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地獄へ道づれ(二)

 ペーシュダード城の前庭には、王族たちが逍遥するための広大な敷地が設けてある。

 青々とした芝生のうえに広がる幾何学式の庭園。

 遊歩道の合間に噴水やカスケードを配した壮麗なものだ。

 とくに歴代唯一の女王とされるベアトリス王のころ整備されたローズガーデンは、その美しさからペーシュダード観光の目玉にもなっている。


 死人兵たちを満載した車列は、その庭園をまわり込むようにして進んでいった。

 ヘッドライトの明かりに浮かびあがる白亜の城を見て、ミキ・ミキが口の端にたばこをくわえたまま言う。

「えらく古めかしい城じゃないか。相当むかしに造られたようだが、観光資源としての価値はあっても、軍隊がその司令部を置くにはちょっと不向きなんじゃないのか?」


 クスノキ少佐は、さっきから緊張した面持ちで窓の外ばかり眺めていた。

「……見かけに騙されたらあかん。外観こそ石造りの古城やが、その内部は対魔法合金と最新鋭の防犯設備で守られたハイテク基地なんや。なんにも考えんと迂闊に踏み込んだが最後、たちまち警備兵に取り囲まれて一網打尽にされてまうで」

「対魔法合金……ってことは、もしかして城内では魔法が使えないのか?」

「そうやな」


 ロイド眼鏡の奥にある鳶色の瞳が、不安げに揺れ動く。

「城内の多くの部分は区画ごとに魔法遮断壁で仕切られている。そのなかで魔法使ういうんは、例えるならトイレの個室で花火打ち上げるようなもんや。壁に遮られ行き場を失った魔力は、けっきょく術者自身へと跳ね返ってくる。だから多人数を相手にするような派手なやつは使えへんやろうな」

「……そいつは、ちょっと厄介だな」


 考え込むミキ・ミキに、クスノキ少佐がたたみ掛けるように言った。

「それだけやないで。各区画の入り口には、生体認証装置と暗証番号を打ち込むキーボードがあって、部外者が侵入するためにはそれを技術的にクリアするか、さもなければ厚さ二〇〇ミリの鋼板ブチ破って強行突破するしかないんや」

「でも、あんたはラゴスの軍人だから、自由になかへ入れるんだろう?」

「今のところはな。せやけど、うちが軍を裏切ったいうことはいずれバレるやろ。そうなれば当然サーバからうちのIDが抹消されるし、暗証番号かてすぐに変更されてまう」

「……」


 やがて兵員輸送車は、正面エントランスのまえで一列になって停まった。それを見て、警備を担当している兵士たちが詰所であるプレハブから駆け出してくる。

「おうい、おまえらいったいどこの部隊だ?」


 ミキ・ミキはディアドロップのサングラスをずり下げて、上目づかいに兵士を見た。

「おれたちは反乱軍鎮圧のために非常呼集された、即席の機動部隊だ。このくそ寒いなか、丘のうえの教会までやつらを捕らえに行ってたんだぜ。まったくここの司令官は、ひと使いが荒くて困るよ。つかまえた捕虜たちは、全員ここへ移送することになっている。ほらこれが命令書だ――」


 兵士は「聞いてないがなあ……」と首をひねりながら命令書を確認し、そして車の後ろへまわり込んだ。捕虜を確認するためオープントップの兵員室をのぞき込む。たちまち何本もの腕が伸びてきて、その兵士を荷台のなかへ引っぱり込んだ。

「うわあっ、なんだおい止めてくれ」


 悲鳴を聞きつけて、他の兵士たちが集まってくる。クスノキ少佐は窓から身を乗り出すと、後方の車列へ向かって声を張りあげた。

「おうい、修学旅行の引率はここまでや。あとは自由行動にしたるさかい、枕投げでもなんでも勝手にしいやっ」


 それが合図のように、十八台すべての兵員輸送車から死人兵どもが一斉にすがたをあらわした。彼らは、まるで動物の死骸からわく蛆のように、わらわらと荷台から這い出し、手近にいる警備兵へと襲い掛かった。


「うわ、なんだこいつら」

 集まった警備兵たちは、迫りくる敵のすがたに困惑した。

 連邦陸軍の服を身につけている。手に提げているのは軍で支給されているカラシニコフだ。

 ――友軍の兵士?

 一瞬そう思ったが、近寄ってその顔をよく見た途端ギョッとなった。

 皮膚が腐れ落ち、筋肉繊維がむき出しになっている。崩壊した顔のなかで、まぶたを失った目だけが赤く澱んで見ひらかれていた。


「ひィ、ばけもの……」

 驚いてのけ反る警備兵の胸に、パンパンと銃弾が撃ち込まれる。

 それが合図のように、あちこちで不毛な虐殺がはじまった。

 死人兵は、痛みも恐怖も感じない。身に弾丸を受けても気にもとめない。ただ敵と認識したものへ銃口を向けて、引き金をひくだけだ。

 城の入り口を守っているのはもちろん訓練された兵士だが、この想定外の敵に翻弄され、なす術もなく倒されていった。


 城内のあちこちで、危急を報せるサイレンが鳴りはじめた。

 タレットに設置された何台ものサーチライトが、あたかも劇のはじまりを告げる演出のように、このエントランスまえで起こっている惨劇を明々と照らし出した。

 騒ぎを聞きつけて、他の部署にいた兵士たちが集まってくる。

 城内からも続々と援軍があらわれた。


「おし、ゾンビ兵どもが敵を足止めしているうちに、わたしらも城へ突入するぞ」

 ブルームーンが運転席から飛び出した。

 そのまま、銃弾が行き交うなかを城の入り口めざして走る。

 後につづいたアシが、タレットのサーチライトを狙い撃ちながら言った。


「陛下が幽閉されているとしたら、おそらく地下牢だよね。ならそっちは先輩に任せちゃってもいいかな」

「いいけど、おまいはどうする?」

「アシちゃんは、マンコを連れて天守塔へ向かうよ。司令官のオバサンやっつけてくる」

「そうか、じゃあ司令部の制圧はそっちに任せたぞ」

「あいあいさー」


 アシは両手の銃を太もものホルスターへ突っ込むと、「イヤやー離せー」と暴れるクスノキ少佐の腕を引っぱった。

「ほらァ行くよ」

「後生や、かんにんして」

「マンコのIDがないと天守塔まで上れないんだよ」

「うち、あのオバンとだけは戦いとうない。頼む、見逃したって、このとおりや」


 涙目で抵抗するクスノキ少佐の尻を、ルーダーベが思い切り蹴飛ばした。

「邪魔だからさっさと行ってよ。こちらの動きに気づいた敵が追いすがってきてるじゃないの」

「うわーん」

「泣いてるひまがあったら走りなさい。敵はこっちで足止めしておくから」


 ルーダーベは立ち止まって後ろを振り返った。

 その拍子に銃弾が頬をかすめる。

 バリケードからの援護射撃を受けて、数十人の歩兵がブルームーンたちを包囲するように迫っていた。

 彼女の全身からスパークがほとばしった。


 オレムス スピリトゥム イグニス

 われ見しに視よ 激しき炎 そのなかに四つの輝きと ひとつの暗黒あらん

 すなわち 忿怒の火星 欲情の金星 怠惰の土星 偽りの水星 そして 毒持てる原初の蛇――


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