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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

崖っぷちのBL紛いの何かで何たら書いたらこうなりました

作者: keisei1

 この物語には可愛い女の子は出てこない。異世界に転生してハーレムを作る男も、あるいは英雄になる男も。ただそこにあるのは冷たく、殺伐とした現実だけだ。


 この物語の主人公は、コンビニで働くごく普通の青年、社会にちょっとだけ不満を持って、時に胸の内で世間をdisり、成功者が転落したのを見ては「ざまぁ」と思う、少しだけ屈折した青年である。


 彼の名前は如月伸弥きさらぎしんや。短く髪の毛を整え、赤を基調とした私服がやや印象的だ。だがコンビニでのお賃金で、何とか生活費を稼ぐだけの生活を送る、平凡を地で行くような彼にも一つだけ、夢中になれる趣味がある。


 それは音楽だ。彼が音楽に傾ける情熱は凄まじく、SNSで出逢った友人に評論家にでもなったらどうか、と言われるほどだ。もっとも彼の音楽への関わり方は、演奏する方ではなく、もっぱら聴く方なのだが。



「このバンドの音色には何一つ無駄なものがないんだ。『曲』という一つのドラマを完成させるために、ちょっとしたSEだって工夫されているんだよ」



 若干厚かましい感じもする彼の音楽への情熱だが、そこはそれ、やはり胸に熱いものが秘められているだけあり、聞く者を魅了する「何か」があった。如月伸弥。彼にも経営学者ピーター・ドラッガー言うところの「私が出逢った人間の中で退屈な人間などいない。私が出逢った人物の中で最も退屈に思えた銀行家でさえも、切手の話になると驚くべき情熱を見せた」に当てはまる「何か」があったのである。


 そんな如月だが、毎日のように音楽への情熱を注ぐわけにも行かず、日々の忙しさに追いかけられる日々を送ってはいる。彼の勤務先の同僚で、北欧からの留学生アルヴァ―君は、陳列棚に商品を並べながら、こう愚痴ってみせる。



「全く、日本人の働き者っぷりには目を見張るものがアルね。そうまでして労働に献身的でなくてもイイのにネ」


 アルヴァ―君は優れたマーケティングの学生である。と、同時に切れ長の瞳が美しく、小さな細面の顔立ちは、女性的で男性でさえ惹きつける魅力があった。ただ一つ欠陥なのが、彼は無性に、度が過ぎるほど女好きの女たらしであるという、その一点だけであった。


「まぁ、そう言うなよ。アルヴァ―。日本人がこれだけ働き者だったからこそ、最貧の屈辱を味わった敗戦、焼け野原から立ち直ったんだから」 


「にしても働き過ぎですよ。如月君。ギリシアなんか昼休みが三時間もあったんですよ。……まぁ、だから経済破綻したんデスが」


 アルヴァ―君もさすがマーケティングリサーチにの才に長けているだけあって、そこそこにリアルが見えてはいるらしい。


「よくよく分かってるじゃないか。アルヴァ―。働きアリなら働きアリらしく、働くのも『普通』だと思うぞ」


「どうもその辺、納得デキませーん」


「やれやれだぜ」


  

 そんな無味乾燥な会話を交わしながらも、二人は終業の時間を待つ。働きながらひたすらに待つ。やがて終業間近。何かを思い立ったのかアルヴァ―君は、如月にとある提案を持ちかける。



「如月君。いつも音楽、音楽ばかりで退屈でしょう。たまには女の子と遊ぶのも、イイですよー。どうです? これから女の子を誘いに行きませんか? いわゆる『ナンパ』という奴デース」


「『ナンパ?』。ナンパねぇ」


「そうです。思いっきり羽根を伸ばしましょうー!」



 如月は音楽に熱中しているが、女の子に気がないわけでは、もちろんない。自分など女性が構ってくれるはずもないと思い込んでいるだけだ。そんな彼を、如月伸弥君を、夢のある、パーティーピーポーのリア充世界へ連れ出してくれるにはアルヴァー君は、格好の触媒だったのである。


 如月は「うーん」としばらく考えたのち、重い腰をあげる。



「それじゃあ、今日は好きなバンドのライヴもないし。行きますか! ナンパとやらに」


「そうデース! 行きましょう。羽根を自由に伸ばすのデース!」



 かくして二人は90年代ハードロックバンドの客層よろしく、右の拳を振り上げて、街へとナンパへ向かうのだった。


 ナンパで街中へ、と言っても当然「道中」というものがある。スクーターに乗って、街中へと向かう最中、二人は教会の近くで、これまた一際美しい容貌の女性を見つけた。手が早く、何事も手早く済ませる性分のアルヴァ―君が、如月に言ってのける。



「オー! 目的地に着く前にいい物件、お目当ての物件が見つかりましたネー。これすなわち『棚からボタモチ』という奴ですねー。ではレッツゴー」



 いつもの軽い調子で、教会の傍にいる女性に言い寄ろうとするアルヴァ―君。だがそれをやはり少しは信心深いものがある、如月が止める。



「ちょっと待った! アルヴァー。幾らなんでも目当ての女、好みの女を見つけたからって、曲りなりにもだよ? 教会の近くでナンパするなんて品がない、いや、アルヴァ―の母国いうところの不信心ではないかい?」



 その畏まって、格式張った物言いの如月をアルヴァーが一蹴する。



「ノンノンノンノン。『不信心』だなんて古い考え方もいいところネー。もっぱらヨーロッパでは現世での生活を謳歌するのがトレンドなのですよ。如月君。かのニーチェも言ったではないですか『神は死んだ』と」


「うぬぬ。やはり気が引けるものがあるが、カトリックのアルヴァーが言うなら信じよう。現世での生活を謳歌。それはいいことだ」



 そう言葉を交わして意気投合した二人は、教会の片隅で佇む、黒く長い髪の美しい女性に声をかけることにした。二人はそっとその女性の顔を覗き込み、誘うように、話しかける。その辺りは女性慣れして、容姿も美しく、女性の扱いにも一日の長があるアルヴァ―君が、如月をリードする立場にある。



「ネーネーネー。そこの美しいお嬢さん。あなたみたいなキレイな人が教会に立ち寄ってるなんて、何だかロマンティックさもいいところネー。あなたみたいな、しおらしく美しい女性を僕達探していたことよー」



 陽気で気軽に女性に声をかけるアルヴァ―君は、如月にも同意を求める。



「ねー、如月君」


「あ、ああ。何だか、あなたみたいな黒髪の綺麗な人が教会に用があるなんて、こうミスマッチで、とってもいい雰囲気だよ。良かったら、一緒にどこか遊びに行かない?」



 するとアルヴァ―君と如月君の誘い文句を耳にした女性は振り返り、それは美しく、憂い気な瞳でこう言うのだった。



「私、『腐って』るんです」


「オー、『腐ってる』。それはよくない。現世的価値観に溺れて、その罪を教会であがなおうというわけですネー。それもまた一興。だがしかし! ネー、如月君」


「お、おう。そうだよ。君みたいな人が『腐って』るなんて自己否定するのは間違ってるよ。君にとって大切なのは、そう! 『人生を謳歌』することじゃないかな」


 そうやって二人の軽やかな誘い文句に乗って、その女性は心を開くはずだった。はずだった。だがしかし! 驚くべきことに彼女の口から放たれたのは、紛うことなき『腐りきった言葉』あった。



「はぁ!? テメェら二人、何言ってんの!? マジワケわかんねぇ! 私が『腐ってる』ってのは『腐女子』だってことだよ! 最近腐り具合に度が過ぎ出したから、こうして教会で一旦身を清めて、また『腐生活』に身を投じようとしてるだけ! 軽々しく女に声かける野郎どもに用なんてねぇんだよ!」



 そう罵声を浴びせられて、アルヴァ―君と如月の二人は当然の如く、唖然として口が塞がらない。そんな二人に追い打ちをかけるように、畳みかけるように、その女は怒鳴り散らして、二人を危うい世界へ誘う。



「あー!? 何が『ミスマッチ』だ! 何が『人生を謳歌』だ! こっちは腐りきってるから十分人生満足してんだよ! 何ならなにか? あんたらを私の妄想世界に連れ込んで、『ウケ』と『セメ』で『ヒィヒィ、アヘアヘ』言わしたろか!」



 アルヴァ―君と如月はもちろんのこと開いた口が塞がらない。なおも女は最後の制裁、最後の鉄槌を二人に振り下ろす。



「さしづめ女みたなルックスしたそっちの外国野郎が『ウケ』で、冴えない容姿のちょっと男くさいテメェが『セメ』ってところかねー! 私の妄想モードももう止まらなくなってきたよ! さぁ、あんたら二人は、私に愛想尽かされたモン同士、手に手を取り合って! 上と下でヒィヒィ、アヘアヘ言ってな!」



 その瞬間、教会の鐘が響き渡り、音楽に特殊な感性、感受性を持つ如月の何かが壊れ、そしてマーケティングリサーチの熟練者でもあるアルヴァー君の何かも、その法則性が失われたゆえに壊れた。

 

 如月は青く美しい、アルヴァ―君の瞳を覗き込み、息を飲んでこう告げる



「ア、アルヴァー。そういや、お前の容姿って女みたいでキレイだよな。手足もほっそりとして魅力的で」


「き、如月君。オー、ノー。アルね」


「ア、アルヴァー。良ければ俺と」


「如月君……」


 

 そうしてアルヴァ―君と如月君のナンパ師二人は、完璧に腐りきった「腐女子の腐」の鉄槌によって危うい世界へと導かれていくのだった。教会を立ち去って行く長く黒い髪の美しい、腐女子のため息交じりの言葉をこう残して。



「フッ。やはり私は罪深い」



 この物語には可愛い女の子は出てこない。異世界に転生してハーレムを作る男も、あるいは英雄になる男も。ただそこにあるのは冷たく、殺伐とした現実だけだ。かようにして、冒頭、私が著述したようにこの物語は幕を降ろすのだった。劇終。




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