第3章
「じゃあ、わたしは一旦荷物を取りに帰るから、その間黒淵君を借りるね?」
「…分かりました。ただしなるべく早く戻ってきてくださいね。寄り道は厳禁ですよ」
渋々ながら妹に滞在を認められた棺椿は一旦荷物を家に取りに帰るということで、荷物持ち兼ボディガードとして俺もついて行く事になった。
そんな俺を見て妹は出来るだけ早く帰って来るようにと釘を刺した。
「では、私はお二人が帰って来るまでに部屋の準備をしておきます。布団などはあるので棺椿さんは着替えと食糧、歯ブラシなどがあれば充分だと思います。他に必要な物があればそれも持ってきてください。」
「了解〜。あと調味料とかも何個か持ってくるけど必要なのある?」
「私は特に…。棺椿さんが必要と思ったものでいいと思います。そうだ。帰りにスーパーに寄って水があれば出来るだけ買ってきてください。いつ水道が止まるとも限りませんから。」
「オッケー。じゃあ黒淵君、荷物持ちヨロシク〜。」
「あぁ。分かったよ。でもそんなに多くは持てないからな?」
どんどん増えていく荷物を想像して早くもげんなりする。棺椿は絶対に荷物を持つつもりは無いだろう。今から逃げ出したくなって来た…
「さあ〜て。行くよ黒淵君!早く帰って来て部屋でゴロゴロしよう?」
「お前絶対にお嬢様じゃないだろ!お嬢様はゴロゴロなんてしないし言わない!」
「………そんな事よりほら。多分荷物はかなりの量になるだろうから準備運動しなくて大丈夫?」
「話を逸らすな!てか一体どれだけ持たせようとしてんだよ⁉︎」
「うーん。それは黒淵君の態度次第かな〜?」
こ、こいつ卑怯な手を…
「さーてと。わたしはお父さんには友達の家に泊まるって言うけど、その時に黒淵君もついて来てね。」
「はいはい…ってはぁっ⁉︎」
「何驚いてるの?友達を連れて行った方が説得力はあるじゃん。」
「いや、お前の父親は滅茶苦茶怖いって聞いた事あるんですけど⁉︎てかお前の家にプリントを届けに行った男子が廃人みたいになって戻って来たって聞いたけど⁉︎」
「廃人て何?お父さんはそんな事する人じゃないと思うけど。」
「じゃあなんで『すみませんごめんなさい』しか言えなくなった人の噂が立ってんだよ…
日のないところに煙は立たないだろ。」
「そんな事言われても…それなら黒淵君が直接会って見たら?わたしが居たらお父さんもそうそう手荒な事はしないと思うし 。」
確かに棺椿が居れば大丈夫かもしれない。流石に娘の前で何かするとは思えない。
「よーし!それじゃあ今日は黒淵君とお父さんの初顔合わせだし、晩御飯は赤飯にしよっかな。」
「おい。」
そうこうしているうちに棺椿の家が近づいて来た。ここら辺はこの街の中でも高級住宅街に当てはまる。
「なあ。お前の家は何処だ?もうそろそろみたいだけど。」
「ほら。あそこの赤茶色の屋根の家だよ。」
棺椿が指差す方向を見るとそこそこ大きな庭付きの家が見えた。これはもしかしたら本当に棺椿はお嬢様なのかも知れない。
「へぇ。結構大きい家だな。あの庭はお母さんの趣味なのか?」
「ううん。お母さんはわたしが小さい頃に亡くなってるから。」
「えっ、そ、そうなのか…なんか変なこと聞いちゃってゴメン。」
「別に気にしする事無いよ。わたしはもう整理ついてるから。」
「だったらいいんだけど…」
気まずくなってお互い無言で歩き続ける。
「あっ!い、家に着いたよ!」
棺椿が努めて明るい声で指差す方向を見ると、綺麗な庭付きの家が…
「ってあれ?棺椿、お前の家ってこっちじゃ…?」
棺椿は庭付きの家を素通りしてさらに歩いていく。
「え?何言ってるの?わたしの家はこっちだよ?」
そう言って指差した家はどう見ても古き良き日本家屋で、表札には『棺椿組』と掲げてある。
「え、え~っとこれってもしかして、、、」
まさか館椿の家はやの付く自由業のご家庭か?
「なあ、館椿?お前のお父さんは何の仕事をしてるんだ?」
「え~っと。確かお金を貸したり道路工事やビデオ撮影の人を斡旋したりお祭りの屋台を統率したりしてるって言ってたけど。」
本当にやくざだった。
どうしよう。こんな厄介ごとはご遠慮願いたいんだが。今からでも俺だけ買い出しに行ってこよっかな~、、、?
「どうしたの?早く行こうよ。急がないとお水が売り切れちゃうよ?」
こいつ、自分の家のことを何もわかっていない。そりゃまあ、クラスメイトも敬遠するはずだ。
しかし、ここでうかつなことを言ったら本当に指を詰めることになりかねない。さてどうしよう。
「あっ!お父さん!今から友達のうちに泊まりに行ってくるから。しばらく家あけるね。」
館椿が手を振る方を見ると、the・やくざみたいな人が歩いてきた。
「。。。こいつは?」
「黒淵君だよ。泊めてもらう友達だよ。」
ちょっと待とうか。これは絶対的に誤解を食らうルートまっしぐらだ。このままじゃあ俺の命が危ない!
「あ、あの!僕と館椿さんはそこまで私的なお付き合いはしてないというかなんというか...」
「とりあえず立ち会え。話はそれからだ。」
は?今なんてった?立ち合い?
「竹刀ではなく真剣でやるぞ。刀は蔵にあるのを貸そう。それでいいな?」
「え。ちょ、ちょっと待ってください。立ち合いって一体?」
「娘を持っていきたければ俺を倒してからにしろってことだ。」
そう言ってどう猛に笑う館椿父。絶対にこれ誤解されてるよな。とりあえず一言。どうしてこうなった。
それからしばらくして、気づけば道場みたいなところに立っている俺。対面には館椿父ほんとにやる気だこれ。そして周りには黒服の人。これでは逃げる隙間もない。積んだな。
「基本的に寸止めはなし。お互い本気で殺りあう。これでいいな?」
「いや。よろしくねえよ。」
思わず突っ込んでしまったが、周囲の威圧に耐えきれず言葉が出ない。すると何を思ったのか、館椿父は笑いながら言った。
「大丈夫だ。今は殺人罪の限定解除されている。何の問題もない。」
その笑顔とは裏腹に、目は全然笑っていない。怖くなった俺は館椿に助けを求めた。
「館椿!お前が言ってとめてくれ!このままじゃ真面目に殺される!」
「無理だね。」
「そんな無慈悲な」
館椿は初めから説得を諦めている様子だった。
「こうなったらお父さんはだれも止められないよ。それに黒淵君なら大丈夫だって。」
大丈夫じゃないから言ってるんですが...だが、館椿も止められない以上、ここは何とかやり抜くしかないみたいだ。
「準備はいいか。そっちの話が終わったら始めるが。」
「ええいいですよ。」
腹をくくった以上は絶対な生き残る。そうしないと妹も困ってしまうし。
「では。館椿組組長館椿玲音。流派は寒椿流。」
「えーっと。黒淵です。流派は...たしか蒼乱流とか言ってたかな?」
「蒼乱流?聞いたことが無いな。だが、それなら面白そうだ。どこで習ったんだい?」
「昔住んでた家の近所のお兄さんです。メチャクチャ強くて一太刀も当てられませんでしたよ。」
蒼乱流はそのお兄さん直伝で、本来なら門外不出なのだそうだが彼は今後必要になるだろうからと手ほどきをしてくれたのだ。
そして今こうして役に立っている。まさに先見の明を持っていたのだろう。
「なるほどな。是非とも彼と一試合したいものだ。」
「残念ですが、それは無理ですよ。だってもう死んじゃってますから。」
「そうなのか。それは残念だ。貴重な若者が失われてしまったのか。」
そう言った館椿父は少し遠い目をした後、こちらに向き直った。
「では、始めようか。」
「はい。いつでもどうぞ。」
お互いに神経を集中させ、剣に力を込める。
「それではこれより、試合始めっ!」