横腹を背もたれにして地面に腰を下ろす。
そして、何処からともなく差し出された紙コップに入ったコーヒーを受け取った。
「この唐突さ、受け止められている俺が嫌になる」
「慣れてくれたんですよ。私は嬉しく思います」
隣に腰掛けるリンリルの言葉を軽い返事で流し、肩から飛び降りて目の前に着地をしたネズミと顔を合わせる。
さーて、面白い話であれば良いんだけどね。
ネズミは静かに語る。――それはある晴れた日のことだった。リスは先程見かけたリスとは顔見知り程度の仲であり、偶然餌場が重なっているくらいの接点しかなかった。
けれどもその日、何故かそのリスは話し掛けてきた。月が綺麗ですね、と。
「え、夜の話だったの?」
ピンク色の脳がない俺がそう突っ込みを入れるのに対し、ネズミは黙って聞けとばかりに目を細めて前歯を見せる。
ごめんとの言葉代わりに片手を挙げて、コーヒーに口をつけてそのモヤモヤを飲み込もうか。いや、普通の晴れた日の話だったら明るいうちの話だと思わない?
ネズミの話は続く。――昼間なのに何言ってんだこいつ、そうリスは思い無視を決め込んだ。
「やっぱり昼間だったんかい」
再び冷たい視線を受けながらも、どうしても言いたい台詞であった。
更にネズミの話は続く。――まぁ待てと、そのリスは声をかける。昼間にだって月は見える。その月に目を奪われるのも、また風流ではないか。リスはそう言いたかったのだ。
それを聞いて思ったのは、なんとも爺臭いリスがいたもんだなぁと。いや、失礼な物言いだというのは理解しているのだが、しかし俺には昼の月の良さは理解できない。
そりゃ、薄らと浮かぶ月は見たこともある。昼にも月が見えるんだと、子供心に感動したのも憶えている。けど、それを風流と感じることは、まだないかなぁ。
ネズミの話は、此処で急展開を迎えた。――あの月に、値段を付けるならいくらかなと。そう問い掛けられた、今は俺のお供であるリスは面倒だからと適当に答えた。……百円くらい? と。
じゃあ、月をあげるから百円くれよ。そう昼の月に風流を感じるリスは言った。その突拍子もない言葉に、リスはくれるもんならなと返す。
そうしてリスはこう言った。……月ならもうあげているじゃないか。ほら、あの空に綺麗に上がってる。と。
「とんちじゃねーか」
もしくは詐欺である。なる程なぁ、その恨みを思い出して追い掛けていったのか。いや、流石にその遣り取りで百円をあげるなんてことはしていないと思うけど、そりゃ、そんな巫山戯たことを言う奴は追いかけ回したくもなるってもんよ。
「ヤータさん、そもそも百円って出て来た時点で嘘ですからね? 魔物が金銭の遣り取りをするわけないでしょう」
……あっ、そうだった!? ネズミ、お前騙したのか!?
器用にドヤ顔をするネズミに対し、俺は静かに虎へと合図を送る。お前も、追いかけっこをすればいいさ! 虎の威を借ろうとも、俺はこの恨みを晴らしてみせるからな!
――そんな、ある晴れた日のことを思い出しながら、同じように森の中を散歩をする俺は肩に乗るリスにその時のことを訊いてみた。
なんであの時、あのリスを追い掛けたんだ? その返答は、ただ単に追い掛けたかったから。とことこだった。……滅茶苦茶中身のない話をあれだけ膨らませたネズミの凄さよ。




