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大魔導士の誤算  作者: 森戸玲有
第2幕
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第2幕 ③


「……へえ」


 さすがのルキも、四方を見渡して感嘆の声を上げた。

 小さな村の半分くらいは入ってしまうのではないかと、キーファが本気で考えていた宝物庫には、無造作に箱詰めにされた宝石が山積していた。


「驚いたか? 広いだろ」


 自分の所有物のように胸を張るキーファを置いて、ルキは宝物庫の奥を検分している。


「別に。一国の宝物庫なんだから、このくらいは当然じゃないの。しかも、これだけ広さがあって、みんな呪具ばっかりなの?」

「お前、悉く、反応がつまらないな。あのな。普通の宝物は、上の階の宝物庫に安置されているんだよ。それに、ここにあるのは呪具と疑わしい宝石で、国の内外から集められている。鑑定はこれからなんだ」

「なるほど。君の仕事はその宝石を鑑定して、呪具であれば浄化するっていうのなんだね。君以外にこの仕事をしている人間はいないの?」

「浄化は私だけだな。鑑定士なら数人いるけれど、何せ、膨大な量だからな。別室のほうで作業しているはずだ。手分けしているんだよ」

「それで、問題ない宝石と、浄化した宝石はこれかな?」 


 ルキは、奥の陳列棚を見上げて呟いた。特別に宝物庫専用に造られた鉄製の棚は、天井にぴったりと収まるような形で、横に整然と並んでいる。

 キーファの作業の具合によって、どんどんと、この棚も増えていくという話だ。この作業がすべて終わる頃には、棚で宝物庫が一杯になっていることだろう。

 ……今現在、まったく想像もつかないのだが。


「一応、宝石の造られた年代順に並んでいるわけだ?」

「宝石の年代鑑定はな。ここに入る前に少しだけ鑑定士に弟子入りして教わったんだ」

「ふーん……」


 言いつつ、ルキが後ろで手を組んでゆったりと歩く姿勢は、高位の貴族が下々の職場仕を視察して回っているようにも見えた。


「ルキ、見物するのは良いけれどな。触りまくったり、盗んだりしたらただじゃおかないからな! 帰るときに、ちゃんと確認されるんだから」

「――はいはい。分かっているよ」


 こちらを見るでもなく、暢気そうな答えだけが返ってきて、キーファは脱力する。

 心を落ち着かせて、ルキから目を逸らした。


「あの子供(ガキ)に、邪魔だけはされたくないもんだ」


 キーファには、自分で決めた一日の仕事量がある。

 とりあえず、木箱から呪具かどうか選別をして、先に呪具ではないと判明した宝石を年代順に棚に並べていく。呪具は一日の仕事が終わる少し前に浄化する予定だ。先に浄化をしていると、キーファが疲れてしまう。大体、一日に二箱くらいを鑑定するのがキーファの限界だった。

 キーファは、宝物庫の奥に向かった。一昨日の仕事はこの木箱までで終わったはずだ。


「えーーっと。これと、これと」


 手袋をはめて丁重に扱いつつも、小気味良く、呪具とそうでない宝石を選り分けていく。

 日が高くなってきた頃に選別が終わり、先に呪具ではない宝石の鑑定に入った。

 手に取ったのは、透き通った青い石だった。


「クレタ石か……。えーっと。ざっと四百年前かな」


 キーファは適当に納得して、三百年前用に作った小箱に丁寧に納めた。

 呪具が頻繁に造られた時代は、五百年前から三百年前の二百年間にかけてだという。

 詳しい年代まで探り当てるのは至難の技なので、百年単位で大雑把に選別している。

 上役も、イグルも特に異存はないようなので、キーファは自分のやり方を貫いていた。

 木箱に、まとめた上で、一日の終わりに、棚に飾るのがキーファの日課であった。

 ……しかし。


「そんなに適当で良いの? 大体これはクレタ石じゃない。イソメタ石だ。クレタ石とは純度が違うよ。この宝石は濁っているだろ。イソメタ石の特徴だって習わなかったのか?」

「…………ルキ」


 キーファは頭を抱えたら良いのか、感嘆したら良いのか迷った。


「……で。お前は、何が言いたいんだ?」


 ルキは、こちらの感情を無視して、すらすらと答えた。


「イソメタ石は、唯一の産出領であるオキニアで火山が噴火してから、急に採れなくなった幻の石なんだ。その噴火が四百五十年前。つまり四百五十年よりも前の代物なんだよ」

「……そ、そうか」


 うなずくしかなかったのは、キーファもその知識を少しの間、弟子入りした、宝石鑑定士から習った気がしたからだ。


「そうだな。じゃあ、これは四百五十年よりも前で、じゃあ、この石こそは……」


 キーファは名誉挽回とばかりに、真紅の石のついた指輪を手にとって、上に翳して凝視した。


「これはアカネ石。この指輪の形は四百年前に流行した装飾師の手によるものだろう……。四百年前だ。そうに、違いない」

「いや、これは五百年前だ」

「はあっ!?」

「なぜ、装飾で見る? 誰にそんなことを教わったんだ? これは確かに四百年前に流行した台座だが、石自体は五百年前のものだ。アカネ石にしては少し薄い色をしている。これは、レナウ川近郊で採掘されるアカネ石の特徴だ。レナウ川は五百年前の大地震の際、水の流れが変わってしまって、アカネ石は採れなくなってしまった。だから、この石は五百年前以降に採れたものだ」

「そ、そんなこと分からないだろう。もしかしたら、たまたま他の場所で、色素の薄いアカネ石が採れたのかもしれないじゃないか?」

「それはどうかな。元々、アカネ石の採れる場所は少ないし、希少な石だ。レナウ川以外でこのような明度の綺麗なものが採れたのなら、それこそ、産地を伝えて、もっと後世に記録が残っているんじゃないのかな。……それで? 次の宝石鑑定はどれなんだい?」


 さも当然のように、紫の瞳を細めて木箱の前にしゃがみこんだルキに、キーファも同じ姿勢をとって怪訝な顔を至近距離で向ける。


「一体、その知識は何処で仕入れたんだ?」

「……父がこういう仕事をしていたんだ。僕は小さい頃から、この手の知識を叩き込まれてね。もっとも、呪具が消えた三百年前から現代の宝石に関しては、知識も乏しいけれど」

「…………三百年前を習う前に、父さんが亡くなってしまったということ……か?」


 キーファが首を傾げると、さらりと横から垂らした髪が音を立てた。

 地下室とはいえ、小さな明り窓が存在していて、そこから漏れ落ちる光がキーファの髪亜麻色の髪を金色に染め上げていた。

 刹那、瞳を見開いたルキだったが、すぐに顔をそらした。


「……べ、別に。そこまでしか学ぶことが出来なかったっていうだけ……だよ」


 急に弱々しい口振りに変わってしまったルキの肩に、キーファは豪快に手を回して、抱き寄せた。


「そうか。そうだったな。お前、両親が亡くなったばかりだもんな」


 キーファは、初めて見せるルキの消沈した様子に、子供というより人間らしさを発見したようで、安堵していた。


「まだ寂しいよな。昨夜、寝言で呟いていたのは、母ちゃんの名前か?」

「…………え?」


 ルキの肩が微かに震えた。


「えーっと、ミ……。何だったかなあ……?」


 どんと、おもいっきりキーファは突き飛ばされた。


「何するんだよ!?」

「…………馴れ馴れしい」

「……んだと!?」


 キーファは興奮して立ち上がり、門番が騒ぎに呆れてやって来るまで、果てしなく口論は続いた。


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