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散歩の行く先は……。

 夕方。散歩に出た俺は疲れが出始めたのか、軽い空腹を感じ始めていた。


 このまま自身の部屋に帰れば、一階にある酒場で啓司が作った料理を頂くことが出来るだろう。


 しかし、時はまだ日が沈んでいない。夕飯を食べるには、まだ時間が早いと感じてしまう。


 空腹は最大のスパイスである。そんな言葉があるのだから、このまま我慢して散歩を続け、空腹が頭も心も満たした状態で帰宅する。そんな選択肢もあるだろう。


 そうと決まれば散歩だ。若干の疲れを感じているから、宙に浮いて楽をしようと思っていた。だが空腹を味わうと決めてしまえば、どうせならもう少し苦労しておきたい。


 ならば歩こう。そう一歩を踏み出し、軽快に歩みを進めていく。


 何時の間にか迷い込んでいた路地裏から、人通りが多い通りへと戻ってくる。


 偶に立ち読みで時間を潰す古本屋、店先に並んだ本を物色する全身タイツを見つけて笑い。団子が名物の茶屋の店先に置かれた長椅子にて、笑顔で団子を頬張るクイーンを見て直ぐさま視線を逸らす。


 何時ものようにナンパをしているマイマイに絡まれないよう、こっそり足を忍ばせて再び路地裏に入り、そのまま遠回りするように再び人通りの多い通りへと続く道を探す。


 そんな時、ふと良い匂いを感じた。その匂いを探すように視線を巡らせると、少しだけ開いた窓が目に入る。


 そこを少し覗いてみると……。


「こう?」

「うーん、ちょっと違うな。玉子の位置が違うんかなー」


 カメラを構えたジュンと、その隣で何やらテーブルの上に置かれた何かを弄る、カジーナの姿が目に入った。


「何してんだ?」


 そんな不思議な光景に、俺は思わず声をかける。


 すると驚いたような表情をする二人が同時に視線を此方に向け、安堵するように溜息を吐いた。


「なんだ、ヤータか」

「急に声をかけないでよねー。マイマイが来たかと思ったじゃない。折角秘密のクッキングスタジオなのに」


 あー、カジーナのその反応でなんとなく察した。食いしん坊のマイマイにはバレずに行いたいこと。それはつまり、料理だな?


 とか推理っぽいことを考えてみるけど、カジーナがクッキングスタジオとか言っている時点で、丸分かりだけどな。


「悪い悪い。良い匂いがしたからな。料理の撮影かなんか?」

「そ。八宝菜を撮っていてな」

「玉子の位置で議論してたの」


 ほほう、八宝菜の玉子の位置。でもそれは、中心に置けば解決するようなことなのではなかろうか。


「中心に置けば良いんじゃねーの?」

「あたしもそう思ったんだけど、ジュンが乳首に見えるとか言いだして……」

「見えちまったんだから仕方ないだろー。……だからヤータ、そんな目で見るな。興奮するだろ」


 うん、案の定変態だった。つーか妄想力逞しすぎだろ。そもそも八宝菜だぞ? プリンの上に置かれたサクランボで、そう言う想像をするなら百歩譲って解るかもしれない。


 でも、二人の前に置かれているのは、そんな甘い想像を齎すような物ではないと思う。


 八宝菜は、食欲をそそるんだよ。具材が持つそれぞれの持ち味が一つとなり、幸福感となってお腹と心を刺激してくれるんだよ。


 そしてトロリとした餡がまたご飯に合う。ホカホカなご飯の上に載せてかき込めば、幸福感が頭を突き抜けて思考が崩壊してしまうだろう。


 ……あぁ、八宝菜のことを考えたら、もう空腹が限界になってきたかもしれない。ほら鳴るぞ? 今に腹の虫が鳴いちゃうぞ?


 ほら、……鳴いた。


「おおー、良い音鳴ったな。そんなに乳首が食べたいのか?」

「お前と一緒にすんな! はぁ、もういいや。俺は帰るからなー」


 カラスの鳴き声は聞こえないけど、腹の虫が鳴ったのなら帰るしかない。まさに音を上げた俺は踵を返し、その場から離れようとする。


 しかし、そんな俺を誘惑するかのような言葉が投げ掛けられた。


「ちょっと待って、それならこの八宝菜を食べていく?」


 それは空腹の状態には天使の囁きのような言葉。しかし、撮影で使っている八宝菜を、そんなに簡単に食べさせてくれるのか? そう言う疑問も浮かんでしまう。


 天使の囁きか、悪魔の罠か。この二者択一に、俺はどう答えるべきか。食うか、食われるか。その選択は、どっち!


「良いのか?」

「うん。湯気出すためにドライアイス一杯入ってるけど」


 そんなの食えるかぁーっ!?


 そんなテンプレのようなやりとりに、俺のツッコミと笑い声が薄暗くなってきた路地裏に響く。


 そして叫んでしまったからだろうか、余計に腹が減って立ち竦んでしまう。チラリとカジーナに視線を向けるも、両手を使ってバツの字を作って見せてくるだけ。


 はぁ、クッキングスタジオなのだから、何かしら小腹を満たす物を作って貰おうかと思ったが、撮影で忙しくてそんな余裕はないらしい。


 ダメ元で、いや確実に駄目だろうけどジュンの方にも視線を向けてみる。


「食べると言うより、しゃぶる物、なら持っているぞ?」

「……セクハラ?」

「いや、もしもの為に持っているおしゃぶり」


 ほんと、どうしようもない変態だった。そのもしもってなんだよ。おしゃぶりが必要になるもしもって、一体何なんだよ。


「お、その顔は気になっちゃってるか? もしもが気になっちゃってるか? むふー、教えてやろう。そのもしもとは、……いつの日がクイーンに相手をして貰えたときのことさ!」


 ……団子を奢ればコロリといくのでは? と思ったことは内緒にしておこう。後で俺の方が酷い目に遭うかもしれないし。


 あー、団子を想像したら更に腹が減ってきた。これはもう、変な意地張らずに帰るかなー。


「はぁ、アホはほっといて俺は帰る。帰って啓司の飯でも食うわ」

「ご飯、いいねー。ご一緒して良い? あ、良い匂いもするー」


 そう踵を返そうとした瞬間、背後から聞こえてきた声に周囲が凍り付いたような錯覚を覚える。


 視界に捉えていたジュンとカジーナは、驚いたように目を見開き、口の端を引きつらせて動けずにいる。そして俺は静かに体を動かし振り返る。


 そこには、噂をしていた巨大なカタツムリの姿があった。


「ま、マイマイ」

「ヤッホー、ヤータちゃん。折角だしご飯一緒に食べよ? ヤータちゃんの分も、貰っちゃうかもしれないけど?」


 その瞬間、俺は宙を舞い一目散に距離を取る。マイマイと共に酒場へなんて行ったら、厨房にある食材が全て食べ尽くされてしまうかもしれない。


 だからこそ、なんとかマイマイから距離を取らなくてはならなかったのだ。


 だから、ジュンとカジーナ。ごめん。一瞬聞こえた叫び声は、八宝菜を食べられてしまったからなんだよな?


 もしかしたらマイマイは、俺の後を着けていたのかもしれない。そう考えると謝罪の言葉しか出てこない。


 しかし、それと同時に良い囮にもなってくれたと感じてしまう。マイマイなら、例えドライアイスが入った八宝菜だとしても、美味しく食べてしまうだろう。


 だから奴がそれに夢中になっている間に、なんとしても酒場へ行って料理を食べるんだ!


 そう意気込んだ俺だったが、気が付いた瞬間、周囲は闇に閉ざされた。そこは立っていられない程に狭く、周囲は湿気たような湿度を感じる。そして、手をついてしまった床のような場所は、濡れているような感覚がある。


 これは一体何なのか、何故こんなことになっているのか。それは、この空間から解放されたときに明らかとなった。

 

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