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ネクロマンサーの女(二)

 殺気をはらんだ奇妙な沈黙がながれた。

 ほんの少し指を動かしただけで、どちらかの命が絶たれる。そんな一触即発の場面だ。

 ロウソクの芯がジジジ、と乾いた音を立てる。

 やがて両者から、安堵のため息が漏れた。


「……ああ、驚いた」

 アシが銃をおろし、その場にペタンとへたり込む。

「だれかと思えばブルームーン先輩じゃない。どうしてここに? てかやっぱり生きてたんだ」


 ブルームーンも剣を引いて、脱力するみたいに壁にもたれかかった。

「バカやろう、それはこっちのセリフだ。てっきりあたま撃ち抜かれたかと思ったぞ。おまい、こんなとこでなにやってんだよ。ここは教会の施設だろ?」

「そうだよ。そしてアシちゃんたちペーシュダード解放軍の、秘密のかくれ家なの」

「ペーシュダード解放軍? おまいら、そんなことやってたのか」

「……まあね」


 ブルームーンはムラマサをさやに収めると、部屋のなかを見回した。

「ところで、高慢ちきお嬢さんは一緒じゃないのか?」

「ああ、ルーダーベならさっきまで一緒にいたけど、途中ではぐれちゃったみたい」

「そうか、あいつも無事だったんだ」


 安堵の表情を見せるムルームーンに、アシが沈んだ声で言った。

「でも、他はみーんな死んじゃったけどね」

「なに?」

「捕らえられて投獄された子もいるけど、ほとんどが戦死した。シルヴィアもこのまえ殺されて、もう残ってるのはアシちゃんとルーダーベの二人だけ」

「そんな……」


 呆然とするブルームーンを見あげて、アシが言った。

「先輩、今までどこ行ってたんだよ、みんなが命がけで戦ってるときに。もし陛下が降伏しちゃうまえに先輩が戻ってくれていたら、アシちゃんたちもう少し頑張れたのに。みんなだって、死なずに済んだかもしれないのに……」

「わ、わたしだって色々大変だったんだぞ。行軍中に敵の待ち伏せには遭うわ、知らないうちに国が占領されて補給路は絶たれるわで、さっきだってゾンビの兵隊どもにあやうく殺されかけたんだ。自分たちばっか苦労してたみたいに言うな」

「先輩っていつもそうだよね。命知らずの鉄砲玉でさ、自分の好き勝手に行動してはみんなに心配かけて」

「おまいにだけは言われたくないよ。てゆうか、その先輩って呼ぶのいい加減やめろよな。わずかばかりの年齢差をことさら強調するみたいに」

「だって先輩は先輩じゃん。それにアシちゃん早生まれだから、まだぎりぎりティーンだもんね。二十歳すぎのオバサンとは一緒にされたくないよ」

「ぐっ、おまい、ひっぱたいてやろうか?」


 二人が言い争いをはじめたすきに、テーブルの下から這い出してきたクスノキ少佐が、背中を丸めこそこそと逃げだした。

「ほんなら、うちはこれにて失礼します……」

「ちょっと待て」

 すかさずアシに髪の毛をつかまれ後ろへ引き戻される。

「痛たたたっ、なにすんねんっ。髪は女の命ちゅう言葉を知らんのかいな」

「あんたさあ、なんでここから無事逃げられるとか思えるわけ?」

「なんでって……死人兵たちはディスペルしてもとの死体へ還したし、うちはもう用済みやろ」

「まだ用は済んでないんだよね。てゆーか、あんたはすでにアシちゃんたちの捕虜なんだから、この戦争が終わるまで解放されるわけないじゃんバカ」

「そんな殺生な……」


 がっくりと肩を落とすクスノキ少佐を、ブルームーンがあごで指し示した。

「このチビ女、だれ?」

「ラゴス占領軍のネクロマンコで、あのゾンビ兵どもを操ってた張本人」

「くそ、おまいだったのか」


 ブルームーンはクスノキ少佐につかみかかると、軍服の襟をちからいっぱい締めあげた。

「あのゾンビどものせいで、修道院のなかはそりゃもう地獄のようなありさまだったぞ。わたしだって、危うく蜂の巣にされるところだったんだ」

「ゆ、許したって。すべては司令官の命令や。うちはただそれに従うただけやねん」

「上官のせいにする気か?」

「うちはもともと軍医だったんや。それやのに無理やり死びとを甦らせる研究やらされて。ほんまはうち、戦争が大っ嫌いな心優しい少女やねん」

「ウソつけ」


 ブルームーンの手を振りほどくと、クスノキ少佐はケホケホと咳こみながら恨めしげに二人を見あげた。

「そんなことよりあんたら、うちとこの司令官むこうに回して戦う気ィなら、覚悟しといたほうがええで」

「おまいらの司令官って……そんなにすごいヤツなのか?」

「そらもう、おっそろしいオバンや」


 クスノキ少佐は両手で自分のからだを抱きしめながら、ブルっと身震いした。

「階級は大佐なんやけど、態度がえろう不遜でな。聞いたはなしやと、かつてはノヴォロシースクに所属しとったらしい。そこの元師団長さまやて」

「のぼろ……?」

「なんや、ノヴォロシースクも知らんのかいな。悪名高きラゴス空挺軍の第七親衛師団のことやないか。あのオバン、若いころはそこでブイブイ言わしとったらしいで。中央司令部におらはる将官たちも、あのオバンにだけはあたま上がらへんちゅうはなしや」

「ブイブイだかブヒブヒだか知らないけど、そんなのアシちゃんの手にかかればイチコロだよ」


 アシが風船ガムを口のなかへ放り込みながら笑った。クスノキ少佐の眉間にしわが寄る。

「アホ、うちの司令官がほんまに恐ろしいのはな、その特殊能力を解放したときなんや」

「え、なに、サイキックでも使えんの?」

「……あのオバンはなァ」


 コクっとつばを飲み込み、クスノキ少佐が緊張した面もちで言った。

「マイクロ波を自在に操って、人間をはじめとするあらゆる生物を加熱・調理してまう、史上最悪のクッキング・ファイターやねん」


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