地獄へ道づれ(四)
長い廊下の向こうは大広間になっており、そこから城内の各施設へ行けるようになっている。
その境界に、ゲートがあった。
ラゴス軍が設置した合金製の扉だ。
アシの撃ち込んだパンツァーファウストにもびくともしない。
重戦車の装甲に穴をあけられる兵器だが、ゲートには全く損傷を与えられなかった。
「さすがは対魔法合金、なみの火力じゃ傷ひとつ付けられないってことか」
感心するブルームーンに、なぜかドヤ顔でクスノキ少佐が言った。
「魔法遮断壁に使われるミスリル・アルゲンチウムは、あらゆる種類の魔力を遮断してまう。そやけどこのゲートは、それだけやないんやで。追加効果を発生させるため、壁一面にルーンの聖句を刻印してあるねん」
「追加効果?」
彼女はうんうんとうなずいた。
「このゲートはな、魔法だけやなく、火薬の燃焼まで無効化されるよう設計されてるんや。せやから、たとえ近代兵器が相手であっても安心安全、無反動砲ぶっ放なされたかてダメージは受けへんちゅうわけやな」
「なるほど」
「ちなみにこの先にある大広間は、壁も、床も、天井も、すべておなじ素材でリフォームされてるから、気ィつけや」
「え? てことは……」
クスノキ少佐が、えっへんと胸を張った。
「ひとたびこのゲートをくぐったら最後、大広間を抜けるまで銃火器は使えへんいうことやな」
「え、うそ、アシちゃん大ショック……」
廊下のすみでアシが、へなへなと体育座りした。
「銃が使えないんじゃ、アシちゃんただのか弱い女の子だよ。しようがない、今日はもう授業のジャマにならないよう、ここでずっと見学してるね」
「あ、ずるいわ」
クスノキ少佐もやって来て、となりへ腰を下ろした。
「あんたが行かへんのやったら、うちも一緒に見学するで。ブルマー忘れてきたし」
「え、マンコは戦いなよー。ブラックジャックの再来と言われたメス使いの達人なんでしょ?」
「あかんあかん、うちはそもそも頭脳派なんや。それに患者の同意なき執刀は医療行為とみなされず、医事法違反になってまうねん」
「なんだそっかー、じゃあマンコも一緒に見学するしかないよね」
「うんうん、せやな」
ブルームーンが拳を振りあげた。
「この役立たず、おまいそれでも誇り高きペーシュダードの騎士か。銃が使えないくらいなんだ、騎士ならば剣を取って戦えっ」
「えー、包丁振り回すなんて野蛮人のやることじゃん」
「包丁とか言うな、これは武人の魂だぞっ」
ブルームーンは腰からムラマサを抜き放つと、天井へ向かって突きあげた。
「磨け心の日本刀、進め一億火の玉だ――」
アシがパチパチパチと拍手する。
「よっ、待ってました、日本一」
「欲しがりません勝つまでは、笑顔で受け取ろう招集令状――」
「えと……なにそれ?」
「わたしが考えたペーシュダード騎士団標語だ」
「くそダサっ」
ミキ・ミキは、ルーンの影響でたばこに火が付けられず苦心していた。そこへクスノキ少佐がやって来て、心配そうな顔で尋ねる。
「なあ、あんた銃の腕まえはなかなかのもんやったけど、剣の心得のほうはどないや、そこそこ使えるんか?」
「ん?」
視線をあげたとたん火が付いて、ゆっくりとけむりを吸い込む。
「格闘術はひと通り学んだが、本格的に剣を習ったことはない。せいぜいがコンバットナイフを使っての近接戦くらいだ」
「さよか……」
クスノキ少佐は、落胆してため息をついた。
「ええか、火器が使えないのはラゴス軍も一緒や。せやから、おそらくゲートの向こうでは、武術の達人みたいなのが得物を持って大勢で待ち構えてると思う。こっちもそれなりの武器を用意しておかないと、一方的にやられてまうで」
「大丈夫だ 」
ミキ・ミキは、背負っていた軍用のバックパックから一本の角材を取り出した。
「剣は扱えないが、俺にはこれがある」
角材は、殺傷力を高めるためところどころに折れ釘が打ち込んであり、握りの部分には滑り止めのテープが巻かれていた。
クスノキ少佐が、ぽかんと口を開けた。
「……なんやそれ?」
「これはゲバルト棒といって、日出ずる国の革命家たちが武力衝突のさいに使用した、由緒正しい武器だ」
「あんた正気か? こんな木の棒で戦えるわけないやろ、半グレの抗争やないんやで、相手はラゴスの正規軍や、戦争なめとったらあかん」
「心配には及ばん。むかしはこれと火炎ビンだけで、機動隊や放水車へ立ち向かっていったんだからな」
「ハア、おめでたいこっちゃ。これであとヘルメットと防塵マスクとサングラスがあれば完璧やな」
「連帯をもとめて孤立を恐れず、力尽くさずして挫けることを拒否する、という素晴らしい言葉を知らないのか?」
「知るか、ホンマよう言わんわっ」
言い争うふたりのあいだにアシが「まあまあ」と割って入った。
「ケンカはやめなよ。多勢に無勢でも、ちからを合わせて戦えばなんとかなるよ。こんなときこそマンコと先輩とムキムキが、心をひとつにして頑張らなきゃ」
「あんたはガチで見学する気満々やな!」
そこへ、しんがりをつとめていたルーダーベが駆け込んできた。
「大変よ、入り口を装甲車で塞がれてしまったわ。早く先へ進まないと、私たちこのままではふくろのネズミよ」
ブルームーンはクスノキ少佐の肩をポンと叩いた。
「よし、ギンちゃん頼む」
「しゃあない、もうやるしかあらへん」
クスノキ少佐は、ゲートのわきにある静脈認証装置に手のひらをかざした。セキュリティランプの点灯が赤から緑へと切り替わる。つづいてその横にある小型のキーボードへ、暗証番号のローマ字を打ち込んだ。
HIRAKEGOMA
ガコンとロックが外れ、圧搾空気の音とともに扉がゆっくりと開いてゆく。
アシがフーセンガムをパチンと鳴らした。
「パスワードくそダサっ」