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ネクロマンサーの女(三)

「えーっ、なにそれ。つまり人間を生きたまま、丸焼きにしちゃうってこと?」

 アシがあやうくガムを飲み込みそうになる。少し考えてからクスノキ少佐は首を横にかしげた。

「ちゃうやろ。マイクロ波で加熱するんやさかい、丸焼きちゅうよりは、体内の水分をぜんぶ沸騰させてまうみたいな感じやないか」

「げろげろ、ぜったい絵づら想像したくねー」


 顔をしかめるアシの横で、ブルームーンが右手のこぶしを振りあげた。

「フン、どんな化け物が相手だろうと、わたしたちペーシュダードの騎士は戦うさ。もうそれしか道は残されていないんだ」

「いいぞ、がんばれー」

 パチパチと拍手するアシのあたまが小突かれる。

「おまいも一緒に戦うんだよっ」

「ふえっ、アシちゃん、つい食べたくなるくらいに可愛いのは認めるけど、敵兵のディナーにされちゃうのはごめんだなァ」

「安心しろ。動物が進化してゆく過程で味覚を発達させたのは、毒物が体内へ摂取されるのを避けるためだ。おまいを食うやつなんていない」

「そうかな、よくいろんなひとから、食わせ者だって言われるけど」

「それ、意味が違うから。ぜんぜん違うから」


 クスノキ少佐がため息をついた。

「あんたら、ラゴス軍なめとったら後悔するど。バケモノは司令官だけやない。広大な山岳地帯で独自の魔法文化を培ってきたラゴス連邦には、まだまだあんたがたの想像もつかんような恐ろしいやつが、ぎょうさん控えてるんや」


「でもさあ、化け物っていうなら、ある意味こっちも化け物そろってるよね。ピンクの悪魔とか、ハルマゲドンの魔女とか――」

 頬っぺたをプニプニ突っついてくるアシの指さきを、うるさそうにブルームーンが払いのける。

「自分は例外みたいに言うな」

「やだなあ、アシちゃんて、ごくごくふつうの女の子だよ。たしかに射撃の腕まえが神わざってて、ちょっぴり武器オタクなとこはあるけど」

「フウン、おまいたしか敵の野営地にバイクで乗りつけて、グレネードランチャーで燃料気化爆弾ぶち込んだことあったよな」

「だっけ?」

「敵の魔法兵団が駐屯する寺院に自走対戦車砲で突撃して、ヘルファイアぶっ放したこともあるよな」

「でしたー」

「そんな恐ろしいことするヤツを、ふつうの女の子とは呼ばないんだよ」

「てへ」

「舌出しても可愛くないっ」


 そのときクスノキ少佐が、二人のおしゃべりを制して言った。

「ちょっと待ちィ、だれか来るみたいやで」

 ブルームーンとアシが口をつぐむと、慎重な足どりで床を踏みしめる靴音が徐々に近づいてくるのが聞こえた。二人は無言でうなずき合い、ドアの左右に身をひそめた。ブルームーンはムラマサの鍔を胸もとまで引き寄せ、切っ先をドアへ向けた。アシも背中を壁に押しつけ、両手でにぎりしめたコルトパイソンの撃鉄を起こした。


 告解室のまえで足音が止まる。

 ドアがゆっくりと開き、その向こうから遠慮がちな男の声がした。

「……おい、そこにだれかいるの、おわっ!」


 叫び声をあげ盛大に尻もちをついた男の喉もとに、ムラマサの切っ先がピタリと押し当てられる。と同時にコルトパイソンの銃口が、一ミリの狂いもなく男の眉間をロックオンしていた。

「まいった、降参っ」

 男は床に足を投げ出したまま、ゆっくりと両手をあげた。それを見てブルームーンが拍子抜けしたような声を漏らし、刀を引いた。


「なんだミキ・ミキじゃないか、びくっりさせんなよもう。ギリギリのところで踏みとどまったから良いようなものの、でなきゃ完ぺきに殺してたぞ」

「びっくりしたのは、こっちのほうだ。今ので間違いなく俺の寿命は縮んだぞ、少なくとも一年は確実に縮んだ。いったいどうしてくれる。それでなくとも生命線が短いってよくひとから言われるのに」

「そう怒るなって。もしおまいが死んだら、赤の広場に立派な銅像立ててやっから」

「いらねえよっ」


 ミキ・ミキとブルームーンの親しげなやりとりを見て、アシもホッと胸をなでおろした。

「え、なに、このひとブルームーン先輩のお友だち? あっぶねー、イケメンでなかったらアシちゃん迷わず引き金ひいてたよ」

「だとさ。イケメンに生まれてきて良かったな、おい」

 ブルームーンが鼻で笑いながら刀をさやにおさめる。ミキ・ミキは床に転がったM四〇を拾いあげると、真面目な顔で言った。


「そんなことより、外の様子がなんかおかしいぞ」

「どんなふうに?」

「ゾンビ兵どもが突然バタバタと倒れて、それきり動かなくなった」


 アシが笑いながら答えた。

「ああ、それなら心配しなくてもだいじょうぶよ。ディスペルしてもとの死体へ還しただけだから」

「そうなのか?」

「そうなの。コントローラーこっちで押さえてあるし」

 うちはラジコンちゃうど、というクスノキ少佐の抗議は無視して、ミキ・ミキが話をつづける。


「他にも変なことが起きている。見あげれば満天の星空だというのに、そこらじゅうで雷が落ちるんだ。おかしいだろ?」

「それもだいじょうぶ。ルーダーベが暴れてるだけだから。彼女、今日は朝からヒステリー気味で精神がちょっと不安定なの」

「そ、そうなのか?」

「そうなの」


 意味が分からないといったふうに首をひねるミキ・ミキに、ブルームーンが説明を加えた。

「ルーダーベっていうのはわたしたち近衛騎士の仲間で、ペーシュダードいちの魔法使いだ」

「なに、魔法で雷を落とせるのか?」

「雷どころの話じゃないよ。隕石を衝突させて、町一個まるごとクレーターに変えたことだってある」

「なんだそりゃ……」


 あきれ顔のミキ・ミキに、ブルームーンが訊ねた。

「他には、なにもなかったか?」

「あ、そうだ、正門のまえに兵員輸送車がきて、捕虜にされたらしい兵隊たちを積み込んでいたぞ」

「フウン、兵員輸送車……ね」


 少し思案してから、ブルームーンがクスノキ少佐のほうを見た。

「なあ、ネクロマンコ」

「たのむさかいマンコ言うのやめて。うちの名まえはクスノキ・ギンコいうんや。このさい呼び捨てでかまへんから、そう呼んで欲しい」

「じゃあ……ギンちゃん?」

「なんや蒲田行進曲みたいで脱力するけど、まあええわ。で、なんや?」


 いたずらを思いついた子どもの顔をして、ブルームーンが訊ねた。

「ディスペルしたゾンビ兵どもをまた生き返らせるのって、難しいことか?」

「いや難しくはないけど……あんたいったいなに企んどるん?」


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