戦場ブギウギ(五)
ダーリェン丘陵は、標高およそ百メートル、最大傾斜角二十二度の小さな山だ。長年の火山活動により地盤が隆起したものだが、山すそのほうはテーラスが堆積してかなり起伏が激しい。そのなかでゆいいつ整地されているのが、頂上のコンクリート陣地と正面ゲートとを結ぶこの林道だった。軍用に整地されてはいるが、舗装されているわけではない。
ブルームーンとミキ・ミキを乗せたシュビムワーゲンは、荒波にもまれるゴムボートみたいにボヨンボヨン車体をはずませながら、この道を突っ走った。水陸両用を念頭に設計されているので車重は軽い。その軽量なボディに、ポルシェ博士の最高傑作である空冷式水平対向四気筒エンジンが搭載されている。
「おい、ミキ・ミキっ」
エンジン音にまけないくらいの大声でブルームーンが訊ねた。
「おまい、傭兵になるまえは、どこでなにをして暮らしていた?」
ヘッドライトの照らす坂道をにらみながら、ミキ・ミキが言った。
「俺はシュメル山脈の北がわにあるメギドの辺境でうまれたんだ。フリーシクって町さ。軍に徴兵されるまで、そこで靴職人の見習いをしていた」
「ふうん、メギドといえば、たしか内戦やクーデターの絶えない物騒な国だと聞いたことあるけど……」
「その通りさ。俺のおやじは軍人だったが暴動の鎮圧に駆り出され、そこで民兵に狙撃されて死んだ。おふくろは農作業中にうっかり国防軍の仕掛けた地雷を踏んじまった。まったく、ひでェところだったよ」
「ほかに家族は?」
「妹がひとりいるが、もう長いこと会ってないな。叔父夫婦にあずけっぱなしだ」
「ひどい兄貴もいたもんだなあ。たったひとりの妹を国に置き去りにして、自分は革命者気どりか?」
答える代わりにミキ・ミキは、クラッチを踏んでギアをシフトダウンさせた。
「話の途中わるいが、ちょっと飛ばすぞ。どうやら敵に待ち伏せされているようだ」
そのまま一気にアクセルを踏み込む。
からだがシートに押さえ付けられ、二人を乗せたシュビムワーゲンは重力に逆らって急加速した。
そのとたん、闇を震わせるもの凄い発砲音がして、火の玉みたいな弾丸が車のボディすれすれのところをかすめていった。風圧で車体がグラつき、ブルームーンはあわてて背もたれを固定する金属フレームにしがみついた。
「ちょっとマジかよ、これって対戦車用の大口径ライフルじゃないか。冗談じゃない、こっちは爆薬を満載してるんだぞ」
「機関銃で弾幕を張られるよりましだ。ライフルならおまえの魔法で照準を狂わせてやれば、なんとかやり過ごせるだろう?」
「むう……」
ブルームーンは、ギュッと目をとじてリフラクトの呪文を唱えた。
われ 宇宙の法にそむき 五番目の元素を行使するものなり クー クー メノア イ ネ
ふたたび弾丸が車体をかすめていった。衝撃でフロントガラスにひびが入る。ミキ・ミキは腰のホルスターからグロック十七を引き抜くと、銃床でひびの入ったガラスを叩き割った。
「ちくしょう、やつら装甲車で進路をふさいでやがるぞっ」
林道のさきに、GAZ二三三〇の迷彩色のボディが投光器に浮かびあがって見えてきた。ライフルはその砲塔に据えつけられている。ブルームーンがチッと舌打ちした。
「ティーグルじゃないか。あれなら装甲がうすいから徹甲弾一発でスクラップにできるが……おいミキ・ミキ、この車なにか武器は積んでないのか?」
「あわてて盗んできたんで確認してないが、後ろの席になにかあったような気がする」
「どれどれ……」
身をひねって確認すると、梱包爆薬の積んであるわきにジュラルミンのケースがひとつ置かれていた。持ちあげてみるとけっこうな重さがある。ひざに乗せてふたを開き、ブルームーンが口笛を鳴らした。
「ひゅう、なにかと思ったらRPGじゃないっすか」
ケースには対戦車兵器の代名詞ともいえるRPG-7の弾頭と発射器がおさめられていた。
「こいつァ春から縁起がいいわえ」
さっそくガマの穂のような弾頭を発射器へ差し込み、肩にかつぐ。ミキ・ミキが悲鳴をあげた。
「まさかそいつを助手席でぶっ放す気じゃないだろうな」
「ご名答」
「アホかっ。そんなもん車から撃ったらバックブラストで車内がめちゃくちゃになるだろうが」
ミキ・ミキの忠告は無視して、照準器をのぞき込む。
「おい、しっかりハンドルにぎってろよ」
「だからやめろって、こっちは爆薬積んでんだぞ」
「オープンカーだからだいじょうぶだって。ほら、口とじてないと舌噛むぞ」
安全装置を外し、トリガーを引いた。
もの凄い衝撃があり、二人を乗せたシュビムワーゲンは独楽のようにスピンしてそのまま急停止した。
鬱蒼とした密林のそこかしこで鳥がいっせいに羽ばたいた。
ミキ・ミキは、ひたいから血を流しながらあたりを見まわした。
「くそっ、後先考えずに突っ走る女だ……」
林道のさきで火柱があがっていた。弾頭が敵のGAZ二三三〇ティーグルに命中したのだ。
「おまえの撃った弾、ちゃんと当たったみたいだぞ。おもちゃみたいな武器だが、けっこう使えるもんだな」
ブルームーンは助手席で上下さかさまになって足をばたつかせていた。
「いいから、さっさとわたしを助けろってばっ」




