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柔なハートに火が付いた!

「うぐぅぅぅ、ふぅぅぅ」


 自室。それは個人に与えられた癒やしの場所。どんな疲れも癒やし、または興奮を与え人生にメリハリをつけてくれる、そんな大事な場所。


 そこで、そんな大事な場所で、俺は苦悶の声を上げていた。


「ほら、もうちょっと頑張って下さい。それでは踊りもポーズの幅も広がりませんよ」

「だからって、手、ひっぱんなっ!?」


 足を伸ばして床に座る俺の手を、リンリルが掴んで足の方へと引っ張っている。それでも俺の手はつま先に辿り着くことはなく、かと言ってあと一歩と言うところまでもいかない。


 だから、俺が悲鳴を上げているのである。もう曲がりたいよっていう膝の心を代弁し、俺が叫んでいるのである。


 いやほんと、今の時代こんなスパルタとか流行んねーから! こんなことしたって、周りから非難されるのが落ちだから! あぁ、俺ももう、安全な場所に避難してしまいたい。


「もう無理だって、膝が泣いてんだって。俺の心も折れてんだよっ!」

「我慢して下さい。これも仕事の内なんですから」


 なんて厳しいことを言うリンリルは、まだまだ続けると言っているのだろうか、再び腕をグイグイと引っ張った。


 ちくしょう、それもこれもジュンの一言が原因なんだよ。ポールダンスをやっている風な写真を撮りたいなんて、馬鹿なことをぬかしやがるから。


 それで試しにやってみたらご覧の通り。体が硬すぎてぎこちないから、柔らかくなるように特訓しようという流れになってしまったのだ。


 悲しいなぁ、そこに俺の意思はありゃしない。体は石のように硬いのに。……ははっ。


「……股間に足を添えたら、伸びますかね?」


 いや、それは止めてもらえません? 俺の股間ってお肉やら脂肪やらで柔らかいところだから、支えにするには滅茶苦茶最適な場所なのである。


 そんなことされてみ? ……俺の膝はブレイクするニー!


「そのプニプニを、私は堪能したいのです。ヤータさんが寝ているときによく触るんですけど、猫の肉球みたいで気持ち良いんですよね」


 いやいや、何やってくれてんの? 人の就寝中になにしてくれてんの? 寝ているときくらいそっとしておいてくれませんね!?


 てか、それなら俺を解放してくれよぅ。この際触られるのは許すから、この柔軟という苦行から解放してくれよぅ。


 辛すぎて返事が出来ないけど、心を読んでんだから解ってんだろ?


「つま先についたら解放してあげます」


 流石リンリルさん、自分の欲望よりも俺の苦痛を優先しちまうとか、そこに痺れも憧れもしねーよちくしょう!


 てかもうこれ拷問だよ。出来ないことを出来るまでやらせるとか、鬼かこいつ! 鬼、悪魔、でも好きです。大好きです!


「そんなこと言ったって甘さは出しませんよ?」

「ぎゃぁぁぁっ!? それ以上引っ張んないで!」


 くそぅ、精一杯媚びを売る作戦は失敗してしまった。もう目も開けてらんない。辛くて涙が出そう。だって、女の子……ではないんだけどさ。でも男だろうが女だろうが、辛いことがあったら涙を流して良いのである。


 涙を流すのは、生き物全てに与えられた平等な権利なのだから。……あぁ、涙がビームとなってリンリルを撃ち抜かねーかなー。


「お、やってるな。ご依頼通り、助っ人に来たぜ」

「あ、黄タイツさん、ようこそ。それでは背中を押してあげて下さい」


 ……え、なにその助っ人って。それも黄タイツが来たの? てか、この部屋の主は俺なんだよ? なんでリンリルが対応してんの?


「よしきた、そぉれ、ゆっさゆっさ」

「ひぎっ!? やめ、揺らすなよっ!?」


 くそぅ、展開は早いし膝は泣いているしで、完全にされるがままになってしまっている。せめて後ろに回った黄タイツくらいは、振り解きたいところだけど……。


 まぁ、後ろに居る奴を振り解く方法なんて、今の俺にはないのだけどな! てか、ゴツい手で背中をグイグイ押されていると、その分膝にかかる負担も相当だ。


 こいつ、ヒーローに憧れているだけあって力も強いからなぁ。常に股間をモッコリさせているのはどうかと思うけど。


 と言うか、なんか腰の辺りに硬い物が当たっているし。コツコツグイグイ押し当てられているし!


「な、なんか、腰に、当たってる!」

「当ててんだよ。言わせんな」


 そう言う台詞は、リンリルに言って貰いたかったけどな! いやもう、今からでも遅くないからポジション変わってくれ。リンリルの柔らかい手で優しく背中を押して貰いたい。


 耳元首筋に吐息を感じたい!


「因みに、あと一分でつま先に手が届かなければ、俺の股間レーザーが火を噴くぜ」


 本当に拷問じゃないですかヤダー!? てか本当に、妙に硬いと思ったら武器化させてたのかよ!


 くそぅ、これはもう、死ぬ気で手を伸ばすしかない。伸ばすしかないのに、届く気配がない!


 そんな絶望に支配されそうになったとき、天使のささやきが耳に届いた。


「ヤータさん、前を見てください」


 その声に反応し、辛くて閉じていたまぶたを持ち上げ、前を見据える。すると、リンリルが、リンリルがその手に、俺のつま先付近に、……チョコバナナを掲げていた!?


「ほーら、食べちゃいますよー。早く取らないと私が食べちゃいますよー」


 そんな言葉と共に、ユラユラと振り子のように左右に揺られるチョコバナナは、華麗なダンスで俺を誘惑している、かのように見える。


 漆黒のドレスとカラフルなアクセサリーで彩られたそれは、ジュンが撮りたかったであろうポールダンスのワンシーン思い起こせるものだった。


 ……まぁ、棒に寄り添っているものだからな。いや、これは刺さってるけども。


 そんなことを考えながらも、そこからの俺は素早かった。グンと腰が曲がりつま先辺りにあったチョコバナナから伸びる割り箸を掴んだら、口元へ引き寄せ口に咥える。


 あぁ、幸せだ。あんなに辛かったのに、今俺はとても幸せだ。アイラブ、チョコバナナ。俺はこの為だったらどんなことでも頑張れる。


「人の欲望って、凄いですよね」

「あー。ところでチョコバナナのお代は?」

「ヤータさん、夢中になってないで払って下さい」


 え、これご褒美じゃないのっ!?


「ついでに言っておきますけど、なんで律儀に膝を伸ばしていたんです? 私、其方は押さえていなかったのですが」


 いやいや、普通こんな状況で膝を曲げるやつなんていないだろうよ! ……あぁ、なんだ。結局、俺がムキになっていただけだったのかもなぁ。


 これは、半ば無理矢理やらされたようなものだった。だがしかし、俺には曲げられない信念というものがあったのだ!


「……リンリル。それじゃあ俺が負けたみたいになっちまうだろ? いいぜ、こうなったらとことんまでやってやる! 黄タイツ、俺は物欲で動くからどんどんチョコバナナを持ってきてくれ。そしてお代はジュンにツケといて」


 そう堂々と胸を張って言い切る俺に、黄タイツは親指を立ててそれに応え、部屋から出て行った。


「ヤータさん、逞しくなって……」


 うむ。俺はこの経験をもって逞しくなったのである。諸悪の根源、ジュンよ。見事なポールダンスを披露する代わりに、チョコバナナをたんと貢ぐと良いさ!


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