その目に刻め!
「ヤータさん、あーん」
そういって差し出されたそれは、一口大に切り取られたチョコバナナ。
今日の特訓で作られた失敗品で、半分が潰れてしまったために、無事だった一部分をリンリルに差し出されているのだ。
因みに、無残にぐちゃぐちゃに潰れてしまった大部分は、これから美味しいカレーになります。
ふっふっふ、リンリルの作るカレーは美味いんだよなぁ。俺、それを食べるためだけに特訓を頑張っていると言っても過言ではない。
「だったらちゃんと成功させて下さい」
はい、ごめんなさい。でも、そう言いながらテキパキと準備してくれているリンリルさんはマジ天使だよ。
いつもそうだったら大天使と呼びたい。だからもっと優しくして下さい。多分そうすれば俺もっと伸びるから。
さて、そんな戯れ言は置いておいて、俺もいつも通りにお手伝いでも致しましょうかね。
煮込むことは酒場の厨房を借りるから、ここで行うのは下拵えだけ。肉はリンリルに任せるとして、俺の役目は野菜のカットだ。
ふははっ! そんなものは俺の包丁捌きの前にお茶の子さいさい。あっという間に終わってしまうのさ!
「本当に見事に包丁を操りますね。その上手さだけは私も想定していませんでした」
うん、自分でもなんでこんなに美味く操れるのかと疑問に思う。
テーブルの上に置かれたまな板の上、そこに置かれた人参が、宙に浮かぶ二本の包丁により次々と乱切りになっていく。
輪切りにするのが一番簡単なのだけど、日々の練習により二本を複雑に動かすことで複雑な乱切りすら何のその。
ふふっ、同時に皮むきだってしてやるぜ。
「因みに、そこから一歩でも動けます?」
はい、ごめんなさい調子に乗ってました。包丁を操っている間一歩も動けません。
はぁ、これだとどうやってもあのうり坊に勝てないんだよなぁ。そもそも、包丁を操りながらどうやって体を動かすのだろうか。
単純な行動のはずなのに、それが解らなくなるんだよなぁ。
「戦闘するなら、誰かとコンビを組んだ方が良いかもしれませんね。まぁ、基本スタンドプレーが好みなここの住人に、そんな奇特な人は居ないでしょうけど」
まったく、相変わらず厳しいコメントだよなぁ。ま、当分は外に出る気もないから良いんだけどさ。
偶にある魔物の襲撃も、広場でのんびり眺めているだけだしさ。
「紙芝居を見ている子供みたいでしたよ? いっそのこと、死に戻る人達を楽しませる曲芸でもやったらどうです?」
……それだ! いや、本当にそれ良い稼ぎになるポテンシャルがあるんじゃないか?
たたでさえ、魔物の襲撃の後は大換金大会だ。後で手に入るからと、お金を落としてくれる人がいる可能性が高い。
ならば、もっと技術を高めなければならないな! 試しに、タマネギを放り投げて空中で輪切りにしてみるか?
「ほっ!」
……うん、見事に空振りだった。いや、そもそも自分の体を使った後に包丁を操るのはラグが出てしまう。
同時に動かせないのが、今の悩みの種なんだからさ。
ならばタマネギも浮かせて、と。
「はっ!」
「おっと、危ないですよ」
うん、今度は成功したものの、切られた下半分が床に落ちそうになってしまった。キャッチしてくれたリンリルさん、サンキュー。
「むしろ、包丁は固定して野菜を動かしたらどうです?」
あ、それは良いかもな。でも、問題は切る度に操るのは対象が増えると言うこと。これ、チョコバナナを作る特訓より難易度が高くないか?
まさか、俺はただ単に乗せられているだけだったり?
「バレました? そもそも、その程度の曲芸なら誰だって出来ますよ」
だろうと思ったよ畜生めっ!? くそう、こうなったらタマネギをみじん切りにしてやる。二本の包丁で細かくみじん切りにしてやるんだからな!
だから頼むよタマネギさん、俺の悲しみの涙をカモフラージュして下さい。まぁ、こんな考えも筒抜けだと思うけど。




