初仕事
この章は連作短編っぽく進行します。基本的に一話完結な感じだと思います。
グラビアとしては初仕事なこの日。朝方にリンリルに起こされ、朝食にと手作りらしいホットドッグをパクつきながら向かったのは、ギルドから程近い砂浜。此処が今日の撮影場所らしい。
「よう! やっと来たか。俺なんて待ち遠しくて昨日からずっと居たんだぜ!」
そう俺達に話しかけてきたのは、砂に埋まり頭だけ出した状態の結婚男。なんなのこれ、蹴っ飛ばして良いのか?
「また誰かにちょっかいだしたんですか? この変態クソ野郎様」
「がっ!? 今日も絶好調ですね、リンリルさん」
そんなやり取りを平然としているけど、本気で蹴りやがりましたよ、このリンリルさん。蹴飛ばして引っこ抜いたよ、この人。
「まぁ、いいです。早く準備なさい」
「はいはい。先ずはこれだな」
そう言って結婚男が何もない手の平に出現させたのは、肌色の柔らかそうな物体。これはなんなんだ? 新手のスライムか?
「スク水スライムも良いかもしれませんね」
「ごめん、心読まないで」
そんなどうでも良いやり取りをしながらも、リンリルは躊躇なくその肌色の物体を手に掴み、俺の水着の内側、胸の部分に押し込んできた。
「ちょ!? なにしてんの!?」
「うーん、やっぱり水着があると上手くいきませんね。クソヤロウには目隠ししておきましょうか」
此方の話には耳も傾けず、気付けば俺は素っ裸になり、結婚男は消えていた。
「これどういう状況?」
「胸を付けているんですよ。邪魔者は消しました」
怖くて一歩も動けません。そんな棒立ちのまま彼女の作業を見ていると、二つの肌色の物体が俺の両胸に張り付き、それの縁を肌に馴染ませている。
そうして段々と地肌と物体の境もなくなり、形を整えられたそれは、まさに女性の様な上半身。ただし先っぽはない。
「すっげーリアルだな。一部足りないけど」
「そうですね。これは空気ですので重さも殆どありませんが、質感は本物その物。無駄な才能ですね」
「でも、そのお陰で童貞捨てました」
リンリルとの会話に混じってきたその声、その気持ち悪い言葉に思わず体を隠そうとするも、既に俺の体は白いビキニを纏っていた。
やっぱり、仕事が早すぎる。
「思ったより早かったですね。山頂に送った筈ですが?」
「ドラゴンのお陰だな。死に戻り万歳!」
なんでこんなに物騒なんだろう。もっと平和な会話が聞きたい。それにこの場所も問題だ。あるものさえ見なければ、素敵な砂浜だと思う。砂は白くて綺麗だし、波も穏やか。サーフィンをやるなら物足りないかもな。
だが、波打ち際に居る無数の巨大ナマコだけは、絶対に受け入れられない。なんだよあれ、二メートル位あるんじゃないか? 俺苦手なんだよなぁ、あんな感じのブニブニしてそうなの。クラゲとかさ。
あ、マイマイは別な。あれはちゃんと可愛いデザインしているし。
「遂に注目してしまいましたね。あれが今日の主役です」
俺の心を読んだのか、意地悪そうな笑顔で問題発言をぶっ込んでくるリンリルさん。
「俺は帰る!」
「水着を消しますよ?」
もう、俺に自由は無いのかもしれない。
「逃げちゃえよ、消されちゃえよ」
そしてこの変態を打ちのめしたい。俺だって羞恥心はある。こんな体だし、人並み以上に体は見られたくない。リンリルにはバッチリじっくり見られているけどさ。
でもナマコが主役って事は、きっとツーショットの撮影だ。くそう、いきなりの究極の選択。俺はどうすればいい、どうすればこの一件を乗り越えられるんだ!?
「やらないなら給料出ませんよ?」
仕事なら仕方ないと割り切ろう。給金的には好待遇なんだ。これが終わったら、広場の屋台で売っているチョコバナナを食べよう。大好物なんだ、あれさえあれば何でも乗り越えられるんだ!
「覚悟が決まったなら、さっさと撮影始めよーぜ」
「そうですね。それでは、波打ち際まで行きましょう。そしてヤータさん、あれをギュッと抱きしめてください」
俺の覚悟のガッツポーズを見て、遂に撮影が始まる。あ、あれを抱きしめるのか。……覚悟が揺らいできた。
「そ、そんな事をしなくても良いだろ? 奴らをバックに撮影すれば良いだけだろ?」
「駄目です。今回の撮影は、あれの駆除解禁を知らせる記事の物です」
ゴネてみたものの、リンリルはそうきっぱりと告げて譲らなそうだ。だが、そんな理由なら尚更バックでも良い筈だ。
「いいえ、駄目です。それでは目的が達成出来ません」
「え、会話してんの? まぁいいか。あのナマコはとても美味でな、おまけに精力もつく。これが目的だ」
これってどれだよ。ん? 精力……、え?
「いやいや、それ誘ってるみたいな絵じゃんか!」
「それが、目的ですもの。給料分は頑張って下さいね」
「エロめな表情よろしく」
この仕事、思った以上に過酷だった。
再び覚悟を決めて波打ち際まで進み、またしても覚悟を決めて巨大ナマコに触れる。するとどうだろう、病み付きになりそうなプルプル、そしてプニプニとした感触が返ってきた。
「凄い! こいつ凄い!」
「コラーゲンの塊みたいな奴らですからね。女性に大人気なんです」
「精力もつくからな!」
「お前は黙っとれ」
撮影の為に近寄ってきた二人に、思わずこの感動を伝えてしまう。これだけ癖になる感触なら、食べたときの食感も相当だろう。
だけど、その感動よりもインパクトがあるものを見つけた。と言うか、密かに気になっていた事を思い出した。それは結婚男が首から下げているカメラの事だ。
「そんなごっついカメラって、此処じゃ普通に造れるのか? 最新式っぽいけど」
「ああ、これか? これはギルドから買ったやつだよ。高かったけど良い買い物したぜ」
そんな物まで売っているんだなぁ、と思っていたらリンリルがそっと近寄り、衝撃の事実を耳打ちしてきた。
「娯楽品は高いですよ。あのカメラは十億します」
アホみたいな金額に目がこぼれそう。なにそれ、そんなん買えるって、こいつどんだけ金持ちなんだよ。け、結婚した方が得か?
「止めた方が良いですよ。このクソ野郎、いかがわしいグッズも大量購入してますから」
それをギルドで買うってさ、恥ずかしいとか思わないの? もしかしてそう言う状況も楽しんじゃう系?
「何の話をしているか知らんけど、俺の名前はジュンだからな? 愛情もって呼んでくれなきゃ拗ねるぞ? まぁ、今は良い被写体に恵まれて何でも許しちゃうけどな。よし、ならばさっさとやっちゃおうぜ。エロいの撮っちゃおうぜ?」
こんな奴がカメラマンで良いんだろうか? ま、そのためのリンリルストッパーなんだろうけどさ。
そんじゃ、給料分は頑張りますか。
「いっそ、頭咥えちゃおうか!」
「それも良いかもしれませんね」
激しく不安になってきた。




