3. 体のこと
軽く頬を赤く染める受付の女性から剣と五千円、スマホとおまけの自分のだと言うアドレスが書かれた紙を貰い、足早に受付を離れる。
確かにこれは俺の望んだ事だろう。だが、こうも積極的に来られると逃げたくなる俺はヘタレなのだろうか?
前世では自分からアタックしたからな。逃げたくなると言うか、どうしたらいいのか分からないと言った方が正解か。
ま、そんなことよりも折角の五千円。通貨が同じなことに安堵感を覚え使ってみたくなるものの、今の所稼ぐ手段が決まっていないのだから使い道はちゃんと考えねばならない。
そんな事を考えながらも自然と足は外へ向かい、何時の間にか戻っていたリンリルにコーヒーを注文しているのは仕方のない事だ。スマホがどんな感じか調べてみたいし、ゆっくりコーヒーでも飲みながら弄るのも仕方のない事なのだ。
「百円になります。後、スマホ貸してください」
コンビニ感覚のコーヒーにバイト時代を思い出しつつ、スマホの要求に更に割引でもしてくれるのかと期待して真新しいピン札の五千円と共にスマホを渡す。
すると奪うように取り上げられ、リンリルは何やらスマホを操作しつつお釣りを用意。そして操作が終わった所でお釣りと共にスマホを返してくれた。
お釣りを見ても割引はされていないようだし、初期設定ならば受付の人がやってくれたはずだ。ならば、何故?
「私の連絡先を入れておきました。ついでに受付の子のも入れておきましたので、紙をお渡しください。燃やしておきます」
えっと、まぁ、他の人に個人情報がバレるのは不味いからな、此処は大人しく渡しておくか。
人のスマホに何してんだよ、なんて言えるわけがない。何となくこの人に口答えしてはいけない気がするし、後で啓司にこの人の事を聞いておこうか。
なんて言うか、重要人物の匂いがプンプンする。……いや、これはコーヒーの匂いかな? 最初に貰ったやつも良い匂いだったなぁ。
そんなコーヒーを片手に席につき、先ずはスマホの確認をする。
電話とメッセージアプリ、そして掲示板。どうやらこの三つの機能しか使えないみたいだ。そりゃ、このスマホからネットなんかに繋げられたら、誰も図書館は利用しないか。
そして電話、メッセージアプリと順にアイコンを押してみると、それぞれ登録されているリストが見ることが出来た。自分の登録情報もあったけど、何時の間にされていたんだろうか?
ギルド長と自己紹介したときか? まぁ、それはいいとしてリンリル、受付と二つ登録されているけど、受付はさっき武器と支度金、スマホを貰った人だろう。
名前はルーユと教えてもらったが、リンリルは名前で登録する事はしなかったらしい。申し訳ないから変えておこうか。
続いて掲示板。今の自分に必要かどうかは分からないけど、どんなものかと確認ついでに何か有益な情報がないかと開いてみれば、幾つかのスレッドに分かれているようだ。
島の土地に関する情報や失敗談、神様への要望など様々。初心者用の物もあったけどそれは啓司にでも聞けば良いだろうと、雑談スレを開いて、直ぐに閉じる。
自分の噂話で盛り上がるスレなんてお呼びじゃないんだよ。よし、決めた。鞭は絶対使ってなるものか。
ふぅ、何時の間にか熱中していたみたいで、気が付けばコーヒーもなくなっている。ここは気分を変える為にも、少し街の外に出てみようか。
ルーユも街を出て直ぐなら危険な魔物も居らず、寧ろある程度戦闘に付き合ってくれる優しい魔物が居ると言っていた。試しに戦闘するくらいなら丁度良いだろう。
立ち上がり、カップをゴミ箱に捨てるとリンリルが手を振っているのが目に入った。慌てて振り返しすけど足は止まることなく街の外へと向けて進んでしまう。
内心ワクワクしているんだ。顔に出ていないことを祈ろうか。弱みを見せたらどう弄られるか解ったもんじゃない。
自分でもある程度コントロール出来るようになったのか、意志のお陰で神様オーラがすっかり抜けた所為もあってか、先程とは違い町中では話し掛けられる事も多い。
その事からも、弄られる要素は多いのかもなぁ。ま、そこは仲良くなれる要素が多いとポジティブに考えておこう。
そんな思惑が漏れないように慎重に会話を試みたものの、大抵は本当に神様では無いのか、なんて言う疑いの声が多く、改めて否定するとガッカリして立ち去られる事も多い。
はぁ、このリアクションにも慣れないと駄目かもな。そもそも一過性のものだろうし。
そんな中、相変わらず告白をしてくるあいつはある意味癒やしだな直ぐに誰かにひっぱたかれて地面とキスする事になっていたし、古き良き昭和の漫画感が感じられる。
うん、多少は仲良くしておいても損はないかも。
そして人間関係には損はないだろうけど、街中を歩いていて損に感じる事にも出会った。
屋台で貰った少し大きめのホットドッグ。生前なら平気で咥えられたそれが少し難しく感じ、そんな些細な違いが切欠で歩く体が重く、酷く疲れを感じてしまう。
これはなかなか難しい。変化を受け入れながら、生前、寧ろそれ以上に動く。それがこんなに難しい事だとは思わなかった。
オーラについては問題ないんだ。元々そんなもの知らないから、ないと思えばなくなるもの。なのに体についてのコントロールがどうも出来ない。
神様の身体というより、女性のような身体と意識してしまうからか? これは女性の転生者から話しを聞いた方が良いかもしれないな。
短いながらも色々と考えさせられた街ブラも終わり、疲れを引き摺りながらもやっとの事で着いた待ちの外。
二キロかそこらの距離だけど、受け答えしながら、疲れを感じながらだとしたらなかなか時間が掛かる距離だった。
そもそも、腰に下げた剣も問題だ。変化を感じる度にその重量が負担になる。こんなんで大丈夫かと不安にもなるが、そこはやってみなくては分からない。
丁度目の前にうり坊が横になってこちらを見ているし、ここは一つ胸を貸してもらおう。とりあえず剣を剣道をするように構えてみて、近付いてみる。
しかしうり坊はこちらを見ながらも特に反応がなく、ほんの側まで近付き、思い切って剣を振り上げたところで急に起き上がり、無防備な腹に向けてその鼻面を勢い良くぶつけてきた。
「いっつ、うぅ」
思わず剣を落とし、よろめいた後その場で腹を押さえてうずくまる。目の前に佇むうり坊は、鼻を鳴らしご機嫌な様子。悔しい、でも痛い。
いや、これ本当に痛い。耐えられるけど耐えているのがしんどい地味に嫌な痛みが辛い。なんなの、これがうり坊の力なの?
全然優しくないじゃんか!
「早速、洗礼を浴びちまったな」
後ろから響く声は啓司のものだろう。何故此処に居るんだと疑問に思うも、何が聞きたいのか察したようにこれも役目だと言ってうり坊を撫で始めた。
「こいつは番人。こいつの速さに着いていけないようじゃ、この先ただ死ぬだけだ。そして俺はお迎えだな」
なる程、戦闘に付き合ってくれる魔物とはこういう事だったのか。少し楽になってきた腹を押さえながら立ち上がると、啓司がスマホをいじっている最中だった。
「何してるんだ?」
「神様悶絶中なう、ってな」
町に戻りたくなくなってきた。
しかし、啓司が武器屋件訓練場に連れて行ってくれると言うからには、着いて行かざるを得ないんだけどな。
最初からそこへ連れてってくれれば良いと思うけど、そこは皆の娯楽の為らしい。皆そういうのには飢えてるんだな。はぁ、スマホにカメラが着いてなくて助かったよ。
だがしかし、カメラの存在なんて関係なかった。
此処は町からもそう離れていない。町に戻ろうと振り返れば、町と草原を隔てる門に居る多くの野次馬。俺の醜態は多くの人に見られていたらしい。悲しいなぁ、吐いたり漏らしたししなかったのがまだ救いか。
漏らす穴なんて愚痴を零す口しかないけど。
啓司に連れられ門を潜れば、思い思いに掛けられる言葉。鍛えろ、頑張れなんて言葉に混じり、たまに御馳走様なんて言う奴は今に見てろよ、ぜってぇひっぱたいてやる。
そんな言葉がアーチのようになり、啓司の案内する武器屋への道は、人垣が出来て案内が要らないほどだ。
啓司に聞けばどうやらここまでが新参者の歓迎の儀式らしい。この島では子供が産まれてくることはない為、人が増えるのはこうして転生者が来る時だけ。
そのため、転生者が来たときの為にこうしてお約束を作り、盛大に祝う事に決めたそうだ。
それがその人にとっての誕生日になるだそうだけど、この人垣は祝ってるとは思えないけどな。
「この島も出来て十年程らしい。このお約束が出来たのも今年で五年目、節目と言える年に神様と同じ姿の奴が来たとなっちゃあ皆騒がずにいられんさ」
そんな理由から、今までで一番多くの人が集まっているそうだ。そして、そんな話しをする啓司は比較的初期の頃に転生してきたらしい。
その頃はまだ殺伐としていたと話す姿は、こんな風になるとは想像してもいなかったと感慨深そうにしている。うん、この島がこんなアットホームで、俺としても少し安心かな。
……僕を殴ってといったアピールした奴、うり坊の所に行きなさい。
そんな風に返答する余裕も生まれながら、人垣に沿って歩き続ける。門からギルドまでを繋ぐ大通りから逸れ、路地を何度か曲がり、混乱し始めた後に件の武器屋に着いた。
まぁ、この町には親切な奴が多そうだし、分からなくなったら聞けばいいか。
それよりもこの武器屋だよな。外観から見るに、作業場を併設したものだろう。それなりの大きさをしているが、正面からは訓練場の様子は見れない。
てことは、裏に何かあるのかな? 確かめるために扉を潜り中に入れば、そこはカウンターがある酒場。ここの住人は相当飲むのが好きらしい。
「ここは基本的にオーダーメイドと修理をしているからね。基本的には酒場なのよ」
そう声を掛けてきたのは、カウンターの奥から出てきた小麦色に日焼けした女性。頭にタオルを巻いた姿は、鍛冶に勤しむ姿が想像できてなかなか様になっている。
「あたしはカジーナ、早速本題に入ろうか。オーダーメイドと言っても新参者からお金を取るような事はしないよ。その代わり、ギルドで貰った剣は貰うけどね」
勿論、剣を使い続けるならこのまま訓練場に行けば言いそうだ。何となく廃品回収みたいだなんて思ってしまうけど、この剣はそうして集めるだけの価値があるらしい。
「現状、この剣に使われている金属より強い物は見つかってねぇんだよ」
「私達もその人の必要とする武器を造りたいからね。強い素材はそれだけ多く必要なのよ」
一応、此処から再び転生していった者達が武器や防具を残していってくれているため、望む物があればそこから提供する事も出来るそうだ。
ただ、たまに好きなデザインだったり、ギミックが要るものなんかを要求されることもある為、こうして新しい人が来る度に剣の回収が必要とのこと。
俺としてはこの剣を提供することは構わない。そもそもの話、どんな武器を使えば良いかも分からないのだ。武器を使った経験なんて、ゲーセンのガンシューティングくらいじゃないか? あれを武器と言って良いかも分からないけど。
「なら、先ずは色んな武器を使ってみるのが良いかもね。訓練場には練習用の武器があるから自由に使って良いわ。啓司、よろしくね」
「あいよ」
啓司に連れられ奥の扉から出てみると、そこはある程度の広さがあるグラウンドの様な所だった。
幼稚園などのグラウンド位だろうか、右側の隅には弓道で使われるような的があることから遠距離武器の訓練に使うものだろう。左側の隅には小屋があり、そこに木製の練習用武器が多数収められているという。
「武器の選び方には二通りある」
小屋へ向かいながらも啓司の教えは既に始まっていた。その二通りとは、扱いやすい武器を選ぶか、使いたい武器を選ぶか。
「早熟と大器晩成だな。メリットはどちらもあるし、深く考えずに決めるのが肝心だ」
そう言いながらたどり着いた小屋の扉を開け、入るように促してくる。入ってみると、本当に様々な武器が整理されて置かれている。鎖鎌なんてのもあるけど、忍者を目指す奴も居るのだろうか。
武器を物色しながらも、自分はどちらで武器を選ぼうか考える。使いたい武器、こんな体で巨大な武器を振り回していたらどうだろうか? 大分ファンタジーだ。
現状を考えると大器晩成なのも困るかもな。道を歩くだけで気が緩むと疲れる程だし、最初から扱いやすい物を選んだ方が手っ取り早い。
そして、その手は一本と棒を取る。正直剣なんかは重心が振られる分扱いづらく感じてしまう。素人意見だと、棒状の物が良いかと思ったのだ。
「棒か、それだと魔法を上手く扱えなきゃ攻撃力に不安が残るぞ」
「武器に振り回られるよりかは良いさ。どうせ魔法は嫌でも上手くならないといけないからな」
若干よく分かってなさそうな啓司に、この体の事を包み隠さず説明する。すると、面白そうに笑い始めた。笑いたくなるのも分かる。俺だってこんな身体の奴がいたら笑ってしまうよ。
「すまんな、ホント愉快な奴だ。それじゃあどうするか。そうだな、家で働きながら魔法の練習でもするか?」
おおっ! それはとても魅力的な提案だ。養ってくれれば尚良しだけど、流石にそこまで期待するのは駄目だよな。
当面はそうするとして、折角練習場に居るんだから棒を扱う練習もしておこうか。ふっふっふっ、下ネタを言うようだが俺もかつては男だったからな。棒の扱いには慣れているぜ!