地獄へ道づれ(三)
周囲の空気が一変した。
サーチライトで照らされた大地からゆらゆらと陽炎が立ちのぼる。
銃をかまえ前進していたラゴス兵は、みなその熱気を吸い込んでゴホゴホとむせはじめた。
ルーダーベの詠唱はつづく。
また見しに視よ 火の柱 はるか高みにまでのぼりて 天軍の長とならん
その剣 汝の敵を焼き払い やがて雷火のごとく 深淵へなだれ落つべし
プリンケプス ミリシア カエレスティス ――アメン
閃光が走った。
ルーダーベを中心に青白い波紋がひろがり、一呼吸おいて、轟々と渦を巻く炎のかたまりが大地を薙ぎ払った。
兵士たちは一瞬にして動きを止めた。
サーチライトの明かりに、それはもはや黒い影絵としか見えなかった。
バリケードの残骸から、モクモクとくすぶった煙があがっている。
ゴトッ――だれかが銃を取り落とした。
それを合図に、あちこちで炭化した肉体がボロボロと崩れはじめた。
「火加減が難しいから肉料理って苦手なのよね。むかしはスペアリブをよく消し炭に変えて、おばあさまに叱られたものだわ」
長い髪を鬱陶しそうにかきあげてルーダーベがつぶやいた。
わずかに生き残った兵士たちは、そんな彼女を遠巻きにしてジリジリと後退をはじめた。
「くっ、なんて女だ……」
城の入り口にある大扉は、片方だけが開かれていた。
そこへ暗視スコープを付けた城兵たちが現れ、すばやく陣形を組んだ。
いったん石像の陰に身を潜めたブルームーンは、それを見て嬉しそうにくちびるを舐めた。
「おいミキ・ミキ、このまま強行突破するぞ。捷一号作戦の発動だ」
レミントンM四〇の銃床を肩に当て、迎撃の態勢を取っていたミキ・ミキは、あきれた顔でブルームーンを見あげた。
「なんだそりゃ。銃剣かかえて国王陛下バンザーイとか叫びながら突撃するのか?」
「おまいの冗談っていつも笑えないんだよね」
「そりゃどうも。そっちこそ作戦名がセンス悪すぎだと思うけどな」
「はあ? じゃあどういうのが良いか言ってみろよ」
「――革命軍武装蜂起」
「やめろ、ジンマシンが出る」
ため息をついてから、ブルームーンは虚空へ向かってリフラクトの呪文を唱えた。
ディフェンデ ノス イン プロフェリオ
われ 宇宙の法にそむき 五番目の元素を 行使するものなり
クー クー メノア イ ネ
ぐにゃりと視界が歪んだ。
高密度のエーテル層が周囲の光を屈折させ、反射の法則を妨げる。それによって銃の照準を狂わせるのだ。
「行くぞっ」
ブルームーンは、身を屈めたまま物陰から飛び出した。
あわててミキ・ミキが後を追いかける。
「おい、無茶すんなよ」
敵の銃撃が始まった。
リフラクトの効果で弾はすれすれのところをかすめてゆくが、あくまで照準を狂わせているだけだ。いつ被弾しないとも限らない。
「ちっ、仕方ねえな――」
ミキ・ミキは、ベルトに吊っている手榴弾のピンを抜いて放り投げた。
「ほらよっ」
放物線を描いた手榴弾は、膝射ちの姿勢で銃をかまえる兵士たちの視線を飛び越え、床のうえでトントンと跳ねた。
「……うわマズいっ」
あわてて逃れようとするが遅い。
轟音とともに大扉が吹き飛び、粉塵と瓦礫のなか、爆死した兵士たちの死体が折り重なってゆく。
ブルームーンが悲鳴とともに目を吊りあげた。
「ばっかやろう、むやみに城を壊すんじゃない。国の重要文化財だぞっ」
「でも今は敵の司令部があるんだろう。それに入り口を素通しにしておいたほうが、後続のやつらが攻め込むとき便利じゃないのか」
「ふざけんな、籠城するとき逆に守りづらくなるだろうがっ」
ラゴス兵の死体を飛び越えて、城内へ踏み込んだ。
ムラマサの鯉口を切る。
とたんに、轟然たる銃声が起こった。
正面に、デグチャレフ軽機関銃が待ち構えていたのだ。
積みあげた土嚢に銃架を立て、こちらへ銃口を向けたまま派手に薬莢をまき散らしている。
横っ飛びに銃撃を避けたブルームーンは、相手の銃口が向きを変えるまえにダッと踏み込んだ。
「もらったあ」
抜き打ちの刃が一閃する。
首を失った機関銃の射手はトリガーを引いたまま仰向けに倒れ、後ろにいた味方の兵士たちを蜂の巣にした。
城の入り口からは、天井の高い廊下が真っすぐに伸びている。
生き残った城兵たちが態勢を立てなおそうとしていた。
ふたたび手榴弾を投げようとするミキ・ミキの腕に、ブルームーンが必死でしがみついた。
「頼むからやめてくれ。ここはユネスコの世界遺産にも登録されてるんだ。今から手榴弾は禁止。擲弾銃とかもダメだからな」
「マジかよ。それは医者に向かって、血を流さずに手術してくださいと頼むようなもんだぞ」
「文字通り国民の血税がそそぎ込まれてるんだよ。建物に損害なんて与えてみろ、あとでわたしたちがマスコミから袋叩きにされる」
涙目で抗議するブルームーンの頭上を、白い煙の筋がシュッと通過していった。
「あん……?」
無意識にそれを目で追いかける。
視線の先で大爆発が起こった。
「ひゃうっ!」
衝撃波でふたりのからだは勢いよく床へ投げ出された。
側壁の高いところに設けられたステンドグラスの飾り窓が爆風で粉々になり、破損した石材がバラバラと頭上へ降りそそいだ。
「……こ、今度はなんだよう」
床へ這いつくばったまま、ブルームーンは恐るおそる後ろを振り返ってみた。アシがパンツァーファウストの発射機を担いで立っていた。携帯用の無反動砲だ。
「これ思ったより射程が短いんだね。うまくいけばゲートぶち破れるかなーと思ったけど、全然ダメじゃん」
つまらなさそうにフーセンガムを膨らませる。
ブルームーンは半泣きになって床をバンバン叩いた。
「だから無茶すんなってさっきから言ってるだろ。どーすんだよ城のなかこんなにしちゃって、全部おまいのせいだぞ。あとで陛下に言いつけてやるからな」
廊下にいたラゴス兵は全滅していた。
粉塵の立ち込めるなか、もはや動いているものは見当たらない。
ブルームーンは髪に積もった小石を払い落とすと、横でのん気にガムを噛んでいるアシを睨みつけた。
「くそ、おまいのせいで口のなかジャリジャリするぞ、ぺっぺっ」
「ガム食べる?」
「いらん、アホがうつる」