第2章
翌日、俺は妹が起きる前に市役所へ食糧を貰いに行った。一夜明けると流石に人は減っていたがそれでも何人かの人がちらほらと武器や食糧を貰いに来ていた。
「…食糧を2人分貰いに来ました。」
「………」
無言で食糧を渡されたが、両手で抱えてもキツイ量の袋が2人分貰いにあるせいでうまく歩けない。フラフラしながら道を歩いてると、突然女子生徒に声をかけられた。
「うぉーう。大変そうだね〜。片方持とうか?」
間延びした声に 振り返ると、そこにいたのは昨日話しかけてきた女子生徒だった。
「見たところその量は2人分かな?もし今から2人分のお弁当作るんだったら大変でしょ?手伝おうか?」
この状況下でなければ喜んで頼んでいたが、現状は他人を自宅に招き入れるような迂闊な真似は出来ない。彼女も武器を持っていないとは限らない。いやむしろ武器を持っている可能性の方が高い。今は少しでもリスクを回避することが先決だ。
「………気持ちだけもらっておくよ。それより君はこんな時間に一人で出歩いていて危なくないのか?」
「黒淵君はいい加減クラスメイトの名前を覚えた方が良いと思うよ。私の名前は棺椿玲緒奈。レナでいいよ。」
「やめれ。その呼び方は今の状況だと洒落にならん。棺椿でいいだろう。」
俺がそういうと棺椿は頬を膨らませたが、すぐに元の表情に戻すと俺の右手にあった袋を取った。
「うわー。これ何キロあるの?てゆーかこれを2つも持ってここまで歩いてい来たって、黒淵君て意外と力持ち?」
「これぐらい普通だ。むしろ棺椿の力が足りないんじゃないのか?ものすごく細いし肌白いし。」
「ふふーん。私は箱入り娘だったから肌はとても白いのです。そんじょそこらの人達とは陽射しを浴びた時間が違うのだよ。」
「いや褒めてないし。しかも時間が違うってそれ短い方だろ。自慢にならないじゃん。」
「いやいや。肌の白さは女子の中ではステータスなのだよ。だからこれは長所なのです。」
「貧乳はステータスみたいなもんか。」
わざとまな板を見ながら言ってやると案の定すぐに乗ってきた。
「それとこれとは話が別!大体が牛乳飲んでも背も伸びないし胸も育たないなんておかしい!これは社会の陰謀です!」
「ロリ貧乳が何言っても笑われるだけだ。背や諸々のことは諦めろ。」
「むきーーっ!」
顔を真っ赤にして怒る棺椿を見て可笑しくなった俺は思わず吹き出してしまった。
「わ、笑うなー!」
「ゴメンゴメン。つい妹を見てるみたいだったから。」
「あれ?黒淵君て妹いたんだ。ああ、だからそんなに警戒してたんだね。でも両親がいたら大丈夫じゃない?」
何も知らない棺椿に両親が出て行ったことを伝えるかどうか迷ったが、結局家に着いたら分かることなので正直に話した。
「親はいないよ。昨日出て行った。」
さも何でもないことのように言うと、棺椿は少し固まった。流石に驚くか。
「えっ?じゃあ、今日からどうやって生活するの?」
「いや、別に何か変わるわけじゃないよ。家も食糧もあるし。」
「そういうことじゃなくて!」
棺椿は今までにないくらい真剣な表情で言った。
「これから御飯はどうするの⁉︎」
「は?」
よそのの斜め上をいく問いだった。
「だから御飯!誰が作るの?黒淵君御飯作れるの?」
「いや、そんなことネットで調べれば…」
そこまで言って俺は気づいた。今、この街でネットは使えない。
そのことに気づき愕然とする俺に棺椿はもう一度聞いてきた。
「ねぇ。御飯はどうするの?」
「と、いうわけでこいつが今日から御飯を作ってくれることになった。」
「ふわぁ?」
結局、棺椿を家に上げてしまった。そしてそのまま、起きてきた妹と鉢合わせして今に至る。
「えっ?ちょっと現状が理解できないんだけど。お兄ちゃん、説明して。」
「いや。説明してと言われてもさっき言った通り、俺もおまえも御飯を作れないからこいつに作ってもらうだけだ。」
「そしてあわよくば黒淵君の家に永久就職…」
「俺の話に変な内容を付け加えるな!」
「お兄ちゃんー?ちょっと上で二人だけで話しようか?棺椿さん、少し待っていてくださいね。すぐ終わりますから。」
妹の笑顔の裏に底知れぬ恐怖を感じ、棺椿にアイコンタクトを送って助けを求めるも、何を勘違いしたのか笑顔で手を振りやがった。
「大丈夫だよー。その間に今日の御飯を作っておくから。」
「いえ。すぐ終わらせますのでもう少し待っていてください。そしたら一緒に作りましょう? さあお兄ちゃん、わたしと二人だけで話をしよう?」
そう言うと俺を物凄い力を入れて引っ張っていった。
「痛い痛い!ちょっと力入れ過ぎ自分で歩けるからくぎゃあー!」
「もう、仲いいなぁ〜。お姉さん妬いちゃうぞ?」
「お前もう喋るなこれ以上話をややこしくするな!」
俺の首根っこを引くてにますます力が入りいよいよ命の危険を感じ始めた。
「早く行こう、お兄ちゃん?」
「待て、やめろ!そうだ話をしよう?そうすればきっと分かり合えるはずだ!」
「だから今から話をしに行くんじゃない。大丈夫。手は出さないから。」
「いやそれ手は出さないけど足が出るってやつでしょ⁉︎離してくれ。誤解だ、俺は、俺は無罪だーー!」
「で?何であんな人をつれてきたのか説明して。答え如何によっては…」
そう言ってスタンガンを取り出すと、カチッバチバチバチバチッ!
「こうなるから、気をつけてね?」
「ハ、ハイ…」
妹の脅しに俺は、蛇に睨まれたカエルのようにただ頷くしかできなかった。
「じゃあまずはあの女との馴れ初めから聞きましょうか。」
「棺椿とは席が隣なだけで特に何もない」
ガスッ
突然脇腹を殴られた。
「痛いーっ!何すんだ急に!」
「手が震えて思わず振り下ろしてた。」
「故意の悪意だ⁉︎」
明確な悪意が見え透いていて逆に怖い。
「じゃあ何?ただのクラスメイトがたまたま道路ですれ違ってたまたま家に呼ぶことになってたまたまその人が料理が出来るから専属の料理人になってもらうことになったと?余りにも都合が良すぎませんか?絶対に何か裏があります。」
無駄に丁寧な口調で逆に怖い完全にマジギレモードだコレ...
「そう言われてもなぁ…」
「何ですか。何か文句でも?ここまで状況が整うなんてまず偶然ではあり得ません。もし偶然だったとしても現状からして信用するのはリスクが大き過ぎるかと。」
「確かそれもそうなんだが…でもあいつはなんか違う気がする。」
俺がそう断言すると妹はしかめ面を作って腕を組んだ。
「何がそんなにあの女を庇う理由になるのですか?いちいちこういう事態の中でもお人好しが過ぎるのはお兄さまの悪い癖ですよ。」
『お兄様』がでてやがる...。これが出たら死亡フラグなんですがそれは。
「いや、お人好しとかそういうんじゃ無くて単純に今の状況で女の子が一人で歩くのは余りに危険だから、食事の御礼に家まで送り届けようかと思って。」
「それは彼女から提案してきたのですか?」
「まさか。料理のお礼として今から言おうと思っていたんだよ。」
俺が言うと妹は露骨に溜息をついた。
「お兄さまは馬鹿ですか?人に頼まれていない善意での行動をお人好しと言うんですよ。お兄さまはもう一度小学校からやり直したらどうですか?」
何ともひどい言われようだ。だが正論過ぎて反論出来ない。
「やはり私は、あの女を追い出した方がいいと思います。見知らぬ人に突然親切の押し売りをする人なんて信用出来ません。」
…何故だろう。俺まで責められてるように感じる。
「とにかく、早いこと料理を作ってもらって家に送り返してください。私は料理を手伝ってなるべく早く帰るように仕向けますから。」
そう言って妹は一階に降りていった。
残された俺は昨日初めて言葉を交わしたばかりのクラスメイトのことを考えていた。
妹は信用ならないと言ったが、俺にはそうは思えなかった。
確かにこの状況での棺椿のあの行動は誤解を招くかもしれない。けれど、あの時に袋を持とうとしてくれたのは彼女の本心だと思っている。その親切が疑われるのだとしたら、俺はその疑いを晴らしてやりたいと思う。
その為には、まず妹から説得しなければならない。
そう思って俺が一階に下りると、そこには修羅場が広がっていた。正確には妹が一方的に敵意を剥き出しにしているのを棺椿がナチュラルに受け流してそれに怒って妹が再び敵意を(re となっていたわけで、完全に妹の一人相撲だったのだが。
「大丈夫ですから。てつだいますよ?だから早く棺椿さんは休んで下さい。兄が家に送りますから。」
「いいよいいよ。そんなこと気にしなくても。」
「いえ、せっかく料理を作ってもらっていただくのに少しだけでもお礼をさせて下さい。ねぇ、お兄ちゃん?」
「えっ。あーっと。ちょっとその事で話があるんだけど…」
おずおずと切り出すと妹は露骨に不機嫌そうな顔をした。
「なんですか?さっき話は終わりましたよね?また話を蒸し返すのは時間の無駄だと思いますが。なんなら今ここで話をしますか?」
「いや、それはちょっと…だって本人が目の前に居るし。」
「お兄ちゃんはまた棺椿さんには甘いんですね〜。たまたま名前が似ているからと言って同じ扱いをしないようにして下さいな。彼女は別人ですよ。そこのところ間違え取り違えないでくださいね?」
「お前は勘違しているようだが俺は別にアイツと同じ名前だからと言っている訳じゃない。お前が棺椿の事を邪推しているようだから言っているんだ。」
「私はお兄さまの事を心配して言っているのですよ!この際だからハッキリと言いますが私は棺椿さんを信用していません。むしろ敵対心を持っています。」
「おい!棺椿が目の前にいるのに何言ってんだよ!」
「だから言っているんです!お兄さまに取り入って家に上がり込む様な人を信用できる訳無いじゃないですか!それに料理を任せるということはお兄さまと私の命を預ける様なものだということを自覚して下さい!お兄さまは今とても無防備なんですよ。あの女のさじ加減ひとつで明日の命が決まってしまう程に!」
その言葉を聞いて俺は棺椿の方を見ると、棺椿は下を向いて肩を震わせていた。
その様子を見て妹は勝ち誇った様にしていたが、その態度はすぐに砕かれることとなる。
「ふ、ふふふ。はははは!あはははっ!」
突然笑い始めた棺椿に呆然としていた俺たちを見て棺椿は更に笑いだす。
「ははっ!相変わらず黒淵君と妹さんは面白いね。今時わたくしやお兄さまなんて言う子は滅多にいないよ。黒淵君家はどんだけ古風なのさ。」
そう言って笑う棺椿にかける言葉が見つからないでいると、棺椿の方から話を振ってきた。
「妹さんもそんなに心配ならわたしが毒味をするよ?それでいい?」
邪気の無い笑顔で聞かれてすっかり毒気を抜かれた妹はおとなしく頷いた。
こうしてめでたく妹と棺椿は和解したのだが、ひとつだけ忘れていたことがあった。
「なぁ。ずっと火がつきっぱなしなんだがあの鍋は大丈夫なのか?」
俺が指差した先には黒い煙が出ている鍋があった。
『………』
争いは何も生まないということを実感した出来事だった。