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奪還(二)

 死人兵の群れは、そのまま兵士たちをズルズルと雑木のなかへ引きずっていった。悲鳴と罵声の入り混じった叫び声が、徐々に遠ざかってゆく。入れ替わるように車へ乗り込んできたのは、ミキ・ミキとクスノキ少佐だ。ミキ・ミキは、敵から奪ったラゴス陸軍の戦闘服を身につけている。


「……おい、本当にこいつら後ろへ乗っけても平気なのか?」

 車外をうろつく死人兵どもへ警戒の目を向けながらミキ・ミキが言った。軍支給のタクティカルベストにバックパックを背負ったすがたは、どう見ても任務遂行中の兵士としか映らない。しかしその白濁した目を見れば、死人であることは一目瞭然だ。注意深く観察すれば、目鼻が欠けていたり頭蓋の露出した者を見出すこともできる。ブルームーンの考えた作戦を遂行するには、この動く死人たちを車へ乗せて、城まで運ばねばならないのだ。


「途中で気が変わって襲いかかってきたりしないだろうな?」

「ビビリやなあ。そない心配せんかて大丈夫や」

 助手席にちょこんと腰かけたクスノキ少佐が、大げさなジェスチャーで肩をすくめてみせる。

「死人兵はみずからの意思によって行動することはあらへん。こっちが指示だすまでは、借りてきた猫みたい大人しゅうしてるわ」

「うまく警備の目をごまかして、こいつらを運び込めればいいんだが……」

「そのために、うちがおるんやないか。こう見えても階級は少佐やで。警備の連中かて、うちがごくろうさん言うてねぎらいの言葉のひとつも掛けたったらペコペコあたま下げよるわ。そないビクビクせえへんと、大船に乗ったつもりで任せとき」

「頼りにしてるぜ、軍医さんよ」


 ミキ・ミキはくわえたばこで背もたれに身をあずけると、バックミラーに目をやった。

 十八台すべての兵員輸送車から、捕らえられていた解放軍メンバーが助けだされてゆく。


「ちぇすとーっ!」

 ブルームーンが上段からムラマサを一気に振りおろした。キン、と鋭い金属音がして、捕虜たちを繋いでいた太い鎖が断ち切られてゆく。近くで見守っていたカルロス神父が、聖書を抱えたまま目を丸くした。


「……これは驚いた。カーボンスチールの手錠を一刀両断するとは、ただ者ではありませんね。――アシさん、このかたはいったい?」

 敵から奪った野戦食のビスケットをかじっていたアシが、リスのように頬を膨らませながら言った。

「ほもえふぃふぃも、むふうむふうへんふぁい」

 ルーダーベが無言のまま、鋭いひじ打ちを放つ。みぞおちへまともに食らったアシは、鼻からグフっとビスケットを吹き出して悶絶した。


「あの子は、近衛騎士のブルームーン・シェパードです」

 カルロス神父を見あげて、ルーダーベが言った。

「本来ならシルヴィアに代わって、彼女こそが私たち近衛騎士を率いていたはずなのですが……なにぶん、がさつで、短慮で、わがままで、おまけに風来坊で――」

「パッと見は美人だけど、中身を知るとたぶん幻滅しちゃうから、あまり関わり合いにならないほうがいいよ」

 早くも立ち直ったアシが、新しいビスケットを頬ばりながら後をつづける。


 ブルームーンは納刀して静かに息を吐くと、二人をキッと睨みつけた。

「なんだよ、その紹介のしかたはっ」

 肩をいからせ歩み寄ってくる。

「知らないひとが聞いたら本気にするじゃないか」

「アシちゃん、嘘は言ってないもーん」

「美人で、聡明で、しかも勇敢な女騎士の間違いだろ」

「そうかなあ、聡明じゃなくて短慮、勇敢というよりむしろ無鉄砲という気がするけれど」

「ぐっ……ミケランジェロも言ってるだろ、美は余分なものの浄化であるって」

「なにそれ、ぜんぜん意味分かんない」

 アシは神父の背中に隠れ、あっかんべーをした。


「カルロス神父、お会いできて光栄です」

 ブルームーンは神父に向き合うと、右足を半歩引いてひざの部分でクロスさせた。カテーシーと呼ばれる、女騎士の正式なあいさつだ。


「神父さまとは幼いころ何度かお会いしているのですが……覚えてらっしゃらないですよね?」

「フフ、騎士シェパード。その名を聞いて思い出しました」

 カルロス神父が懐かしそうに目を細める。

「たしか洗礼式のとき、聖水を張ったタライにおしっこをした女の子ですよね。あのときのことは、今でも教会で語り草になっていますよ」

「ふえっ」

 ブルームーンは真っ赤になって弁明した。

「な、なぜそのようなことを……。わたしがまだ物心つくまえのはなしです。罪のない子どものいたずらですよ。大きくなってから母に聞かされたのですが、ぜんっぜん身に覚えがなくて。本当です、信じてください」

「だいじょうぶです。イエスはおっしゃいました。七を七十倍するまで許しなさいと」

「はァ、それは寛大なことで……」


「そんなことより、神父さまァ」

 アシがビスケットの粉をアーマーへなすりつけながら言った。

「オルレアンの爺ィは、どこへ消えたんだろうね? アシちゃんが、ギッタンギッタンにしてやろうと思ってたのに」


 ルーダーベが悔しそうに爪を噛む。

「国防軍をまとめるリーダーが裏切り者だったなんて……」

「まえから良くない噂はあったけどね。軍の入札にからんだ談合事件に関与してたとか、じつはマルコム殿下を暗殺した黒幕だったとか」


 カルロス神父が、ちからなく目を伏せて言った。

「オルレアン卿の裏切りを見抜けなかったのは私のミスです。そのせいで大勢の仲間が命を落としました。本当に悔やんでも悔やみきれません」

「そんなこと……神父さまのせいじゃないわ」

「そうだよ、お人好しで世間知らずの神父さまにまんまと取り入った、あいつが卑劣なんだ」

「それ、ぜんぜんフォローになってないから」


 そのとき車列のなかほどから、解放軍兵士のひとりが声を張りあげた。

「カルロス神父、総員乗車完了しましたっ」

「ごくろうさま。では順次出発してください」


 アシが訊ねる。

「ねえねえ、神父さまはこれからどうするの?」

「私はここへ残り、けが人の手当をしてから皆さんと合流します。教会の地下には、高機動車とライトアーマーが隠してありますので」

「じゃあ城門の警備を突破したら、堀にかかる跳ね橋を下ろしておくね」

「よろしくお願いします。くれぐれも無茶はなさらぬように」


 カルロス神父は、アシのあたまを優しく撫でながら言った。

「あるときイエスはおっしゃいました。私が来たのは地上に平和をもたらすためではない。剣を振るうためだ、と」

「イエスさまも、やるときはやるんだね。アシちゃんもガンバらなきゃ」

「かならず自由を勝ち取りましょう」

「神父さまも、死んじゃヤだからね」


 最前列の車窓から身を乗り出して、クスノキ少佐が叫んだ。

「おうい、ぼちぼち出発するでえ」


 ミキ・ミキがラジオの音量をあげる。特徴的なギターリフに乗せて『監獄ロック』のイントロが流れだした。

「失敗したら、うちは軍法廷にかけられ収容所送りや。絶対、ぜーったい負けられへん」

「我々は、奪われたものを奪い返す。レーニンの言葉だ」

「うちは左翼はよう好かん。けどもうやぶれかぶれや、あんたらにこの人生賭けたるわっ」


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