浴衣が良いと言う方々
「浴衣を着て撮影?」
朝、寝ぼけ眼の俺の下へやってきたジュンは、土下座をしながらそう頼み込んできた。
いや、別に浴衣で写真撮影をするくらいなんの抵抗もないんだけど、そんな意味深な頼み方をされたらなんというか、嫌な予感しか感じない。
明らかに裏があるよね? 俺はそれに気が付かないほど鈍感ではないぞ?
「それだけか? 本当にそれだけなのか?」
そうベッドに腰掛けながら、腕を組みませ足を組んでジュンを詰問する。
ここで吐けばそれで良い。吐かなくても、これが仕事であるなら俺はやらざるを得ない。
はぁ、浴衣を着て撮影かぁ。どんな感じになるのだろうか。意味もなく濡らされるか? それとも意味もなくはだけさせられるのか?
……それ、殆どいつも通りの撮影な気がする。
「ああ。それだけなんだよ。本当にそれだけなんだよ! だから了承してくれ!」
いや、その必死さが不安なんだっつーの。なんなの? なんでジュンはそんなに必死こいて頼み込んでくるの? あからさまに裏がありそうで、素直にうんと頷けないのですが。
「いや、なんか怖ーよ。俺に何をさせる気だよ」
「何もしない! ただ、ただ浴衣を着てくれるだけで良いんだ、その姿を撮影させてくれるだけでいいんだ! なんだ、如何したら頷いてくれる。足か、足を舐めたらいいのか!?」
いや本当に怖いな!? てかじりじりと土下座の体勢のまま近寄ってこないでくれません? とりあえず足を避難させないと、ベッドの上に乗せとかないと!
……ん? まさか、こう言う反応を楽しんでいるだけだったりするのか? なる程、それならジュンのこう言ったノリにも筋が通る気がする。
ならばこの状況、俺はこう言うべきなのではないだろうか。
「いやいや、そんな変態みたいなことをすんなよ。それより俺に頷いて欲しいんだったら、気持ち良く頷けるように乗せてみな」
「……ヤータの性感帯どこだっけ?」
そういう気持ちよさじゃねーんだわ。いや、言葉を聞けばわかるだろう? 俺は乗せてくれって言ってんの? 気分が上がるような言葉をかけてくれって言ってんの。
「そうじゃなくて、俺がやる気になるような言葉をかけてくれって言ってんの」
「白いのをかければ良いのか!?」
此奴なんの話も聞いてないな!? 結局変態なんだな。根っこからそう言うやつなんだな。
てか、お前が頼んでいる方なんだから、もっと下手に出ても良いんじゃないか?
「何度も言わせんなよ! いいか、俺は言葉をかけろって言ってんの!」
「この雌豚がっ! あんたはヤータじゃなくてただの豚よ!」
いや、どんな言葉をかけてくれてんの!? 昼ドラかよ。財布でステーキを作っちゃうような昼ドラかよ!
「……お前、本当に浴衣を着て欲しいのか?」
「欲しい」
「じゃあどんな浴衣か見せてくれよ。デザインが好みなら気分が上がるかもしれん」
「……そ、それはちょっと」
……これは、核心を突いたのではなかろうか。
「ふーん。……素直に吐けば、着てやるぞ?」
「えっと、リンリルが用意するからどんな物かわからんです。俺はただ、理由を説明せずに了承をとれたら報酬をやると言われただけでして」
うん、それを聞いたら頷く奴はいないよな。リンリルが用意する浴衣とか、どうせシースルーのスケスケとか、そんなもんだろ?
「リンリル、そこんとこどうよ?」
その考えが正解かどうか、それはどこを見ずともそう問い掛ける。すると、俺の腰には手が回り、背中に確かな熱が感じ取れた。
「スケスケではないですよ? 私がヤータさんに着て欲しい浴衣は、全自動で裾がぺろーんってしちゃうセクシー浴衣です」
誰が着るかそんなものっ!
「あ、それなら俺も浴衣が良いわ。次の撮影はもっとカジュアルな洋装って思っていたけど、やっぱ浴衣だよなー」
「ですよね!」
いや、お前らは浴衣よりもぺろーんの方が目的だろ!? ぶっちゃけ浴衣はどうでも良いんだろ!?
「……浴衣がいいんなら、普通のにしてくれよ」
「……それは、私がぺろーんして良いってことですか?」
「あ、俺もしたい! ……報酬は倍にするぜ?」
「大丈夫です。下は水着だから恥ずかしくありません。チョコバナナもいっぱい奢ります」
……くっ、こ、これは朝だから。朝だから判断力が鈍ってしまっているんだ。だからここで頷いてしまっても仕方がない。
なんて、思い通りにいくと思うなよ?
「じゃあ、みんなで浴衣を着てぺろーんしよう。ジュン、お前もな」
「あ、それいいですね。了承を得られなかった罰ゲームも兼ねて」
「ちょ、だったら浴衣はいい、予定通り洋装でいかせてくれーっ!」
そもそもリンリルよ、浴衣のぺろーんってのはどんな感じを想像してたんだ? え、ある映画の浴衣版? あぁ、あの下からの風で巻き上がるスカートのやつか。
……最初からそう言ってくれたら、なんの抵抗もなかったのになぁ。映画のオマージュとか、なんか好きだし。




