奮闘熱々海開き!
「まだだっ! まだ何処かにいるはずだ、さがせぇぇぇっ!」
そんな怒号が、広く高い青空へと響き渡る。それは宇宙へと届くのではないかと、そんな錯覚を覚えて天へと目を向ける。
強い日差しを遮る様に頭に手を翳しながら見た青空は、雲一つない晴天。清々しいほどの青空は目が痛くなるほどにクリアに輝いており、夏なのに青春日和だな、と心の中でフッと笑う。
「因みに、小春日和は寒い季節の暖かな日のことを言います」
そんな豆知識を披露するのは、何時の間にか隣に立っていたリンリルさん。まったく、洒落にそんな返しをするなよな。そんな意味も込めてジト目を見せながら、指輪から椅子を取り出して腰を下ろす。
大きな椅子だからリンリルも余裕で座れるのだけど、どうやら座るつもりはない様子。
「ヤータさんは、もう狩らないのですか?」
その質問に、視線を海に向けて少し考える。
そう、俺は今、このシーズン最大の人気を誇る狩り場、海に居るのだ。夏の海に居るのだ。そして今日は海開きでの日であり、この場には思い思いの水着を身に纏った人達で溢れかえっている。
そんな日常的な状況で、リンリルの言う狩りとはどういうことなのか。それは先程まで砂浜や海を埋め尽くしていた、巨大なナマコの存在にあるのだ。
とても絶品な味をもち、おまけに精力までつくという魅惑の食材。それを得るために、人々は此処に集まった、と言うのが本音で、立て前は海開きのための駆除作業なんだけどな。
俺も一応一匹は確保して、啓司に捌いてもらって部屋の冷蔵庫へ入れておいた。この状態異常を無効化する神様ボディなら、精力つくなんて効果が発揮されることはないだろうし、純粋に味わうことが出来るだろう。
だから、俺には一匹分で充分なのだ。ただでさえ二メートル近い巨体なんだからなぁ。はぁ、しばらくはナマコ生活かも。冷蔵庫他になんも入んねぇ。
「俺は優しいからなぁ。必要な奴等に譲るさ」
「そうですか。では、ちょっとしたバイトでもしません?」
バイト? 海で、バイト? つまり、……そう言うこと?
「そう、海の家です」
心の中で呟いた疑問に答えたリンリルは、俺に視線を向けると笑顔を見せ、後ろ向きに歩き出す。
それを追いかけるように椅子を宙に浮かせて移動を始めると、隣に並んだリンリルは手を後ろで組んで前を向き歩きながら、どういう事かを説明してくれた。
「ギルドの臨時出張店があるんですよ。余ったナマコを買い取ったり、料理を提供したり。海開きが過ぎれば住人が勝手にやり始めますけど、ナマコ狩りの最中はみんな夢中ですから」
なる程、それでギルドが臨時で海の家をやってんのか。そう言えば砂浜になんか建物があるとは思っていたけど、人混みを掻き分けていくのも面倒だからスルーしていたんだよな。
今は更なるナマコを求めて海に入っていく人が多くなって、砂浜には人が少なくなっている。これなら楽に辿り着けそうなんだけど……。
「でもさ、みんな海に行っちゃったから暇になってんじゃねーの?」
「ところがどっこい。海は魔物の影響を強く受けていて、陰の気が強く長時間入っていると危険なんです。だから、必ず一定時間事に休憩しに来る人が現れる、と言うわけです」
あー、なんかその海の話は聞いた気がする。てかそれよりも問題なのは、人が海に入り出したら、それに比例して海の家も忙しくなるって訳か。
休憩場所が一つだけなら、其処に集まるのは当然だもんな。
「まぁ、ヤータさんが海に浸かっていたら、多分解決してしまうと思いますけど」
……あ、そう言えば俺のこの体って、そう言う陰の気を浄化する力もあるんだっけか。でもなぁ、ひたすら海に浸かっているのも面倒だし、俺は海の家でバイトしている方が性に合ってるかも。
氷をガリガリ削ってかき氷を作ったり、鉄板で焼きそばをジュージューと焼いたり。偶に賄いを要求してちょっと貰ったりしてさ!
そんなめくるめく海の家グルメに思いを馳せていたとき、ふと視線を巡らせるとまだ砂浜に残っていた人と目が合った。その人は今までの会話が聞こえていたのか、目を見開きプルプルと震える指で俺を指差している。
「や、ヤータを海に入れたら活動時間は無限だぞぉぉぉっ! もう休憩なんてしなくていいんだっ!」
「なーっにーぃぃぃっ!?」
「どこだ、ヤータはどこだぁぁぁっ!?」
……リンリル、お前、謀ったなぁぁぁっ!? 椅子に座らなかったのもこの為か!
「ヤータさん、海で鬼ごっことか青春ですね!」
いやいや、あいつらの欲望でいったら最早青春のせいの字は性だろうけどな! てか、そんな突っ込みをしている場合じゃない、このまま鬼ごっこに発展して掴まりでもしたら、俺はヤツらが満足するまで海に入れられてふやけちまう!
逃げよう。直ぐ逃げよう!
「あ、待て! 逃げたぞ、おえぇぇぇっ!」
待てと言われて待つヤツは居ないっての! あばよ海。俺は空へと逃げるぜ! ふははっ! いくら此処の住人でも、戦闘機のように高速移動する椅子に座った俺を捕まえることは出来まい!
勝った、俺は逃げ勝ったぞ!
「空を飛ぶなど危ないことはなされるなぁっ!」
なんてフラグを打ち立てた俺は、超高速で飛来し怒鳴るドラゴンの尻尾により、海へと真っ逆さまに打ち落とされた。
ここまで計算していたとしたのなら、リンリル、恐ろしい奴! ……てか、ドラゴンのリアクションなんかおかしくなかった?




