島の食糧事情
ザクッ、ザクッと音を聞く度に腕が震える。もう無理だ、もう止めようと、そんな思いが何度頭を過ぎったか。でもせめて、せめてあと一振り。
そう考えてしまうのも、俺が男であるという証明だ。そう、そうでなければ男が廃る!
「も、もう無理! 限界! 腕あがんない!」
「五回で限界か。ひ弱すぎないか? そこが可愛いんだけどさ」
「可愛いなら問題ないじゃないですか」
好き勝手言いやがって。くそう。
そもそもさ。何で、水着で鍬なんか持って畑を耕さなきゃならんのか。それにさ、俺ってグラビアやるんだよな? この状況ってなんなの? 新手の拷問かなにか?
「色々説明を!」
「どうせグラビア掲載するなら、宣伝入れた方が効率的じゃないですか」
「と、リンリル様からの要望だ」
それもうグラビアじゃないよ。広告だよ。それにさ、さも召使いのように喋っている、ジュンとリンリルの関係性も謎なんだけど。
「今はただの上司です」
「え? あぁ、雇われライターです」
何だろう、この毎日がプレミヤムフライデー感満載のコンビ。絶対、期日までに原稿作り終えなさそう感抜群だろ。
「じゃあさ、何で俺は水着で農作業なんだよ。しかも此処、畑どころか草ボーボーじゃん。抜かなくて良いのか?」
「そうですね。……では、休憩がてらその説明しましょうか。あと、草はそのままで大丈夫です。自然と肥料になりますから」
俺のへばりっぷりのお陰か、直ぐに休憩を提案してくれるリンリルは天使だと思う。
でもさ、息も乱れているし、腕もプルプルしているのに汗すら流れないこの体が凄すぎる。
其処までするなら疲れないようにもしろよ、ってツッコミを入れたいけどさ。
重たい足を引きずりながら、なんとか近くに置かれた切り株まで歩き、ドカッと座れば息を吐く。
そんな俺に対し、やっぱり流石のリンリルさんだな。タイミング良くテーブル代わりの大きな切り株に、キンキンに冷えた緑茶を出してくれた。
感謝を伝えつつ、グラスに入ったそれを一気に飲み干し、ホッと一息。……が、出来ない。腕が震えて飲みにくい。仕方ない、ちびちび飲むか。零したら勿体ないし。
なんで何もないところにいきなりお茶が現れたとか、そんな些細なことは気にしない。もう今更だしなぁ。
「で、なんで水着なんだ? 作業着とかで良いだろうに」
「水着姿を撮りてぇんだよ! 言わせんなよな!」
「だそうです」
何を興奮しているかは分からんけど、くだらない理由というのは理解した。
拳を握り、此方を凝視するジュンは気持ち悪いけどさ。作ってもらったこの胸は、若干気に入っているからそこは感謝しても良い。
「じゃあ、次。なんで農業なんだ?」
「最近、魔物の討伐も順調になってきていまして、農業離れが深刻なんですよ」
何そのリアルな事情。此処がホントに異世界なのかも不安になってくる。
「ギルドで食材も買えるんだがな、生活向上の為には金は貯めないとならん。俺はそう思って農業を推しているんだ」
「高いですけど、パソコンだって買えますからね」
なる程、なんか察した。高いからこそ、まだ手軽に買える食材を入手して日々を楽しんでいる。そういう人が多いんだろうな。
「違いますよ? ただの、今までの食生活の反動です」
「ごめん、真面目に考えたのが恥ずかしいし、余計意味が分かんなくなるんだけど」
食生活の反動って、今までどんな食生活をしていたんだよ。
そんな俺の疑問の顔色を見たジュンが、辛そうな顔を見せながらも語り出したその話。それに、俺は暫し唖然とし、そして溜息を着いた。
だってさ、要約するとこの島の植物はみんな茄子の味がするってだけだったし。
そんな話を辛気くさいような顔でするからさ、少し笑い出しそうになってしまった。
「茄子が嫌いな人には地獄ですけどね」
「そうだそうだ! 俺の苦労も考えろ! でもその笑顔は可愛いです」
こいつ、ぶれないな。
「一応、ギルドでも種は売っているんですよ。でも此処の人達はだったら食材そのものを買った方が良いと、しばらくはお金を貯めるために自生する茄子味植物を栽培していましたからね」
「それから解き放たれた今、誰もやりたがらないんだよなぁ」
話を聞くとさ、真面目に皆のことを考えているんだなぁ、なんて感服してしまう。でもさ、どうせこいつのことだ。きっと裏がある。
「本心は?」
「汗塗れの女の子が見たい。眺めたい。何でヤータちゃんは汗をかかないんだよ!?」
案の定だった。
もうさ、こいつが主導していたら誰も農業やろうなんて思わねぇよ。絶対皆、この考え読んで避けているよ。
「だから、ヤータさんをメインに持ってくるんですよ。その為のこの撮影です」
ま、ジュンの私情はどうあれ、お金を貰う分にはやりきるけどさ。だけど少しだけ、茄子の味がする植物に興味が湧いてきた。
「ちょっとさ、茄子味の食べてみたいんだけど」
「良いですよ。そこら中にありますし」
リンリルなら出してくれるんじゃないかと期待したものの、その返答は少し予想外だった。
そこら中にあるって、この辺りには雑草しかないんだけど。え? 雑草食うの?
「言っただろ? この島の植物は全て同じ味だ。何を食べたって何にも変わらんさ」
うん、全て理解した。俺の頭の中ではさ、食用の事しか考えていなかった。そっか、全て食べれて、全て同じ味。
「因みに、魔物の肉とかは? 野生の動物とかはいないのか?」
「この島には、魔物と転生者、ギルドの職員しか居ませんよ」
「魔物の肉なんか、不味過ぎて食えたもんじゃねぇぞ。唯一食べられるのは、尻子玉くらいか。魔物は不味いって認識だから、最近まで食べる奴も居なかったけどさ」
此処は地獄だったか。今のタイミングで転生できて、ホント良かった。




