5. 仕様もない覚悟
酒を飲みたいと言うマイマイをお供に加えて歩き出した時、ちらほらと居た周りの人が一様に『ドラゴンだ!』と叫びだした。
それは突然の事で反応する余裕すらなく、強烈な熱さを感じた瞬間、気付いた時には広場に座り込んでいた。
そして、隣で無様に転がっていた存在に向かい、今思うありったけの気持ちを目をつり上げて吐き出した。
「駄目だったじゃん! 全然逃げ切れてなかったじゃん!」
「えへへー、やっぱりそんな甘くないよね」
しかしながら、当の本人は何処吹く風。同じくあっさりとやられたらしい啓司は既に立ち上がっており、そんな元凶に対して額に手を当て若干の呆れ顔を見せている。
「マイマイ。お前、暫く謹慎な」
「以後、気を付けます」
ふむ、緩さ爆発しているマイマイが大人しく啓司の言葉に従う辺り、啓司は発言力のある存在なのかもしれない。
これは、可能な限り媚びを売っておくべきだろうか? いや、そう言うのに弱いタイプには見えないし、ここは堅実に仲を深めていこうではないか。
ていうか改めて考えるけど、初めての此処での死と言うのは呆気ない物だった。だけど、今の自分の状況に対して少し冷や汗も出てきてしまう。
広場といえど石畳なんて敷かれている様な立派な物ではない為、折角リンリルから貰ったワンピースが土に汚れてしまったのだ。
これは、これは非常に嫌な予感しかしない。
「どんな予感でしょうか?」
「ぎゃぁぁぁ!?」
そして案の定、いきなり後ろから掛けられた声に驚き振り返ると、そこには予感通りと言ったところか、リンリルがにこやかに立っていた。
汚したことに怒り出すのか、はたまた再び着せ替え人形にさせられるのか。
そんな不安と向き合っていたと俺を無言でそっと立たせた後、吃驚するくらいなんのアクションもなく啓司の隣へ行き、何やら小声で話し始めた。
「……何の話してんだろうな?」
「後のお楽しみってやつだよー」
更に不安に駆られる展開に耐えきれず、取り残されたマイマイに話を振ってみるも軽くあしらわれてしまう。
これって、何か知っていると言うことなのだろうか? ……でもマイマイのことだしなぁ、付き合いは浅いけど適当に喋っている雰囲気はどうしても感じてしまう。
これは本人達に突撃してみるか? いや、直接聞こうなんて度胸は俺にはない。ならばここはマイマイが知っていることを期待して、追求してみようではないか。
先ずは、喋れよって意味を込めてそのプニプニボディを小突いてみる。するとどうだろう、余りの感触の良さに吃驚してその手が止まらなくなってしまう。
ヤバい、これ癖になる。この感触は枝豆や梱包材の比では断じてない!
「それじゃあ、行きましょうか」
「そうだな。お前ら、行くぞ」
しかしながら、このお楽しみタイムはもう終わってしまう。リンリルと啓司の話しはもう終わったのか、俺達に声を掛けるやいなや歩き出してしまう。
はぁ、もう少し触っていたいけど、置いていかれたら余計に何か言われそうなのは目に見えている。
仕方がない。これは後日、巻き込まれた仕返しに付き合わせるしかないようだな。
なんて、うんうんと頷きながら歩く俺の姿を不審に思う啓司の視線が痛い為、軽く咳払いして移動に集中するよう気持ちを切り替える。
しかしその所為か、移動している方向が宿屋とは真逆だったことに気が付いた。当初の目的地は宿屋だったはず。……まさか、緊急事態に行くべき所があるってことか?
いや、そもそも宿屋だと思っていたのは俺の勝手な想像で、最初から自分には予想できない場所が目的地だった、とか?
「何処に行くんだ?」
「居酒屋だ。宿屋だけじゃ仕事が足りないからな」
宿屋に酒場を作ったくせに、居酒屋まであんのか。よくもまぁ、人の為に色々やるよなぁ。なんて、嫌みもなく素直に感心してしまう。
それより居酒屋かぁ、付き合いで行ったことはあるけど、酒までは飲んでなかったから一度くらいは居酒屋でうぇーい! な乾杯で飲んでみたい。
そして、酔っ払って大きくなった気持ちで可愛い女の子を口説きたい。
はっ! まさかそれをさせてくれるというのか啓司は! 歓迎会的な事を期待しても良いのだろうか俺は! ……まぁ、仕事って言ってんだからあんまり期待は出来ないけどさ。
「お酒の事考えてます?」
「何で分かるんだよ!?」
いやホント、前を歩いていた筈なのに振り返ってそんな事を聞いてくるリンリルって、本当に何者何だろうか?
嫌な予感がしたときも読んでいたし、これも魔法の一種なのか? 悟りを開いた超人なのか? どちらにせよ、厄介なのには変わりないか。
「その体だと、酔わないので楽しさ半減ですよ」
「可哀想ー」
「元気出せよ」
うん、本当に厄介だよな。こうして呆気なく俺の気持ちを踏みにじるんだもの。
ていうか、啓司とマイマイが慰めようとしているけど、その意味すら解らないのが一番の不幸だと思うぞ。
あれだろ、車酔いとは違うんだろ? いい感じのやつなんだろ? それが解らないって、もうジュース飲んでるだけじゃん。
てかリンリルはなんでこの体についてそんなに知ってんの? 相手の分析も得意なの?
「いや、神酒って言うのもあるくらいだし、神と酒って縁があるもんじゃないのか?」
「あの子はお酒が苦手だったですよ。だから酔わない体にしたみたいですね」
……あの子って神様の事だよな? はぁ、なんかもう色々と突っ込みたいけど、ならこの体のメリットって何なんだよ。
元々メリットなんて求めてなかったけどさ、このまま楽しみが減っていくとなると、それは由々しき問題だ。
「綺麗で可愛いことですね」
心を読まないで欲しい、ってか現実を突きつけないで欲しい。
そんなやりとりを聞いていた啓司とマイマイに笑われながら、辿り着いたのは宿屋とは大通りを挟んで反対側の路地裏。
そこにひっそりと構える居酒屋は、基本的に啓司が仲間内で集まる時に使うものだそうだ。
なので、一般に解放されるのは仕事のないドロップアウト組か新人が現れたときだけ。だから忙しくなるぞー、と笑いながら言う啓司には悪いけど、疲れない程度には止めておいて欲しいかな。
集中力が切れると、多分魔法も解けてしまうだろうから。あぁ、気分はまるで十二時で魔法が切れるお姫様。全てを解決してくれる魔女はいずこに。
なんて脱力する俺の手を掴んで店内に引きずり込んだ啓司から与えられた仕事は、基本中の基本である店内の掃除。
それならエプロンでも欲しいかも、と思っていたら既に付けているうえに、汚れたワンピースも気付いたら綺麗になってる。
そして背後には、にこにこと笑みを浮かべるリンリル。おお、お主が魔女であったか。……チェンジとかって出来ません?
出来ませんよね、なんか目が怖いし。
ま、冗談はさておき、これで気にせず掃除が出来る。そう意気込んだ矢先、謹慎を命じられたマイマイも加わった掃除はあっさりと終わることになる。
体から伸びる触手で広範囲を一気に掃除とか、俺要らなかったじゃん。その突っ込みは啓司も頭に過ったらしく、早速気を取り直して仕込みの手伝いに取り掛かる事になった。
「その前に制服ですよ! 私が腕によりをかけて用意しておきました」
しかし、魔女のお戯れはまだ続くらしい。
そう言ってマイマイを外に追い出し、勝手にワンピースを脱がそうとするリンリルに思わず待ったを掛ける。
マイマイを外に出したって事は、あいつは男何だろうけどさ。でもここにはもう一人の男が居るんだよ。
男でも女でもない、人であるかすらも怪しいこの体で、……と言う理由でもなく、自分でもまじまじと見ていない体を他の誰かに見られるのは少し抵抗がある。
そこはもう、相手が男か女かなんて関係ないのかもな。リンリルは、もうあちこち見られたので。
その為、啓司に出て行くよう促そうと視線を向ける。するとどうだろう、啓司が居た場所にはやたらと巨乳の美人が居た。緩く巻かれた長髪がやたらとセクシーだ。
「いや、あんた誰だよ!」
「啓司に決まってんだろ」
いや、当然だと言わんばかりの態度だけど、服装が男物から変わってないから薄々は分かってたさ。だけど、さっきのスキンヘッドとイメージが違いすぎて、到底理解が追い付かない。
「これが俺の特典だ」
「外野は放っといて、脱ぎ脱ぎしましょうね」
だからもう為すがままになるしかないのだけど、女の人に囲まれて服を脱がされる、か。ふふっ、俺もまた変態の端くれだったらしい。
そして高揚する気分のままに着替えさせられたのは、白を基調として百合が描かれた浴衣と、腰に巻いたフリルのある白いエプロン。
ただし、浴衣の裾は太もも真ん中辺りまでしかない。まさかの制服に吃驚なんですが。え、此処って居酒屋でしたよね? そう言うお店ではないですよね?
てか、ポニーテールに纏めらた長い髪を触手で引っ張らないでくれませんかね、マイマイさん。入店を許された際には制服を褒めていたのに、今では執拗に髪を責めるとか、俺禿げちゃうよ。
「ニーソとか履かせた方が良くないか?」
「えー、綺麗な足を見て貰いたいでしょう?」
そしてこっちも趣味丸出しか。
白い足袋と草鞋を履いた自分の足を見て、静かに覚悟を決める。頑張って生きよう、何度そう言う決意するか解らないけど。