戦場ブギウギ(六)
ペーシュダードの近衛騎士は若い女ばかりで構成されている。
彼女たちの着るメタリックピンクの鎧は、なぜか丈が異様にみじかい。お尻がようやく隠れるだけの長さしかない。そこへ細いチェーンをすだれ状に垂らしてスカートにしているわけだが、戦闘などで激しい動きをするとこれが簡単にめくれあがり、場合によっては下着が丸見えになってしまうのだった。
近衛騎士は王城にある闘技場で軍事訓練をおこなうが、毎回カメラを携えたオタク系男子などギャラリーで埋め尽くされる。近衛騎士たちにはそれぞれ固定ファンがついており、訓練のときには横断幕が張られ、彼女たちが剣をひと振りするたび野太い声援が飛び交う。あまりにうるさいので警備兵が出動してギャラリーの整理にあたるが、もはや王城の名物となっており、しまいにはキャラクターグッズをならべた売店まであらわれる始末だ。
ブルームーンはせまいシュビムワーゲンの助手席に頭から突っ込んで、パンツ丸見えの恥ずかしい格好で足をバタつかせていた。座席とダッシュボードのあいだに鎧がはさまって身動きできないらしい。ミキ・ミキはやれやれと肩をすくめ、彼女の細い腰に腕をまわした。そのまま足をふんばり、畑から大根を引き抜くようにちからいっぱい持ちあげる。
「おらよっ」
「きゃあ」
しかし勢いあまって彼女の股間に顔を埋めてしまった。
「むぷっ」
「こ、こ、このやろう……」
怒ったブルームーンはミキ・ミキの頭を太ももではさみ込むと、そのまま上体をひねって車外へ投げ飛ばした。プロレス技でいうところのフランケンシュタイナーというやつだ。完全に動揺していたミキ・ミキは、受け身をとる余裕もなく背中から地面へ叩きつけられた。
「ぐわァ」
「どうだ、思い知ったか……ハァ、ハァ」
肩で息をしながらブルームーンがマグライトであたりを照らす。ミキ・ミキは、墓場から蘇ったゾンビのようにゆっくりと身を起こした。
「うう、痛つつつ……ひでェことしやがる。頭にたんこぶ作ったのなんてガキのとき以来だ」
「おまいが変態じみたことするから悪いんだ。本来なら上官に対するセクハラ行為で軍法会議にかけられるところだぞ」
「ふざけるなっ、お前が助けろと言うからそうしただけだ」
「ところでミキ・ミキ」
ブルームーンは後部座席に積まれた爆薬を見ながら言った。
「これ、どうやって起爆させるつもりだ?」
ミキ・ミキは軍服のポケットから、基盤がむき出しになったプラスチックの小箱を取り出した。
「携帯無線機を改造して作った。これで遠隔操作して、爆薬のなかに埋め込んである雷管に着火する仕組みだ」
「ふうん、見かけによらず器用なやつだな。どれ、ちょっと見せてみろ」
ミキ・ミキが放り投げた起爆装置をキャッチすると、ブルームーンはシュビムワーゲンの運転席へ移動した。セルを回してエンジンを始動させる。ミキ・ミキがあわてて立ちあがった。
「お、おい、ちょっと待てよ、俺を置いてく気か?」
「悪いが、ここから先はわたしひとりで行く。おまいは戻ってライマーたちと合流しろ」
「バカ言うな、お前だけで敵の攻撃をかいくぐり頂上までたどり着けると思っているのか」
「わたしも見くびられたもんだな。車の運転は馬術よりも得意なんだ。それに体当たりかますとき、助手席にひとが乗っていたんじゃタイミングが狂う。まあ、せいぜいピンクの悪魔の本領を見せてやるさ」
「……まさか、死ぬつもりじゃないよな?」
「こんなつまらない戦闘で死ぬ気はないよ。でも戦争なんだから、いつでもその覚悟はできている。もし運悪くわたしが戦死したときには、遺言をたのまれてくれないか」
「遺言って、いったい誰にだ?」
「わたしのパパとママに……」
左手で投げキッスを送る。
「愛してるって――頼んだぞ」
ブルームーンはアクセルペダルをぐっと踏み込んだ。甲高いエンジン音を唸らせ、シュビムワーゲンが勢いよく走り出す。遠ざかるテールランプを睨みつけながら、ミキ・ミキは吐き捨てるように言った。
「ふざけてんじゃねェぞ、そんなもん生きてるうちに自分の口から言いやがれっ」
ほどなくして、頂上付近から閃光がほとばしった。
一瞬の間を置いて地面がグラリと揺れた。
天地がひっくり返るほどの轟音が闇を震わせ、凄まじい爆風が樹木の枝をしならせた。
ダーリェン丘陵にいたすべての者たちが戦いの手を止め、頂上を見あげた。
不夜城の放つ明かりはいつの間にかサーチライトから、燃え盛る炎へと変わっていた。
赤々と火の粉が吹きあがり、満天の星空に、夜目でも確認できるほどモクモクと黒煙が立ち上っていた。




