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始まりはグロテスク!?

 どうしてこうなった。


 俺はその言葉しか口に出来ないのではないか、そう思ってしまうほどに混乱していた。


 周囲に広がるのは鬱蒼とした森。背後には木々を薙ぎ倒すように鎮座する巨大なドラゴン。おまけにそのドラゴンはひれ伏すように頭を下げている。


「失礼ながら、とても甘くよい味わいでした」


 おまけに謎の感想まで聞かされる。


 おーけー。ここは落ち着くために、一つ一つ状況を整理していこう。


 先ず、空を飛んでの帰宅最中に、急に周囲が闇に包まれたというのは、俺がドラゴンの口に閉じ込められたからだった。


 吐き出されたときにその事を理解し、食べられなくて良かったぁ、と安堵したのをまだ憶えている。


 ……あれ、整理できる状況がこれしかないんだけど? そう、その一点だけが意味不明なのだから、混乱せざるを得ないのだ。


 そうやって頭を悩ませ始めて、どれ程時が経っただろう。個人的には一時間ほどは経った気がしているが、混乱している所為かいまいち時間の感覚が掴めない。


 今は夜。かと言って月明かりが眩しく視界に困ることはない。しかし昼間のように、太陽や影の傾きで時間を計ることが出来ない。


 月は低い位置にある所為か、木々に覆われ見ることは出来ないしさ。でも、それなのに月明かりが眩しいと感じてしまうのは何故だろう。


 ……そうか、周囲の木々が僅かに発光しているのか。そうボーッとしている中でも視界に入ってくる木々の不自然さに気が付き、心の中で納得するように頷く。


 月明かりのように発光して周囲を照らす木。これぞファンタジーと言ったような環境に、テンションが上がるのを感じてしまう。


 しかし、それと同時に何故こんな場所に連れてこられたのであろうかと考え、上がったテンションが急激に萎んでいってしまう。


 これ、ホントどうしたら良いんだろうな。


「どうされましたかな? ボーッとされて。カップ麺が出来てしまいますぞ」


 カップ麺、カップ麺か。あぁ、こんなにもうだうだと考えていたってのに、実は三分ほどしか経っていなかったか。


 ……いや、何故カップ麺?


 新たな発見と新たな謎に直面し、首を傾げながらもそのカップ麺とやらを探すために、周囲を探るように視線を彷徨わせる。


 確かに、先程から良い匂いは感じていた。でも目を疑いたくなるような視界からの情報により、あまり深くは考えていなかったのだ。


 そしてそれは確かにあった。座り込む俺の片隅、テーブルのように置かれた岩の上に、確かにカップ麺が置かれていた。


「……なんで?」


 思わず視線をドラゴンに向けて問い掛ける。


「リンリルがお腹が空いているだろうからと、作っておりました。吐き出すと同時に出掛けていきましたがな」


 ……おーけー、全て察した。黒幕は彼奴かっ!


「其奴はどこに?」

「所用だそうで。是非、カップ麺を召し上がりながらお待ち下さい」

「なんで敬語?」

「そのオーラに当てられては致し方ありませぬ」


 ふむ、そう言うことか。一応今持つであろう疑問には片がついたし、ここは勧められるがままにカップ麺でも食べようか。


 これ以上うだうだやって、伸びてしまっても勿体ないしな。


 それにしても、オーラなんて久しぶりに聞いた気分だ。俺、まだコントロール出来ていないのか。このよく解らないオーラとか言うやつ。


 これがカップ麺の蓋の隙間から漏れる湯気のようなのもならば、自分でも止めようと意識出来もするだろう。いや、その話を聞いてから、自分なりに意識してはいたはずだ。


 それでも漏れてしまうこのオーラは、一体何なんだろうな。


 ま、ヘタな考え休むに似たり。ここは腹を満たして気持ちを切り替えよう。そもそも、俺は腹が減っていたんだ。


 そんな思考の同意をするかのように、腹の虫が一鳴きする。それに応えるように手を伸ばしてカップ麺を左手で掴み、傍らにあった割り箸を右手で持って口を使って二本に割る。


 ふむ、これは醤油ラーメンか。シンプルイズザベスト。味噌のコッテリや塩のアッサリも美味しい物だが、醤油のサッパリしつつも濃い味付けは、空腹を満たすのに最高のスパイスだと俺は思う。


 蓋を開けて匂いを嗅ぐ。うん、醤油の濃厚な香りが鼻を擽り、腹の虫が我慢できないと何度も鳴き声を発する。


 スープに箸を入れ、麺を解すようにかき混ぜる。細いストレート麺は啜りやすく、短い時間でその味わいを堪能できるだろう。


 そんな麺を早く口にしたい。しかし、いきなり熱い物を口に入れたとして、その本来の味わいを堪能できるだろうか。


 ここは、先ず具材から食べて口をならすのが先と見た。


 箸で混ぜるようにして、何が入っているかをよく確かめてみる。チャーシューや海苔がないのは残念だが、フワフワした玉子が入っているのは高ポイントか。


 ネギは鉄板として、薄く小さな蒲鉾が入っているのもまた、味わい深い。


 玉子と蒲鉾。どちらにしようか悩んでしまう気持ちもある。しかし、本来の目的を忘れてしまっては本末転倒だ。今はそう、熱さに慣れることが大事なのだ。ならば選択肢は一つ。スープが染みこんでいるであろう、玉子の方。


 早速その玉子を箸で掴んで口へ放り込む。


 見た目からして解りきった食感に安堵感を受けながらも、染みこんだスープの味が口の中に広がり更なる食欲を掻き立てる。


 さぁ、遂に麺だ。もう麺をいっても良いだろう。我慢はもう、出来ないのだ。腹の虫よ、とくと味わうがいい。スープから引き揚げられた麺の束を見つめ、胃袋へと向け心の中でそう語りかける。


 そして口に運ぼうとした瞬間――


「危ないっ!」


 そんな声に反応して顔を上げた俺は、弾け飛ぶ虎のような魔物の頭を見た。左側から伸びる誰かの拳によりひしゃげ、左目が飛び出してカップ麺の中へホールインワン。


 血飛沫や唾液が周囲に飛び散り、毛皮から抜け出たであろう毛が風に舞う。


 ……グッバイ、俺の食欲。グッバイ、カップ麺。今日はもう、何かを食べるって気はしないかもしれない。こんな状況なのに、そう呑気に考えてしまう俺なのであった。

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