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1. 転生者の島

 俺の人生は普通そのもの、代わり映えのない普通な生活だった。


 高校生活では放課後にる度に、毎日のようにゲーセンへと友人を引き連れレースゲーム三昧。コンビニのバイトでは、先輩に弁当を奢って貰ったり、客としてきていた他校の女子高生といい仲になれた。


 それは、きっと普通に恵まれた人生だった。


 だから、そう。成人式の日に車に引かれて死ぬなんてのもこんなご時世、悪く言えば普通のことなんだ。そう思わなければ、そう思わなければこの遣る瀬なさをどう発散すれば良いのか分からない。


 そう思っていたのも、おそらくは数分前。今では発散する必要もないほど、頭の中がクリアになっていた。


「お前には、いつか転生の権利が与えられる」


 真っ白な空間で、真っ白な布を纏った自らを神と名乗る女性と話しをする。とくれば、嫌でも何も考えられない頭になるというもの。


 しかしそんな現状でも、自称神という女性の言い回しが妙だという事は理解できた。


「いつか、か。どういう意味なんだ?」

「そのままの意味さ。だからこそ、お前には転生してもらう」


 ますます分からなくなってしまった。転生の為に転生する。これに何の意味が有るのか。そもそも、いつかとはどういう意味かまるで解決していない。


 そんな事を考えていると、突然足元に島の映像が映し出された。


 落ちるのではないかと内心驚いたものの、そもそも地に足が着いている感覚がしっかりとある為驚きを表情に出すことはない。


 と言うより、そろそろクリアを通り越して何も考えられなくなりそう。こう言うのはさ、お役所仕事並みに事前の説明とかしてくれません?


「此処は通称プレパレーション島。お前は此処で、魂の研磨をする事となる」


 そうそう、そう言う説明から入ってくれたら解りやすいんだよ。


 プレパレーション、つまり準備か。なら、魂の研磨は転生の為の準備をするって事なのか?


 言葉のニュアンスからいって修行のような物だろうか。この流れならちゃんとした返答が貰える筈だろうと、質問の言葉を口から出そうとする。


 するとそんな思いも見透かされているのか、残念ながら詳しくは現地での一点張りだった。


 結局、詳しいことは教えられないままによく解らない島へと放り出されるらしい。伊達に地獄は見てねぇと開き直ることが出来れば幸せだろうけど、そもそもまだ三途の川すら見ていない。


 え、まさかそう言うのってないの? 六文銭なんてのは持ってないから、そもそも期待してはいなかったけど。


「選別として、何か望む事を一つだけ叶えてやろう」


 ふむ、そこら辺は手厚いのな。なら、ひねくれた考えで情報を望むのは勿体ないか。


 だとすると、この手の物語に付き物なチートだとか、最強だとかのチャンスだろう。しかし、それは恐らく罠だ。魂の研磨をしなきゃいけないなら、そんな楽な道なんて進んではいけない筈。


 うんうん、欲望ってのは逆に人を冷静にさせるのかもな。ならば何が良いのか、俺の答えはこれだ。


「女にしてくれ」

「ほう。それは何故だ? 邪な欲望を持った人生には見えなかったが、ふむ、人は見かけによらぬということか」


 いや、女になりたいと聞かされてそう言う返答をする神様ってどうなのさ。


 普通に考えて、今とは違う性別になってみたいというのは当たり前なことだろ? 放課後のゲーセンでもよくそんな話をした。


 でも結局、今の自分には想像できないような苦労があるだろうと自分で否定しちゃうんだよ。俺の場合、メイクとか面倒臭そうだなとかって。


 だがしかし、その面倒なことに向き合うことこそが、魂の研磨を推し進める物となるのではないかと思うのだ。


「ふむ、そう言う思考をするのか。して、上手く事が運ばなければどうするつもりだ?」

「女の子に接しやすくなる。上手く行けば美しい絵になるかもしれない」

「あはははははっ!! 年の割によく考えると感心すればその実、欲望まみれであったか!」


 その答えに、目の前の神様は大層気に入ってくれたご様子。


 生前、彼女にもバレないよう必死で、それはもう必死で隠していたけどさ、俺はそう言うカップリングが大好きなんです。コレクションの同人誌は数知れずだ。


「良いだろう。ならば特別に私と同じ体を与えようではないか」


 そう言って神様は姿見を出現させ、その鏡は俺の姿を映し出した。


 まさしくその姿は目の前の神様と同じ、白い布を纏った相当な美人だ。長い黒髪と、切れ長の目はその美貌と凛々しさの象徴。


 パーツごとのバランスもよく、声を掛けれないほどの美しさがあると思う。流石、神様と言ったところか。


 だだし、欲を言えば胸が無いのが残念だ。


 そう思い、何気なく胸を撫でてみると妙な違和感を感じた。思わず下も撫でてみればその違和感の答えが判明した。


 この神様って、性別無いのかよ!? てかなら女じゃないじゃん!


「いやいや、待ってくれ!これじゃあ要求と違うだろう!」

美しい絵を望んだであろう。最後に一つ、この島では強い意思こそが力となる。達者に暮らせよ」


 一部分だけを切り取られたその言葉に慌てて詰め寄ろうとすると、次の瞬間には既に村、と言うか町のような所の広場にいた。


 露天や屋台が置かれた広場は大層賑わっており、人々はたこ焼きや鯛焼きなんかを頬張りながらも、俺を見て皆一様に驚きの表情をしている。


 いや、俺も驚きを表情に出す一人ではあるのだけど。


『神様が降臨なされたぞぉぉぉっ!!』


 その瞬間、俺は広場に居た人たちによって取り囲まれてしまった。


 取り込んだ人たちの言うことは、やれ特典をもっとくれ、やれ特典を変えてくれ、挙げ句の果てにはたこ焼きやるから結婚してくれ。


 アホか、たこ焼き一つで嫁が貰えると思うなよ。


「待ってくれ! 俺はただ、神様にこの姿を貰っただけだ。そんな力はない!」 


 そんな俺の言い分に、多くの人々は少しがっかりした様子で立ち去ってくれた。


 だがしかし、只一人俺の足にしがみつき涙を流す男が居た。こいつ、さっき結婚してくれって言った奴だ。とりあえず蹴っ飛ばしとくか。


「災難だったな。此処にいる奴らの中には魂の研磨なんて言葉に踊らされたのも居てな。自分の特典に満足してない奴らも多いんだ」


 地に伏せ泣き出す男を見下ろし、この状況で今後どうしたもんかと思案している俺の頭上から降り注ぐ声。少し顔を上に向ければ、スキンヘッドの男が声を掛けてきた。


 見た目はとても怖い。でも、そんな事を教えてくれるあたり、良い人なんだろう。


 立ち話では悪いので、と自身の店に来るようにスキンヘッドの男が提案してくれた為、何も分からない状態では不便なのでついて行く事にする。


 そうそう、嫁に行くならこういう話の分かる男だよな。たこ焼きで誘うような奴は駄目だ。そして、当のその男は何時もの事だから放置しておけばいいそうだ。


 うん、慣れていると言うことは、本当にどうしようもない奴なんだろうなぁ。


 そんな感想が頭に浮かぶも、道すがら自己紹介する事になり何処かに沈下。啓司と言う名前を教えて貰ったことで、頭の中には憶えるためのメモ帳が現れる。


 新しい世界には新しい関係も生まれる。しっかりと憶えておかないと。あと、改めて新しい自分も頭に認識させておかないとな。


 そう、自己紹介は自分の番。新しい世界、新しい人生を送るこのタイミングで、どう名乗ろうかと少し悩んでしまうのだ。


 生前の名前は弥太郎というが、今の姿で名乗ってしまえば違和感しかない。


 思い切って啓司と相談し、出された結論はヤータと名乗る事。若干そのまんま感はあるものの、神様の見た目に相応しい名前なんてものは早々思い付く訳もなく、自分にも馴染むこの名前に決めたのだ。


 そしてそんな話で盛り上がりながら啓司に連れられてやってきた店は、広場から住宅地方面へ歩いた所にある酒場兼宿屋だった。


 元々は宿屋として建設し始めたものの、周辺住民からの強い要望で一階に広いスペースを造り、酒場としても運営する事になったんだそう。


 中ではまだ日も高い時間だというのに数人のグループが酒を飲んでおり、その姿は一仕事終えたようなくたびれた感じも見て取れる。


 しかし、注目しなきゃならないのは、全員がファンタジーに出て来るような革や金属で造られた鎧やローブを纏っていると言うことだろう。


 広場でもそういった人達を見ている事から、魂の研磨とはそう言った事なのかもしれない。


 ますます、俺は下らないことを頼んだんだろうと後悔してしまう。


「さて、新参者にはきっちり説明しなけりゃ何ねぇよな。本来はギルドの仕事だが、お前さんをいきなりあそこに放り込んだら騒ぎどころじゃ済まんだろう」


 酒場のカウンターに二人で並んで座り、啓司が早速とばかりに話しを切り出した。


 テーブルで酒を飲んでいるグループも、神様と同じ姿をした俺の事が気になるのか、横目でチラリと見ながら聞き耳を立てている様子。


「広場のようなことが起こるって事か」

「それもあるが、ギルドの受付は神様の部下なんだよ。それなのに誰がこの島に送られてくるかも知らされてないらしくてな、そんな所にその姿のお前を送り込んだとなっちゃあ」


 なる程、只でさえ神様はこの島へ来ることは無いそうなのに、いきなりやってきたら混乱するかもって事か。


「流石に、偽物としては本物くらいの見分けは着くんじゃないか?」

「お前は気付いてないかもしれんがな、威厳と言うか何というか、兎も角オーラ見たいのが凄いんだよ」


 それこそ、本物の神様ではないかと思うほどらしい。啓司がわざわざカウンターに座ったのも、正面に座るのは抵抗があるからだとか。


 ふむ、これはある意味武器になる、のか? 悪用は出来そうだけど、問題は俺にそんな度胸があるかどうか。……うむ、断じてない!


「悪いな、話しが逸れた。ここからが肝心の話だ」


 そう言って啓司が話してくれたのは魂の研磨の実態。それは言わば転生権利の争奪戦だった。


 この島の何処かしらに、蒼く光る宝玉が四つ存在する。それを手にした者が即座に転生する事となるそうだ。


 これだと血みどろの争奪戦を思い浮かべてしまうが、実のところ宝玉は一ヶ月経てば補充とランダムでの再配置が行われるらしい。そのため偶然町中、しかも自分の部屋に現れた! なんて事も起こるんだとか。


 運も実力の内とよく言ったもんだけど、運が良ければ研磨も直ぐ終わるって、通販でよくある万能研ぎ機かよって。


「ギルドの初回訪問時には初期装備と共にスマホが貰えてな、そのスマホの中の専用の掲示板で情報交換も頻繁に行われてるんだ。案外、和気あいあいとやってんだよ」


 皆で喜び、皆で悔しがる。そんな関係がこの島では築かれているそうだ。しかしながら、そう語る啓司はドロップアウト組らしい。


 ドロップアウト組とは転生する事を諦めた、いや、それでは言葉が悪いか。それは、この島で生きることを望んだ人達、転生を目指す人達をサポートする事を決めた人達の事だった。


「それで良いのか?」

「望んだ事だ。案外楽しいもんだぜ」


 それもこの島での選択何だろう。俺だって今は転生したい。こんなよく解らない体は直ぐにでもおさらばしたい。


 まぁ、この美貌は嬉しいけど。


 それも含めて、此処での生活で変化があるかもしれない。最初からこの島で生きるために来るなんて人は居ないだろうからな。


「そんじゃ、最後に一つだけ。この島じゃ所謂死に戻りってやつがある。島で死んでも広場に戻るだけだ。嫌になるほど痛いがな」


 宝玉探しは当たり前として、この町に居るときでも油断は出来ないんだそうだ。なんでも、ごく偶に魔物が町を襲撃する事があるらしい。


 魔物とはこの島に住む敵性生物で、ある意味宝玉探しにおける試練のような物。強さもまちまちで、魔物によって違う実力を見極めるのが、新参者から抜け出せるラインになっているみたいだな。


 流石、サポートするのが生業なだけあってちゃんと説明してくれることで。


「これでひとまずは説明も終わりだ。後はギルドに行ってみると良い。今なら噂も広がっているだろうしな」


 何時でも相談に乗ると言ってくれる優しい啓司に別れを告げ、酒を飲んでるグループにもついでに目礼しておく。


 今後の付き合いもあるだろうし、第一印象はよくしておかないとな。


 それじゃあ、ギルドに行きますか。噂が広がってると言っても、どんなん反応が来るかわからない分怖さもあるが、それでも行かなきゃ始まらないのだから、覚悟を決めるしかない。


 この姿も、下手すりゃ一生付き合ってかなきゃいけない物だからなぁ。

 

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