ニュースタイル将棋
「ありがとうございましたー」
服屋から出て、真っ先に入り口横に取り付けられたら鏡の前まで進み、其処に映る姿を見てため息をつく。
無難に選んだ筈の男物の黒のティーシャツに灰色のパーカー、青いジーパンに白いスニーカーは着こなせていなかったらしい。
ここまで似合わないとは思わなかった。
格好いい、格好いいと褒めてくれた店員の反応は何だったのかと、今更ながら問い詰めたい。
調子に乗った俺も悪いとは思うけどさ、何なんだろうこの色合い。
もしかして、不良在庫をつかまされたか?
いや、色合い以前に似合っていない訳じゃないんだろうけど、違和感が半端ない。
はぁ、折角の給料で全身コーディネイトしてみたものの、男としての下手なプライドと持ち前のセンスのなさで台無しとはなぁ。
いっそ、腹を括って女物にでも手を出せば良かったよ。
ん、いやポニーテールとか、髪をアップに纏めればまだましになるか?
ちょっとボーイッシュな感じで……、いやいや男がボーイッシュとか意味わかんねーよ。
はぁ、これはそろそろ本当に覚悟を決めなきゃならないタイミングに来ているって事か。
男でも女でもないものになる。そう、欲望の権化として生きる覚悟を!
「そして快楽の虜となるのですね」
「金が稼げるならそれもあり? いやいや、何を言わせんだよリンリルさんよ」
仕事にいくと言って部屋を出ていったリンリルと此処で会うのも吃驚だけど、そんな発想にいたるところにも吃驚だよ。
「どうせなら、あの神様みたいにぐーたら過ごすってことだよ。俺は性を捨て去るからな」
「なら私が埋めてみせます」
これは永遠に平行線の予感、この話題はスルーして町の散歩といきますか。
「仕事はもう終わったのか?」
とりあえず広場の方へと歩き出し、リンリルが此処にいる理由を聞いてみる。
リンリルって、たしかカフェの店員とギルド長の補佐もやっていたよな。
俺が服屋に向かったのはリンリルが部屋を出て直ぐだったし、そんな仕事がこんなに直ぐに終わるとは思わないんだけど。
「飽きたので抜けてきました」
此奴、ホントに何者なんだろうな。今度ギルド長辺りに聞いてみるか。
「羞恥プレイは嫌いなんですが」
「お前の正体は恥ずかしいものなのか?」
「乙女の秘密は、どんなものでも恥ずかしい物なんです」
乙女って、淑女の事だと思ってた。
そんな冗談に対し、パーカーのフード部分を引っ張る行動が可愛く思える不思議。
そんな風にじゃれ合いながら広場へと続く道を歩いていくと、通りに面した玩具屋の店主夫婦が店先で将棋を指しているのが見えた。
見た目髭もじゃなドワーフの旦那と幼女エルフの夫婦には最初は戸惑ったもんだけど、二人の仲の良さもあって案外見ていると微笑ましいんだよな。
「よ! 観戦してもいいか?」
「勝利の女神みたいに笑ってくれたらな」
店先に置かれたベンチに将棋盤を挟んで座る二人に声を掛け、とりあえず旦那の言うとおり笑顔を浮かべておく。
だけど、この笑顔はひきつることになった。
なんせ、駒を立たせる様に置いているのだから。
「な、なぁ。なんか置き方違わないか?」
「そりゃそうだよ、私達のオリジナルルールだからね。まぁ、見てなって面白いから」
そう奥さんに言われて大人しく勝負が始まるのを待っていると、始まったのは最早将棋の影も形もないシューティングゲームだった。
盤上を所狭しと動き回り、ビームを発射していく駒達。
上手くビームを避けながら相手の陣地へ侵入していく駒もあれば、当たった駒は倒れて障害物となって動きを制限させたりもしている。
「これ、将棋である必要ってあるのか?」
「ないな! がははっ!」
ホント、愉快な旦那だよなぁ。
玩具屋をやっているだけあって遊ぶのが大好きって人だし、そんな姿にちょっと憧れてしまう気持ちも多少ある。
やっていることは下らないんだけどな。
「もしよかったら、二人もやってみる?」
精密な操作で軍配が上がった奥さんにそう進められたものの、俺には動かすことは出来てもビームを出すことは出来そうもない。
ちょっとやってみたい気もあるんだけどなぁ。
「なら、私がビームを撃ちましょうか?」
「お! いいな、夫婦対決か」
「待て、そこは突っ込みたい。俺達夫婦じゃないから!」
でもまぁ、これで遊べるなら夫婦は兎も角、協力も吝かではないな。
俺の突っ込みを豪快に笑い飛ばして奥さんの後ろへと席を移る旦那、その空いた場所に座り、後ろに座ったリンリルへと話し掛ける。
「よし、絶対勝とうぜ!」
「はい。悔しがる顔を見せて下さい」
心を読めるくせにチームワークは悪くなる。そんなリンリルに痺れも憧れもしないけどな!




