流石にいじける。
「ここは既に魔物のテリトリーだ。のんびり食事なんてしている場合ではない」
呆然と手に持つカップ麺を眺める俺にかけられた声に、未だ返事が出来ないでいる。
それは何故か。いきなりのグロテスクな光景に肝が冷えたから? いや、この島に来てある程度の時間は経っているのだし、俺も相応の経験をしてきたつもりだ。
具体的には、何度か死んでいる。と言った程度の経験だけど。
しかしだからこそ、今更そんなことでビビるようなことはない。
ならば何故、こんなにもその様な問い掛けに反応を示せないのか。それは、その答えはこのカップ麺にある。
「これ、このカップ麺、限定品だったのに! 高すぎてギルドで買えないやつだったのに!」
そんな魂の叫びと共に、声の主へと向かって目玉入りカップ麺を投げつける。
しかし虎のような魔物を一撃で倒しただけあるのか、何事もないように躱されてしまうのが更に悔しさを加速させる。
はぁ、もういい。俺は此処から無事に帰ることが出来たなら、誰でも良いから値段が高いカップ麺を強請るんだ。
「もう少し緊張感を持ってくれないか!?」
そんなまともな突っ込みを受けて、俺も少し冷静になれた。そして漸く、助けてくれた存在の顔を見ることが出来た。
一言で言うなら、存在感の薄そうな地味な人。髪型だって特徴のない、それこそ、美少女ゲームのように感情移入がし易そうな特徴のなさをしている。
顔立ちは、まぁ、イケメンの部類だろう。だけどここが格好良いという特徴も乏しいため、全体的に普通な感じに見えてしまう。
ドラマで言うところのエキストラか。けして目立たずに役割を全うしてくれそうな気がする。
しかしながら、その人に特徴がないというわけではない。この人には、こいつには。目立ちすぎる特徴が二つあるのだ。
「出たな、匂いフェチの茄子好き透明人間」
違う、三つだった。透明人間も特徴と言えば、特徴か。
「命の恩人に酷いあだ名をつけてくれる。俺の名はスッケルだ」
そして名は体を表すと言ったところか。こいつ、最初から透明人間ありきだったんだな。
……てことは、こいつもしかして最初から居たんじゃないか? 此処に。
「ふーん。命の恩人になるように仕向けた、そう深読みしても良いのか?」
「あの虎が襲ってきたのは偶然だ。俺はうなじの匂いを堪能していた」
……あだ名を否定するのなら、否定できるような言動を心がけて貰えませんかね?
まぁ、それはとりあえず置いておくとして、だ。ドラゴンもドラゴンだよ。こいつ置物みたいにジッとしちゃってさ。ここまで連れてきたんなら、助けてくれたって良いじゃないか。
そんな恨みを込めた視線を、スッケルから外してドラゴンへと向ける。その鋭く大きな目と交わり、沈黙が周囲に響く。
果たして第一声はなんだろうか。俺の存在は特別だからと、スッケルを襲ったりするのだろうか。
ドラゴンは伏せたまま、動こうとしない。目だって俺を捉えたまま動かさない。けれど、ゆっくりとその大きな口を開いた。
「我はなにもいたしませぬ。いくら貴女様に平伏そうが、この森の摂理に反することはいたしませぬ」
この森の、摂理? その説明を求め、今度はスッケルに視線を向ける。
「この森では、あの虎のような魔物が頂点なんだ。其奴の狩りを邪魔することは、他の魔物には許されない。そう言う習性、と言うよりこのドラゴンを見る限りは、ルールのようなものがあるみたいだけどな」
「詳しいな」
「森には慣れているからな」
ま、茄子味の植物が好きになるほどだ。相当森に籠もったりして知識を蓄えたのだろう。
もしかしたら、こいつが此処に居る理由はそこにあるのかもしれないな。
「もしかして、リンリルに頼まれたのか?」
「そ。案内役を頼まれた。お前はここで、サバイバルをするらしい」
帰りてぇ。素直にそう思ってしまうよ。あのカップ麺、文字通り最後の晩餐だったのだろうな。この地でサバイバルを行う以上、食べるものに選択肢はないのだから。
……ドラゴンの肉も、茄子味なのかな? 自身を魔物の括りに入れていたようだから、やっぱり茄子味なのだろうか。
食べてみなければ分からない、か。たしかマイマイはドラゴンの卵を盗んでいたから、卵は美味い可能性があるんだよ。
「怖い目で見ないでくだされ。トカゲのように尻尾を切ることは叶いませぬ。卵も、今は産んでいません故」
ちっ、残念。戦力にもならず、食料も提供してくれない。こいつなんでまだ此処に居るんだろう。
「じゃあ、先ずは寝床を確保しに行くか。この森では安全な場所はない。だが、安全を確保することは出来る」
「骨の香だな。骨はある。ならば後はつなぎか」
「練るための油だな。群生地に行く」
……訂正。居る意味が分からないのは俺の方か。頼むからさ、二人して勝手に話を進めないでもらえんか? 俺がサバイバルをするのが今回の目的だというのなら、せめて俺を立ててほしい。
そんな俺の瞳に、一人と一匹は気が付かない。
「お前、乗せてってくれたりはしにいのか?」
「ヤータ様なら兎も角、お前なんぞを乗せたら背が腐る。それに、それでは目的のサバイバルにはならんだろう」
「だなー。一人なら透明になって進めるが、ヤータはどうするか」
「罠が心配だな」
「リス、それにネズミか。お前、図体デカいから目的地で待ってろよ」
「そうさせて貰おう」
……俺、もう帰って良いかな?




