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ヤータの魔法

 三分で出来るクッキングの時間です。


 俺の住む部屋の中、目の前にあるテーブルに置かれた材料と調理道具の数々を見て、一人心の中でそう呟いてみる。


 カメラはないけど、美人なアシスタントはちゃんと隣にスタンバイしているし、こう思うのも無理はないと思う。


 と言うか、この状況も何度も繰り返してきたものだし、これくらいの遊び心がないとやっていけないんだよ。


 そう言えば、錬金術は台所で生まれた、なんてこと言ってた漫画もあったな。


 まぁ、今の状況は錬金術ではなく、魔法なんだけどさ。


「ふむ、三分で出来るクッキングですか。では、三分以内で完成しなければ、ペナルティーといきましょう」


 これは墓穴を彫りましたね。美人アシスタントのリンリルさんは、あのドエスに感化されてエスっ気を出してきたみたいだ。


 俺は窓からアイキャンフライ! と叫んで飛んでいきたい。


「三分経ちました」

「早いって。ぜってぇ経ってねーだろ」


 てか、その手に持つストップウォッチはどこから出したんだよ。


「まぁ、ペナルティー云々は冗談として、何か目標を持って取り組まないと、いつまで経っても成功しませんよ?」


 確かにそうなんだろう、やっていることは至って簡単なんだしさ。


 なんせチョコバナナを作るってだけだし。


 でも、それはちゃんとした料理ならって話だ。


 今俺たちがやっているのは、魔法の練習だ。だから当然、手は一切使ってはいけないって言う縛りがある。


 それが意外と難しいんだよなぁ。


 言葉にすれば、バナナの皮を剥き、溶かしたチョコに潜らせて絡め、冷やして固める。


 この作業を全て魔法で行うのは、なかなか神経を使うきついもの。何度失敗したかはもう数える気が失せる程だ。


 その都度、材料を提供してくれているジュンには頭が上がらない思いでございます。


 結婚はしないけど。


「よし、グチグチ言っても始まらない。今日こそ成功させてやるぜ!」

「その意気です。これ以上は、なにを要求されるか分からないですからね」


 そう、当然タダで材料を提供してくれるほどジュンも甘くはない。


 今までは手つなぎデートで済んでいたけどさ、そろそろキスしろとかって迫られそうなんだよな。


「デートじゃなくて、介護じゃないですか?」


 歩き始めて十分で息が切れ始めただけだって。けして介護にはなっていないはず。


 ま、そんな事は兎も角、早速作っていきますか。


 先ずは、バナナの皮むきだな。


 机の上には人参やタマネギ、ジャガイモや各種スパイスまで用意されているけど、それらはまだ必要のないものだ。


 失敗したときのカレー用だからな。


 流石に原型をなくしたチョコバナナを食べるのは辛いし、リンリルに頼んでカレーにしてもらったのが始まりなんだけど、これがまた旨いんだ。


 いっそ、わざと失敗しようかと思う程な。


 だが、今回はそうはいかない。手を使わず、バナナを宙に浮かばせながら俺の近くに持って行き、慎重に皮を剥いていく。


 これは力加減が難しいんだよな。


 バナナを宙に固定しつつ、皮を実に沿って動かしていく。力加減を間違えると、皮が千切れたり、バナナ自体が潰れてしまったりと散々な事になってしまう。


「よし! 綺麗に出来た!」

「よしよし」


 子供じゃないんだから、頭を撫でるのは止めて欲しい。


 だけど、バナナを綺麗に剥けたのは確かだし、早速次の作業に取り掛かろう。


 と言っても、ここまで来てしまえば後は比較的簡単だ。


 ボールに移した板チョコに、熱を加えて溶かしたらバナナを投入。


 上手く絡めたら宙に浮かせて、カラースプレーを振りかけたら冷やして固める。


 俺にはまだ沸騰させる程の熱量は出せないから溶かすのは簡単だし、同じく凍らせる程の冷気を生み出すことも出来ないから、チョコを冷やしてもパリパリには出来ない。


「よし、これで完成!」

「では、テイスティングタイムですね」


 そうそう、ここからがお楽しみだ。宙に浮かせたチョコバナナを口元に運び、一口かじる。


 何時か成功したときの為に、チョコバナナを食べるのは控えていたからな。そもそも金なんてないんだけど。


 だからこそ、この旨さは忘れられないものになるだろう。……、反対側を食べ始めるリンリルの顔も含めてな。


「うん、美味しいですね。合格です」


 はぁ、やっと此処までこれたか。最初は練習なんて面倒だと思ったけど、チョコバナナってのがあったからやってこれたかな。


「なぁ、こう言うのって皆やってるのか?」

「一般的ではないですけど、苦手な魔法や、様々な魔法を使いたいって人ならよくやることです」


 一般的ではないことを何故やらせた。


 そんな突っ込みを読んだのか、リンリルはテーブルの上を片付け、コーヒーを用意し始めた。


「現実を教える為、ですかね。少し話をしましょうか。この島の転生者は、一芸特化のようになっているんです」


 現実ってのはちょっと怖いけど、一芸特化ってのはジュンや、あの変態ヒーローの魔法みたいなって事かな? 空気を変化させたり、股間を変化させたり、確かに一芸特化だけど。


「自分に合った魔法はなんなのか、それを探るためにも図書館などで知識を深めたり、自分の欲望を解放することで、自分だけの魔法が目覚めます」


 椅子に座り、用意されたコーヒーを口に入れながら少し考える。


 俺はまだ図書館にも行っていないし、自分の欲望というのもよく分からない。だから、こういう小さいことからやっていく方が良いって事なのか?


「違います。ヤータさんは、既に魔法を使っているんですよ。忘れましたか? 決意した事を」   

 

 決意? ……まさか、楽をしたいって事か?


 いやいや、それがどう魔法と繋がるんだよ。例え魔法が使われて入れも、楽になっているとは感じないぞ。


「確かに、ヤータさんはそう感じるかもしれませんね。でも考えて見てください。戦いもせず、のんびり過ごしているヤータさん」


 嫌みにも聞こえてくるその言葉だけど、確かにそうだ。この一ヶ月近く、町の人達を見ていたけど多分全ての人達は町を出て魔物を狩りに行く。


 啓司だってカジーナだって、手に職を持った人達も例外なく。


「言ってしまえばご都合主義、ちょっと違うかもしれませんがそれが一番近いですね。簡単に言うと、ヤータさんがこの町でのんびり暮らせるよう、そんな流れが出来ているんです」


 流れ、か。いまいち分からないけど、リンリルはそんな俺を見越して、川に例えて話してくれた。


 筏に乗って川を進む。言わば川はこの町であり、その流れは俺の魔法。途中に流れを遮るような難所があったとしても、俺を支える人達がその都度助けてくれる。


 ごめん、いまいちよく分からない。


「まぁ、それはいいです。大事なのは、ヤータさんの行動です。勿論流れは変わらなくとも、側から離れることは出来る。誰かの意志に介入している魔法ではないですからね。傍若無人な振る舞いをして居いると、一人ぼっちになってしまいますよ」


 それは怖い。でも、自分の意志でそれを行ったのなら、確かにそれが自分の流れなんだろうな。


 いやいや、納得しかけてるけど、自分の魔法なのに自分が気を付けなきゃいけないとか、なんかおかしくないか?


「気付きましたか。簡単に言うと、神の体に人の魂が入った事による不具合です。曲がりなりにも神の体なので強い魔法は使えますが、魂がしょぼいので制御が出来ないと言った具合です」


 しょぼい魂とか何気に酷くない? はぁ、こんな事になるなら大人しくマシな特典貰っとけば良かったよ。


 いや、でもそうなったら今の様な生活は送れないだろうしなぁ。……俺の前途は多難って事なのかもな。


「因みに川に例えた話だけど、リンリルも離れていくのか?」

「私の筏はエンジン付きです。そもそも、自由に動き回っていますので」


 安心したような恐ろしいような、ちょっと複雑な気分になるな。きっと、規格外ってこういう奴のことを言うんだろう。


 ん? いや待てよ、そんな魔法を俺が使っていて尚且つ制御が出来ない。じゃあ、そんな状態で他の魔法はちゃんと使えるのか?


 さっきのチョコバナナを思い出せば答えは出てるかもしれないけど、俺としては希望が……。


「どうなんでしょう?」

「想像通りですね。そもそも、楽をしたいんですよね? 楽とはほど遠い戦闘は絶望的ですし、特訓なんかもなかなか実を結ばないでしょう」


 世の中って、優しくも辛いものなんだな。


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