野球の時間さ!
「カーテン、買おうかなぁ」
朝の眩しい日差しで起きた俺は、目を擦りながら誰に問うでもなくそう呟いた。
あ、そう言えば眩しいと呟くって字が似ているよな。片や日、片や口。うん、今の状況に合って知るかもしれない。
ふっ、ならば玄人感漂うカーテンでも買ってやるか。どんなのがいいかなぁ。無難にレースのカーテンと遮光性の高いやつか?
いや、どうせなら少し冒険して暖色系の可愛い感じの……。
「……突っ込みがいないと思考が穏やかだなぁ」
うん、逆に目が冴えてきた。普段だったらいつの間にかベッドに潜り込んでいたリンリルに、尻やら腹やらを撫でられて飛び起きていたもんなぁ。
はぁ、こんな穏やかな朝はいくらあっても良い。どうせならもう少し味わっていたかったが、目が覚めてしまったのなら仕方がない。
でもどうすっかなぁ。今日は仕事もないし、枕元に置かれていたスマホで時間を確認したけど、まだカーテンが買える店は営業していない。
ギルドで買うと高くつくから、なるべく町で買いたいところだけど……。
まぁ、町をブラついていれば、いずれ開くだろ。
そう考えた俺は、直ぐに行動に移す。ベッドを下りてタンスに近寄り、引き出しを開ける。そしてお気に入りである『メジロ!』と書かれたティーシャツと、ジャージを取り出したら脱げないスク水の上から身に付けていく。
うんうん、この『メジロ!』ってのが良いんだよな。あんなに可愛いメジロという鳥を、無骨な文字で表現しているんだから。
そしてこのジャージを買ってからと言うもの、意識が変わったのか体力もまぁまぁついてきたんだよな。
これなら、前世と同じ感覚でスポーツなんかも出来るかもな。……いや運動神経はそれ程合ったわけではないけど、リフティングが五回も出来たから悪くはないはず。
五十メートルは走った気もしたけど、五回も出来たことには変わりはない。
あ、そう言えばドッジボールでも異名を付けられたっけ。ボールを渡してはいけない奴って。
……一見格好良く聞こえるかもしれないけど、実際はふわふわなボールを投げてしまって敵にボールを渡しているような物だからって、戒めを込めて呼ばれていたんだけど。
そのくせ、相手のボールには直ぐに当たって外野に行くから質が悪い。かつてのクラスメイトよ、そんな俺をめげずに誘い続けてくれてありがとう。
お陰で楽しいスポーツライフだった。
ま、まぁ、球技が苦手なだけだし。他の競技だったらよゆーだし。
「おいヤータ! 野球しようぜ!」
なんて、心に言い聞かせたタイミングで聞こえてくる台詞ではないと思うけどな。そんな表情をありありと浮かべたまま、開け放たれた扉の方へ視線を向ける。
「いきなりなんだよ、啓司。野球やりたきゃ海へ行ってくれ」
「ビーチでやるのはバレーで充分だ。……それとも俺と水着でやるか? 変なの涌くぞ?」
あぁ、確かに。女になったら美人な啓司と、俺が水着でビーチで遊んでりゃ変なのが涌くはな。ジュンとかジュンとか黄タイツとか。
「そしたらボクの触手も活躍だねー」
そうそう、マイマイも現れてもっとカオスに状況に……。って、なんだ。よく見たら啓司の肩にちっちゃくなったマイマイも居るじゃん。
え、カタツムリも野球すんの?
「ははっ、海と言えば触手だからな」
いや、なんで啓司は朗らかに笑ってんの? 確かに海と言えば触手だと、エロゲー経験者な俺も想像できる。でもカタツムリは無理だから! 塩で溶けるだろ!
「それよりヤータちゃんー。突っ込んでるのは表情で解るけど、ちゃんと声に出さなきゃ駄目だよー」
「あ、悪い。なんか癖になってて」
「だいぶ調教されてんのな」
だよなぁ。喋らなくても伝わるから、ついつい口を使わなくなってさ。うん、今日は珍しく解放されているのだし、存分にコミュニケーションを楽しもうか!
「ふっふっふっ、だが今日は自由だ! 存分に遊ぼうな!」
「そうだな。お前にも見せてやるよ。俺の豪腕から放たれる渾身のストレートをな」
「そうそう。ボクの触手から放たれる渾身の変化球を……」
ごめん、早々にメンチを切りあうコミュニケーションが始まるとは思わなかった。
共に投手しかやりたくなかったのか、至近距離で交わる視線。それをオロオロしながら見つめる俺。
いや、なら俺が打ち尽くしてやるぜ! とかって言えたら良かったんだけど、俺の実力だと三振を量産するのが落ち。
くそ、何か、何か気の利いた言葉はないのか。俺は今日、コミュニケーションを取ると決めたじゃないか!
「それなら、ヤータさんも渾身のチェンジアップを披露しますよ? きっと誰も打てないくらい凄い魔球です」
そうそう、俺の投げる球は遅いから……。ってそれをチェンジアップを言ったら失礼だろう!? それに俺はキャッチャーミットに届く球を投げる自信すらねーよ!
あ、だから誰も打てないのか。てか、毎度のこと急に現れる奴だなリンリルは!
「ほう、それじゃあリンリルがバッターをやってくれ。誰が一番のピッチャーか決めようじゃないか」
「いいねー。負けたやつはエールをピッチャーで、打たれた本数分奢りね」
「ヤータさんの、だいぶ良いとこ見てみたい」
俺、もう球じゃなくて匙を投げそう。はぁ、カーテン買う分の金、残るかなぁ。
なんて思っていた俺は、この後驚愕の展開に遭遇することとなる。そう、マイマイは『打たれた本数分』を奢りだと決めた。それに啓司も同意した。
……結果。バッターの下まで届く球を投げた二人は打たれまくり、届かなかった俺は一度も打たれなかった。
ははっ、これがリンリルとコミュニケーションを取っていた結果なのかもなぁ。




