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ゾンビ兵は眠らない(四)

 数千挺の銃がいっせいに火を吹いたような轟音が耳をつんざいた。

 ドロノフ大佐の頭上に落雷したのだ。


 あたりにはモウモウとけむりが立ち込め、足もとに砕けた石材の破片が散らばった。

 ジュクジュクと液体の沸騰する音と、タンパク質のこげたような臭いがする。

 焼きたてのポークソテーのように、ドロノフ大佐の全身からまっ白い湯気が立ちのぼっていた。彼が着ていたジャケットはすっかり焼け落ち、溶けた化学繊維が黒いプラスチックのかたまりとなって肌にこびりついている。


 だが、それだけだ。

 ルーダーベの魔法は、けっきょく彼の上着とシャツを焼いただけだった。上半身裸となった彼のからだには、火傷の跡ひとつ見当たらない。その全身に刻まれたルーンが周囲にただよう残留魔力と呼応して、白抜き文字のように淡い光を放っているだけだ。


 フシュウゥゥと息を吸い込む音がした。

 ドロノフ大佐の右胸には、かつて銃弾で撃ち抜かれた穴がある。その穴に、今は透明なチューブが挿し込まれていた。チューブは呼吸同調機を介して腰の携帯用ボンベに接続されており、そこから絶えず新鮮な酸素を吸いあげている。


「たまげたな。この私の服を焼いたのは、おまえがはじめてだ」

 心底驚いたような顔でドロノフ大佐が言った。ルーダーベがチッと舌打ちする。

「一張羅を焼いちゃってごめんなさい。寒いけど風邪ひかないでね」

「そちらが桁外れの魔力を行使できるということは分かった。しかしこの身に刻まれているのもただのルーンではない。そのことは理解してもらえたかな」

「あら、もっとすごい魔法がいっぱいあるんざますのよ。なんなら順番に試してみる?」

「やめておけ、時間のムダだ」

「あ、ビビってる、ビビってる」


 ドロノフ大佐はヤレヤレと肩をすくめると、床に落ちていたフェドラハットを拾いあげ埃をはらった。

「おまえは、ガルドラボークという古典魔術書を知っているかね?」

「ハア? だれにものを言ってるの、私は魔法のスペシャリストよ」


 垢抜けない客を冷視するショップ店員のような目をして、ルーダーベが大佐を睨みつけた。

「かつて北欧の島々を根城に世界中の海を荒らしまわったヴァイキングたちは、奪い集めた魔法に関する書物を一冊の魔術書としてまとめあげた。それがガルドラボークよ。いわば、あらゆる魔法の知識を集約した魔道の集大成。私たち魔法使いの憧れ。でも原本はすでに失われ、写本として出まわっているものもすべて偽書だと言われているわ」

「ところがあるのだよ、その原本が、我が連邦の中央書庫にね。そしてこの身に刻まれているのは、その原本から写し取った破邪の聖句だ。フフフ、世界最強のアンチマジック・スペルだよ。おまえがいかなる魔法を使おうとも、私の肉体に傷ひとつつけることはできない」


 白いハットをあたまに乗せ、ニヤリといやらしい笑みを浮かべる。ルーダーベは肩にかかる金色の髪をくるくると指に巻きつけながら、ため息をついた。

「ご大層な能書きだこと。まあいいわ、今回はヤメておく。これ以上教会の建物を壊したら、修繕するのが大変だしね」 


 彼女は、おもむろに腰に吊ってあったレイピアを抜いた。細身の刺突剣だ。ペーシュダードの近衛騎士には王家の紋章が刻まれた専用のサーベルが支給されているが、彼女だけはこの派手な宝飾がほどこされたレイピアを好んで使いつづけている。

「ほう、私に剣で挑もうというのか。それは殊勝な心がけだ」

「じつは魔法より剣で突き殺すほうが好みなの。からだじゅう穴だらけにして、お水飲んだらジョーロみたいに吹き出るようにしてあげるわ」


 右足を一歩踏み出し、ひざを折って上体を沈ませる。レイピアは両刃だが、突きでの攻撃に特化しているため刀身は軽い。右手一本でかまえた剣を水平に保ち、切っ先をピタリと相手の喉元に狙いさだめた。


 不意に、その研ぎ澄まされた刀身がボウッと輝きだす。光はだんだん強くなり「スター・ウォーズ」に登場するライトセーバーのようにまばゆい光彩を放った。それを見たドロノフ大佐が、息を飲んでうわずった声をあげた。


「ま、まさかその剣は……クラウ・ソラスなのか。いやそんなバカな、クラウ・ソラスは大戦後のフェニキア条約で魔剣と認定され、当時の連合軍によって接収されたはずだが」

「バカね、代々受け継がれてきた家宝をそう易々と敵に渡すわけないじゃない。連合軍が持っていったのは、そっくりに造られた贋作よ」

「そうか……宝飾があまりにも見事なのでただの剣ではないと思っていたが、あのクラウ・ソラスだったのか」


 彼は一度生唾を飲み込むと、今までとは別人のように邪悪な表情で舌なめずりした。

「これは良い拾いものをした。クラウ・ソラスは魔剣ちゅうの魔剣、我が崇高なるコレクションに加えるにふさわしい一品だ。ぜひ、おまえを斬ったあとで戦利品としていただくことにしよう」

「死ぬのはそっちでしょ。殺したあとで生皮はいで、じっくりルーンの解読をしてやるんだから」

「ごたくはもういい。さあ、かかってきたまえ」

「そうやって余裕こいてると、あとで後悔するわよ」


 ルーダーベの青い瞳が、殺気をはらんで底光りを放つ。

 西洋剣の突きは石火の速さだ。初動からファントへ至るまで、瞬きする間もない。さらにヴォルテやダッキングなどのカウンター技を使えば、相手のスピードも相乗され、もはや人間の視力では見切ることができないと言われている。


 引きしぼった弓のように、ルーダーベの全身に闘気がみなぎる。

 それに対して、ドロノフ大佐は左足を半歩引いて巌のごとく佇立していた。

 押し殺した声でルーダーベが言った。


「あなた、居合をつかうのね」

「フフフ、私の抜刀術はだれにも敗れたことがないのだよ。おまえも一歩刃圏へ踏み込んだが最後、この世の見納めとなるのだ」

「その飄然とした構え、カタヤマ道鬼流の水月の位と見たけど、どう?」

「これはしたり、わが手のうちを見誤るとはペーシュダードの近衛騎士も……」

 ここでドロノフ大佐は強烈なデジャヴに襲われ、急に不安になってきた。

「……つかぬことを訊くが」

「この期におよんで、なによっ」

「おまえは、剣士としての誇りを賭けた一騎打ちの途中で急に心変わりして飛び道具を使うとか、そんな無粋なマネはしないよな?」

「バカにしないで、私は名門アウシェダール伯爵家のひとり娘よ。そんな卑怯なことするわけないじゃない」


「だよな……そうだよな、常識的に考えてもそれがふつうだよな。うん、それを聞いて安心した」

 ドロノフ大佐はうんうんと何度もうなずくと、ふたたび話しはじめた。

「ではつづけよう。私がおさめたのはタミヤ神剣流だ。おまえも貴族の娘ならば、音速の剣を知らぬはずあるまい」

「音速の剣? 聞いたことないわね」

「ほう、知らないのか。ならば説明してやろう」


 優越感からしだいに饒舌になってゆく。

「音速の剣、それは抜く手も見せず、納刀する音がしたときには相手の首が落ちている。すなわち剣を振るう速さに動体視力がついてゆけず、斬撃を防ぐことができないのだ。それゆえだれもが恐れ、おののき、畏怖の念を込めて……」


 ズガンッと発砲音が鳴り響いた。

 一瞬なにが起こったのかわからずドロノフ大佐は口をパクパクさせていたが、残された片肺が撃ち抜かれていると知って愕然となった。

「な、なぜだ……?」


 ルーダーベの背後、サンクチュアリの陰からアシが済まなさそうに顔を出した。その手には愛用のコルトパイソンが握られている。

「ごっめーん、こいつの話があまりにもウザいんで思わず撃っちゃったけど、勝負に水を差したかな?」

「ううん、私もなんか面倒くさいヤツだなって思ってたとこなの」

「ホントに? ああ良かった」

 二人は歩み寄って「ナーイス!」とハイタッチした。


 ドロノフ大佐の顔がみるみる鬼のようになってゆく。

「なんて卑怯なヤツらだ、おまえらそれでも騎士かっ」

 ルーダーベとアシが振り向いて中指を立てた。

「これは戦争なの。卑怯もへったくれもないのよ」

「うう、なんということだ。あのムラマサを持った娘といい、おまえらといい、ペーシュダードの近衛騎士にはこんなクズしかいないのか」

 大佐はちから尽きてひざをつくと、その場で盛大に血を吐いた。ルーダーベとアシが互いに顔を見合わせる。


「ムラマサを持った娘?」

「……ヤバい思い出したかも」

 二人は同時に叫んだ。

「ブルームーン、そういえばあの子どうしちゃったんだろう!」


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