第一章
俺は部屋の隅で震えていた。
歯がガチガチと鳴るがそんなことにも気付かずにただひたすら小さくなって震える。
嗚呼、何故こんなことになってしまったんだろうか?俺は一体どこで間違ったんだろう?
今日までの20日間をどのように過ごせばよかったのだろうか?あの時に抵抗をしなければよかったのか?それともあの時に配給所に行かなければ?
様々な可能性が脳裏をよぎる。
いや、しかしこうなることは遥か前から決まっていたのだろう。だとしたらどちらにしても同じことだ。
では、もしそうだとしたら俺は、一体どうすればよかったのだろう。
なぁ。誰か、俺に教えてくれよ。
一体どうするのが正解だったんだ?
その日、学校は騒然としていた。
全てのクラスで噂が飛び交い、様々な憶測が生まれ、そこからまた新たな噂が生まれる。
そういった不毛な妄想に花を咲かせているクラスメイトを傍目に、俺はいつも通りに席に着き、いつも通りに本を読んでいた。
「なぁなぁ。黒淵、だっけ?」
突然、クラスメイトから話しかけられ顔を上げる。話しかけてきたやつの顔を見て瞬時に名前が浮かばない。たしか式元という名前だったはずだ。クラスの中心人物で取り巻きも多く、そこそこ女子にもモテる。つまりは絵に描いたようなリア充だ。
「なんか一人だけ落ち着いてるからさ。何か知ってるのかと思って。もし知ってたら教えてくんない?」
そのチャラチャラした表情からは危機感が感じられなかった。
「…なんでそんなことに興味を持つんだ?」
「え〜。何でって言われたって、逆に黒淵は今の状況に違和感を感じないの?」
「今の状況ね…」
俺は窓の外を見る。するとつられて式元も外を見る。
俺たちの視線の先にあるのは、真っ白い壁だけだった。
「ほんと参っちゃってるんだよ。ネットは使えないし外部との連絡も取れない。ほんとはた迷惑な話しでさ。」
やれやれと首をふる式元は、そこで初めて真剣に悩んでいる様子だった。
「この町の外に家族が居るのか?」
ふと可能性が思いついたので、聞いてみた。もしそうだとしたら確かに気が気でないだろう。
「いや、家族は全員居るよ。ただ…」
「ただ?」
「日曜日に会う約束した彼女と会えるのか心配になってな。」
バカみたいにそんなくだらないことに執着する式元を見て思わず溜息が出る。
心配して損した。それが正直な感想だった。
「でさ、何か知ってる?壁の件だったら何でもいいから。」
「さあな。もしかしたら壁の外に巨人が大量発生でもしたんじゃないのか?」
呆れた俺はそう言って適当に返す。
「ああ〜。そうかもしんないな。だったら俺たちも戦わないといけないかもな。困ったなー。俺は体育得意じゃないのに。」
式元もそういっておどけると、すぐに別な人に話を聞きに行った。おそらく、俺は何も情報を持ってないと判断したんだろう。
「はあぁ〜…」
溜息をついて机に突っ伏す。見知らぬ人に話しかけられて朝から疲れた。コミュ障の人間にはこれだけでもかなりの苦痛なのだ。
周囲は相変わらず噂話に花を咲かせている。これは宇宙からの侵略である、この町はかつて核実験が行われていた等々。荒唐無稽な話をしてほんとうに何が楽しいのか。
「………」
何度見ても白い壁はそこにある。これは夢ではない。ならば何らかの対処が必要だ。しかし何から始めればいいかわからない。
「詰んだー!」
俺は頭を抱えて机に倒れ込んだ。少しばかり大声をあげてしまったが、周りはちらとこちらを見るだけですぐに自分達の話に戻ってしまう。俺のクラス内での立場はつまりはそういうことだ。
そんなクラスを他所に俺は机に顔を伏せたまま、今朝の出来事を思い出していた。
今朝、まず異変に気付いたのは妹だった。妹は毎朝目覚ましテレビが始まる1時間前には起きてネットを見、その後時間になれば目覚ましテレビを見に下に降りる。
しかし、今朝はなぜかネットが使えなかったという。仕方なくいつもより早く下に降りてテレビをつけていた。そうしているうちに目覚ましテレビの時間となりチャンネルを変える。するとしばらくして画面の異変に気が付いた。ニュースが昨日から変わっていないのだ。
最初は何か放送事故かと思ったが不思議に思い(その理由が目覚ましテレビがまさかそんな単純な事故を起こすはずがないという若干妄信的な理由だったのだが)外の様子を見に行った。
するとそこには町を囲むように建てられた壁があったというわけだ。
その事態に妹はしばし呆然としていたが慌てて家に戻り家族全員をたたき起こして事情を説明したというわけだ。そんな訳で俺は比較的余裕を持ってこの異常事態に向き合うことができた。そういう意味では妹に感謝している。一歩間違えたら俺もこの喧騒に飲まれていただろうから。
だから式元は、俺が何か事情を知ってるのかと勘違いした訳だが単に情報の速さが落ち着いている人とそうでない人の受け止め方の違いだろう。
と、その時、突然サイレンの音が鳴った。それは街全体に情報を行き渡らせる為に作られた訳なので、それが鳴ったということは…
「非常事態宣言か?」
この音が鳴ったことは未だなかったのでよくわからなかったが、おそらく全員避難場所に集められるだろう。
『これより、皆様には市役所で腕時計型ペースメーカーを配布致します。配られ次第装着して随時情報を配信致します。繰り返します____』
しかし、予想とは違った。市役所でペースメーカーを配布する?何の意味があるのか分からなかった。それより避難が優先ではないのか?
「それなら大丈夫ですよ。この街は防災対策の実験都市ですから。多少の事では動じないです。」
「お、おぉう。」
隣の女子に突然話しかけられて一瞬驚いたが、その女子は特に気にした様子も無くに荷物をまとめ始めた。おそらく彼女にとってはこの程度会話は話した内にも入らないのだろう。俺とは別次元の存在だ。
しかし、俺も帰らないといけなさそうだな。わざわざ学校に来たというのに早くも下校となり、俺は早く起きた事を後悔した。
あぁ、眠い。早く帰って寝よう。
帰宅後、俺は妹と市役所にペースメーカーを貰いに行った。妹はデザインが気に入らなかったらしくずっと文句を言っていたが、それでも不承不承装着するとさっそく友達の元へと走り去っていった。
一人取り残された俺はさっさと家に帰って布団に潜り込んだ。布団は気持ち良く、俺はすぐに眠りに落ちた。
目を覚ますと、日が暮れていた。
えっ⁉︎今何時?ヤバい寝過ごした!
ペースメーカーの時計を見るともうすでに午後6時だった。完全に寝 過 ご し た。
まっずい!今日金曜日なのに!ドラえもん始まっちゃう!
…これこそが一部でテレビ兄妹と呼ばれる所以なのだが、その事に気づくのはもう少し後である。
リリリリリリン!
慌てて階段を降りていると突然アラーム音が鳴った。その音に驚いて脚を滑らしてしまう。となると今の状況からいってどうなるかと言うと…
ドタドタバッタンボキドグシャ!
絶対に身体から鳴ってはいけない音が鳴ってしまった。むしろ意識がある方が不思議だ。
「痛っーー。何だよいきなり…」
思わずアラーム音に文句を言いつつメッセージを開いた。
《皆様への重要なお知らせ》
本日午前0時より、封鎖されていたこの街を舞台として本日午前6時よりサバイバルゲームを開始いたします。
ルール説明
・制限時間は168時間。
・制限時間内にこのゲームの黒幕を殺害することでゲームクリア。この街の封鎖を解除します。
・制限時間内にゲームクリア出来なければ全員死亡します。
・食糧は一週間分を市役所にて配給します。
・リタイアする場合にはペースメーカーの安楽死コマンドを押してください。最低限の痛みで死亡することが出来ます。
・武器は市役所にて先着順で配布します。
・ゲーム中は殺人が許可されます
・以上のルールは改変及び追加が行われる事があります。
それでは皆様の健闘をお祈りいたします。
「は、はぁ⁉︎なんだよこれ!どういう事だよ⁉︎」
突然のサバイバルゲームの開始に俺が戸惑いを隠せないでいると、妹が駆け寄ってきた。
「ねぇ、これどういう事⁉︎何が起きてるの⁉︎みんな死ぬってどういうこと⁉︎」
妹はいまにも泣き出しそうな顔で聞いてきた。
「分からない。だけど、少なくとも今すぐ市役所に行って武器を貰うのが最善手だと思う。さ、早く準備して!」
「う、うん…」
俺の鬼気迫る表情を見て妹は慌てて自分の部屋にバックを取りに行った。
「さ、早く!武器が無くならないうちに!」
俺は妹の手を取り市役所へ走り出した。
「うわあ、すごい人…」
市役所に着いた妹は思わずそう言っていたがまさにその通りだった。見渡すばかり人で溢れている。
しかし、その中でも異質なのは列に並ぶ人々が殺気だって武器を欲しているという点だ。
その中には見知ったクラスメイトの顔も何個かあり、同じく殺気だった様子で武器を欲していた。
「………」
俺たちの番になると、黒いフードを被った係員が機械的に無表情に武器を渡してきた。
「あ、ありがとうございます…」
小さな声で言って素早く場を離れた。あれ以上あの場に居るとあの雰囲気にあてられそうだったからだ。
俺たちが手渡されたのは刃渡が確実に銃刀法に触れるサバイバルナイフと改造スタンガンだった。
妹にスタンガンを手渡し、2人で走って家に帰った。
家に帰ると両親は食糧を貰いに行ったと置き手紙があった。そしてその日は2人して早々に風呂に入って両親が帰るのを待った。
しかし、その日以降両親が帰ってくる事はなかった。