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新手のコンセプトカフェ

「へぇ、こんな店もあったんだ」


 抜群のクッション性を誇る自慢の椅子に乗り、町をフラフラと彷徨っていた俺は、路地へと入る道の正面に、変わった店が建っているのを見かけた。


 近寄って店の名前を読んだ際のリアクションが先の台詞であり、その店名は、木の香りカフェ。


 察するに、アロマ的な物を嗅ぎながら飲食が出来る店だろうか。生前の俺はその手のものには興味なかったからなぁ。折角だ、少し入ってみよう。


 そう思い立った俺は直ぐに倚子を収納用の指輪に仕舞い、入り口のドアを開けて中へ入る。


 来店のベルが響き渡る店内は、昼間という明るい時間帯だというのに薄暗く、また人気もない。


 目を凝らしながら見渡してみると、店内はキッチンを囲むカウンターに、四人がけのテーブルが三つという、狭く長方形の形をしているのが解る。


 この形はこの町ではベーシックなものだと、店を構えるカジーナや啓司が言っていたっけ。魔物やドラゴンの襲撃により壊れることが前提なため、飲食店等は作り直しやすいように規格を決めてあるとかなんとか。


 まぁ、金がある人は自分で色々と改装するらしいけどな。


「いらっしゃい。お一人さんならカウンターへ座りな」


 そんな考えをドアの前で巡らせていた俺にかけられた声は、キッチンの方から聞こえてきた。先程は誰もいなかったように思えたが、今見れば確かに人がいる。


「えっと、いつからいた?」

「俺は透明になれるんだ。だからしばしあんたの匂いを嗅いでいた。すまんな」


 わーお、この人生粋の匂いフェチだ。謝ってくれるだけマシと思うべきだろうか、手を出さないだけ他の住民よりマシだと思うべきか。


 ……いやいや、普通に変態だけどな!? 大丈夫か? 俺もう帰った方が良いんじゃないか?


「謝罪ついでにうちの自慢のケーキでも食べていってくれ。おすすめはチョコレートケーキ、バナナを入れるのがポイントだ」


 はい決定。この人はいい人だ。チョコレートとバナナを組み合わせる人に、悪い人はきっといない。


 うんうん、そうだよな。いくら変態だからと言っても、イコール悪人って訳ではないのだ。非難すべきは悪い変態であって、良い変態はきっと友人になれる。


 俺はそう、思いたい。


「へぇ、じゃあ期待するよ。で、飲み物のおすすめは?」

「クラッシュしたケーキドリンク」


 ……本当にケーキが自慢なんだな。てか、まさかケーキしかメニューがないのか? それを確認したいものの、とりあえず倚子に座って周囲を探ってみても、メニュー表らしきものは見当たらない。


「……メニューとかないの?」

「ああ。仕入れできたものしか出せないからな」


 なる程。つまり今回仕入れられているのが、その二つと言う訳か。まぁ、それなら仕方がない。その二つを頂こうかな。


「じゃあ、それちょうだい」

「わかった。それでは待っている間、この匂いでも嗅いでいてくれ」


 そう言って渡されたのは、手の平サイズのブロック状の木。言われたとおり鼻に近づけて匂いを嗅いでみると、なんというか、その……。


「えっと、茄子の匂いしかしないんだけど」


 そう、このブロック状の木からは茄子の匂いしか漂ってこない。そして、いつか聞かされたことを思い出す。


 この島の植物はみんな茄子の味しかしない。


 ならば、匂いだって茄子のものになるのが道理なのではないか、と。ということは、この木の香りカフェとは、木の香り、とは――。


「良い匂いだろ? 俺は駆け出しの頃、それこそ地べたを這いずり回って魔物を討伐していた。それでも食うものに困りしょっちゅう木を齧っていたときに気が付いたんだ。この木は、煌めきに満ちているって。人を幸せにする力があるって。そう、その匂いは、その茄子の香りは全てを包み込んでくれるんだ。それを、みんなに知って欲しくて。此処に来る人達みんなに嗅がせているんだ」


 ……やべぇ、これはあれだ、直ぐに帰っておけば良かった。いやさ、きっと純粋な気持ちでこの木を好いているんだろうけど、愛が重すぎてドン引きしちゃうんだけど。


「因みに、焼くと食感の良い茄子になるから本当におすすめだ。食うに困ったときには食べてみると良い。そら、その木で作った皿に乗せたケーキだ。その木のストローとコップで飲むクラッシュケーキも直ぐに出来るぞ」


 それって大丈夫? 茄子の匂いが移っていたりしない? てか、そんなに好きなら茄子を買おうよ。ケーキの材料を買う前に、その木に拘る前に本家本元の茄子を買おうよ。


 ……でも、目の前に差し出されたケーキは滅茶苦茶美味しそう。


 ……てか、……めっちゃ美味い! なにこのケーキ、甘さは丁度良いしバナナの熟れ加減も抜群。そこに少しビターなチョコが合わさってハーモニーが半端ないんですけど!?


 この人、変態だけど腕は確かだ。……ごくり、これはクラッシュケーキとやらも期待できそうだな。


「あぁ、この木で作ったお香も焚かないとな。存分に匂いを堪能してくれ」


 いや、そこまでするのならこのケーキ達をお持ち帰りさせてーっ!? 匂いに脳が支配されて、折角の美味しさが味わえなくなりそうだから!


 はぁ、道理で味の割に人が居ない訳だよ。ま、匂いに慣れることが出来れば、良い隠れ家にも出来そうだよな。……当分茄子は食べたくなくなるだろうけど。

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