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ピンクの悪魔(二)

 鬱蒼とした木々のあい間から見たこともない武器が風を切って飛来する。投擲された武器は、あやまたずラゴス兵のからだへ突き刺さってゆく。ハーケンクロイツを模した卍手裏剣だ。狗盗は、この卍手裏剣を好んで使う。


 弓矢ほどの飛距離はないが、流体力学を応用した独特の打法によって自在にカーブを描くことができる。密林でのゲリラ戦において、これほど有効な武器はない。自身はもの陰にひそみ、樹木を迂回して飛ばした手裏剣だけを使って敵を倒す。マイトトキシンという猛毒が塗ってあり、皮膚を傷つけただけで相手に致命傷を負わせることができた。


 ラゴス兵の動揺は、尋常なものではなかった。

「うわ、なんだこいつら。どこに隠れていやがる」

「気をつけろっ、むこうでは俺たちの姿が見えているようだぞ」


 彼らにしてみれば、なにもない空間からいきなり武器が飛んでくるように見える。まるで透明人間を相手にしているような気味悪さがあった。みな苛立ち、怯え、そのうちだれかが、やみくもに銃を乱射しはじめた。ひとりが撃てば、あとは歯止めが利かない。恐怖にかられ、たがが外れたように全員で撃ちまくった。フルオートにしたアサルトライフルから、間断なく七・六二ミリ弾が樹間へ叩き込まれる。薬莢がばらまかれ、空になったマガジンが足下へころがる。


 しかし隠形に長けた忍者に、そんな攻撃が通用するわけがない。

 そのうちに味方を誤射するものまで現れた。

 さらにラゴス兵は、自らの発する銃声によって、迫りくるもうひとつの脅威に気づけずにいた。樹林のけもの道を疾駆して、今まさにブルームーンの率いる騎馬の一隊が突入しようとしていたのだ。


「ええい、撃ちかた止めェ!」

 たまりかねて、司令官とおぼしき男が叫んだ。カーキ色のギャリソンキャップをかぶった男だ。

「むやみに発砲するんじゃない。同士討ちになるだろうが、このうすらバカどもっ」

 いかにも戦場慣れしたその声に、徐々に銃声が止んでゆく。


「いいか、分隊長を中心に円陣を組むんだ。敵はどうやら周囲の景色にカモフラージュしているらしい。暗視スコープを使え。一匹ずつあぶり出して確実に仕留めてゆけば、こんな敵など恐るるに……」

 言い終わらぬうちに、その首が飛んだ。

 血の糸を引きながらクルンと一回転して、草藁に落ちる。ひと呼吸おいて、首を失ったからだが芯を抜いたようにくずおれた。

 死体の向こうに、水平に剣を振り抜いた姿勢でブルームーンが立っていた。

 彼女の剣は、いにしえの日出ずる国より伝えられたという伝説の武器、妖刀ムラマサ。その切れ味の凄まじさは、ほとんど非現実的と言ってよい。


 司令官を一瞬で失い、ラゴス兵はみなその場に凍りついた。そこへ馬から降りた騎士の一団が猛然と斬り込んでゆく。戦場は、あたかもスズメバチに襲撃されるミツバチの巣のような騒ぎになった。そこらじゅうで悲鳴があがり、血がしぶいた。銃をお守りのように抱いたまま斬られた死体が、次々と折り重なってゆく。


 火戦ならばいざ知らず、剣のあつかいに長けた騎士と白兵戦におよんでかなうはずがない。とくに今回ブルームーンが率いているのは、ペーシュダード騎士団のなかでもその獰猛さから「地獄の軍団」と恐れられている第七遊撃隊だ。百三十名の歩兵など、全滅させるのにさしたる時間はかからなかった。


「あ、なんだよ全員殺しちゃったわけ。バカだなあ、ひとりくらい生かしておけばよかったんだ」

 言いながらブルームーンは死体のそばにしゃがんで、軍服で血のついた剣をていねいに拭った。

「拷問すれば、なにかお得な情報をゲットできたかもしれないのに」


 ライマーが、うつぶした死体をプレートブーツのつま先で仰向かせながら言った。

「ムダでしょうな。こいつらどう見てもラゴスの正規軍とは思えません」

「だろうね。バーバリアンの血を引くラゴスの戦士に、こんなひょろひょろのモヤシはいないもん。さしずめ連邦に服従する周辺国の兵士か、でなきゃ金で雇われた傭兵ってとこかな」


 ブルームーンは立ち上がって刀身を鞘におさめると、頭上へ張り出した梢を見あげた。

「おうい、すずしろちゃん」

「ちゃんは余計です」


 バサバサと鳥の羽ばたくような音がして、いつの間にかブルームーンの足下に狗盗の頭領すずしろがひざまずいていた。

「悪いんだけど、他にもこういうバカが待ち伏せしていないか、先回りして見てきてくんない」

「本隊の護衛はよろしいのですか?」

「よろしい、よろしい。いざとなったら荷駄なんてうっちゃって戦うから。どうせ補給路の橋はこっちで押さえてあるし、支援物資なんて後からいくらでも運べるもんね」

「心得ました」


 すずしろの姿が消えると、ブルームーンはさっきまでとは打って変わって晴れやかな表情で言った。

「いやあ、ひと暴れしたらなんだかスッキリしたよ」

 両手を持ち上げて、う、んんー、と気持ち良さそうに伸びをする。


「陛下が、どうしてわたしなんかに支援物資の輸送をお命じになったか、その謎が解けた気がする」

「ほう……うかがいましょうか」

「ようするにアレだろ、ほら、行きがけの駄賃にひと暴れしてこいと。ペーシュダード軍の強さを示威してきなさいという思し召し。だってさあ、わたしが出張ったからには血を見ずに帰ってくるはずないもんね。あはは、さすがは陛下だよ、なにもかもお見通しでいらっしゃる」

 ライマーはイヤな顔をしたが、なにも言い返さなかった。これ以上彼女の愚痴を聞かされるよりはましだと思ったのだ。


「ようし、それじゃこんな荷物さっさと届けて、前線へ殴り込みかけに行こうじゃないか。手始めに、ボルガンの間抜けどもが最初に奪われたというダーリェン丘陵の砦でも奪い返してやろう。ふふふ、久しぶりで腕が鳴るなあ。待ってろよラゴスの野蛮人どもめ、この愛刀ムラマサでひとり残らず三枚におろしてやるからな」

 どっちが野蛮なんだか、と思いライマーはため息をついた。


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