キラーマシーンVS機械天使
キラーマシーンというものがカッコイイ‼︎と思って書きました。
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キラーマシーンを風見鳥だと人は言う。
なぜなら、5人の悪魔によって設計された多脚でも無限軌道でもない一本脚という形は、胴体に浮かぶ目のようなマークでさらに滑稽に見え、機関砲やサーキュラーソーを備えたとてキラーマシーンに兵器としての意志なさを思わせるからとのことである。
どんな凶悪な兵器も使う者の意志なければ日和見道具に成り下がるということか。
なんとも良い報せではないか。
拳銃で祝いの盛りを示す人々のなんと平和なこと!
でもこれだけは言わせてもらおう。
キラーマシーンを笑う者は、自身の隠れた痴態を笑っていることに他ならないのである。
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死の境に立つ者は飽食の幻覚を見ない。地平に見えるのが一株の芽だ。空に手を伸ばすと人肌の温みであった。まやかしですら空腹を満たせぬ非業。一週間前に飲んだ水で水分を吐き出していた。
足がもつれもう起き上がれない。涸れた皮膚には砂すら付かぬ。砂を一握り食った。吐き出した。
もう時期死ぬであろう時どこからか音がした。近づいて来る。
「ああ、もしこれが機械天使で最後の施しでもくれたのなら、儂は今までの不徳をすべて懺悔してもよい!」老人が言った。
音が大きくなる。影が被さった。鉄の塊とサーキュラーソーが見えた。キラーマシーンだ。
殺されては死して地獄に苦しむ。たまるかと老人が駆けた。
骨がカチカチ鳴る。砂地が足を拒まない。おろかな老婆が切り刻まれ埋められたからだ。デウスエクスマキナの教えが楽園をとうの昔に捨てさせた。空が老人の鼻の前に食い物をぶら下げる。早く立ち止まって上を見ろと砂地が言う。お導きになった昼食までに戻ればいい。
老人の前に幼児が現れた。
老人が死ぬのは仕方がないことだ。芽が陽を浴びてらんらんと躍っている。老人が力尽き倒れる。
「キラーマシーンに殺されるのだけは嫌だ!」老人が言った。
機械天使が貧者を助けない。芽は貧者の体液で成長させるものだ。空が笑った。砂地は意地悪く老人を殺さない。幼児が老人に近づいた。
「だいじょうぶ?」幼児が言った。
空が見ている。芽が歌う。
老人が幼児の腕を掴むと頬に噛みついた。砂地が老人を浮かばせて。機械天使が次に胸を刺す。頬肉を引きちぎった部分が赤い。かぶりつき血を啜る。空が溢れる血を譜面台に流して子守歌を歌ってくれるのよ。老人が幸せになる。砂地が拍手する。二の腕が太腿、ふくらはぎを次々に食べられた。肉の奥の骨がおはようのキスをしてきた。老人が幼児を拐った。
「食べてくれてありがとう‼︎」空と砂地と芽が言った。
土が幼児へと還っていくんだ。老人は活力を取り戻した。キラーマシーンが追ってきた。
「おい!キラーマシーン!儂を殺すか‼︎殺してみやがれ‼︎儂はもう空腹じゃないからお前の地獄にだって耐えられる体になったんだ‼︎ああ……思い出してきた……。思い出してきたぞ……。幼子の念が儂に語りかける……。ここより地獄がどこにある……。ここより地獄がどこにある‼︎そうあれは、儂が子供の頃‼︎村の長の会話‼︎
『我々は出来得る限りの生産、経済、教育を持って勇者の排出に尽力したが一向に成果がでない。これはやはり根元的な部分から手を入れるしかない』
『というと?』
『優生学的に強い血を選び取り、うつ病、躁うつ病、統合失調症のような精神病弱、ハンセン病のような身体病弱、そういった勇者とはかけ離れた障害者のような弱い血は皆殺しにすべき』
『まて、まて。デウスエクスマキナの下でそのような暴虐はいかがなものか』
『よし、ならば去勢しよう。障害者のような弱い血は勇者に永久に流れることがなきよう』
『それがいい。生きていても血を汚すだけの障害者のような弱い血は生かしてもらえるだけで有り難く思うべき‼︎』
『では、闘技をさせて弱い血をあぶり出し去勢し、強い血を選び出しかけ合わせをいたしましょう』
『待て‼︎闘技は子供も行う。子供のうちから弱い血は排斥せねばならない』
そして儂は負けたんだ‼︎何が起きたかわからないまま‼︎儂には何もないのだ‼︎見ろ‼︎何もないのだ‼︎儂は障害者だったのか‼︎
その時儂は失った‼︎弱い血はすべてを失ったのだ‼︎失ってから儂は村を出た‼︎村に弱い血の生きる意味などなかったから‼︎それから50年‼︎
儂は何も得なかったぁぁぁぁぁぁ‼︎
いかなる土地に行っても弱い血の烙印、奪われたものに囚われ何も得なかったぁぁぁ‼︎地獄‼︎地獄‼︎儂の人生がすべて引き摺られたぁ‼︎あの戦いに‼︎そうだ‼︎お前に殺されるのがなんだ‼︎50年のこの地獄、お前など怖くもなかったわ‼︎」老人が言った。
キラーマシーンが地を焼き払うか。突き出た空がへし折られ。キラーマシーンが老人の前で止まった。
「そうか!儂に参ったか‼︎だが、お前に勝てたとて儂はどうにもならん……。儂はもう年じゃから、身を埋めるために故郷に帰りたい。どうしても故郷が恋しい。せめて最後は……」老人が言った
キラーマシーンが妄念をすべて吐き出した。愚か者の脳が空へと散る。死んでなるものかと芽を腐らす。血文字がみなそこにあると知っているのに。
キラーマシーンが老人の帰郷に付いて行く。生かされざる病床に伏せる者が血を吐く。縛られた体が壊滅を望むのだ。名も無き壊滅を。軌道線上の壊滅を。老人が眠る時キラーマシーンが見張りした。老人の生が滑稽だと誰が言えよう。キラーマシーンの破壊衝動が一輪の花だ。人を和ませ枯れて捨てられるのである。明日が待ち遠しい。
「あそこだ、あそこの村が儂の故郷‼︎」老人が言った。
老人が駆けた。故郷が人に己を芥と悟らせる場所だ。人がみな芥!人がみな芥!村の門へ駆ける老人が芥!門番が芥!なぜ芽を摘もうとする?なぜ空を写真に撮り永遠のものにする?なぜ砂を瓶に詰めて持ち帰る?機械天使が笑うのだ‼︎血の子守歌を聞いた人が正常ではない。その目がすべて異常である。
「おい!そこの門番!儂はこの村の出身の者だ。見ての通りもう先は長くない。どうかこの地に身を埋めさせて欲しい」老人が言った。
「おい、なら服を脱いで裸になって股間を見せろ」門番が言った。
「嫌だ‼︎」老人が言った。
「ええい‼︎服を剥いでしまえ‼︎………。ああ、なんてこと‼︎こやつ、あれが無いぞっ‼︎あれが無いぞっ‼︎弱い血だ‼︎障害者だ‼︎こやつがこの地に入ると我々の勇者の強い血が汚れてしまう‼︎皆の者、集まれぇ〜‼︎皆の者、集まれぇ〜‼︎こやつはあれが無い‼︎弱い血、汚れた血、障害者である。強い血が汚れぬよう、門前でこやつを打ち殺すことにした。よし‼︎やれっ‼︎」
剥がれた頭皮から頭蓋がおはようございますした。砂地が老人の足を掴んだ。芽が一斉に老人に刺さる。棍棒で抉れた肉の凹みに空が侵入した。骨折した全身の骨が「あ〜りがとうございまぁ〜す‼︎」と言った。
老人が死んだのだ。素晴らしいのが人生だ。門番が老人の死体を蹴り飛ばした。どこかの花が揺らいだ。花の養分が手動のエネルギーだ。人の愛が花の美を世界に表面化させたのだ。誰がこの砂地に花を植える。花が機械天使のために笑うか。砂が老人にかかる。門番が殺した弱い血の数を誇る。花の美が門番にわかるはずがない。門番のいつも見る風景が村の外の砂地とドームから望む空と農業のために蓄えられた芽だった。
キラーマシーンは老人の故郷に着くと彼の死体を見た。村の開け放たれたドームの上空に20メートル級空中船型の機械天使がいた。機械天使はスピーカーで語りかける。
「皆さん。あなた方は強者であらねばなりません。世界は弱肉強食の理が常なのです。皆が皆平等はありえないのです。そのために勤勉かつ健康な体であなた方は強者であらねばなりません。でなければあなた方は弱者になり、泥水を啜る惨めな一生を送るでしょう。そうせぬためにあなた方は出来得る限りの努力をすべきなのです」
選ばれた強い血の勇者が機械天使の中へと昇っていく。次こそはと村人達は手を伸ばす。
キラーマシーンの機関砲が機械天使へと向いた。キラーマシーンと機械天使との距離は150メートルほどである。弾丸は放たれた。それは機械天使の船体に当たり鉄特有の鈍い音をさせた。機械天使はバランスを崩した。機体が左右にふれたが装甲の厚さゆえ墜落することはない。村人が悲鳴をあげる。機械天使はゆっくりと旋回しキラーマシーンを捉えた。機械天使の速射砲が動く。しかし、攻撃を見越したキラーマシーンは屈み跳躍の体勢に入る。バーニアをふかすと砂が舞い上がった。速射砲が放たれた。キラーマシーンは跳び上がる。その弾丸は跳び上がったキラーマシーンのすれすれを通り過ぎた。キラーマシーンは枯れ葉のごとく錐揉み状に回転しながら機械天使を見下ろした。機械天使の速射砲の照準は遅かった。機関砲を撃ちながらキラーマシーンは機械天使の胴体に乗っかった。機械天使はキラーマシーンを振り落とそうと上向き始めた。キラーマシーンは踵に付いているサーキュラーソーを下ろした。サーキュラーソーを回し始めると悲鳴のような轟音と共に火花が上がった。キラーマシーンは至近距離で機関砲を撃ち続けた。機関砲の弾丸は機械天使の胴体を貫通した。機械天使は制御を亡くし黒煙を上げながら沈んでいく。キラーマシーンは叫んだ。
「失せろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼︎」
機械天使はドームの縁に激突した。村人は激突の際に生じた爆風で吹き飛ばされる。粉塵は空を覆った。
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キラーマシーンは意志を持たない。そういった意味で彼は風見鳥と同質である。破壊された機械天使を見て阿鼻叫喚の悲嘆に暮れる村人を見ても何も思わない。最後の僅かな望みも叶わず打ち殺された老人を見ても何も思わない。己の標的たる機械天使を見ても何も思わない。なぜなら、キラーマシーンは機械だからである。しかし、人がもしキラーマシーンに感情というものを見出すのならそれはキラーマシーンのプログラムされた純粋な破壊衝動に基づいた行為に勝手に自らの願望の依り代とし感情を押し付けているにすぎない。この押し付けはもしかアニミズムのようなものすら働いているのではないかと思われるほどに力学的な強さがあった。だからこそ花は美しい。何もない花が美しいのだ。
キラーマシーンは老人の故郷を後にした。キラーマシーンは青い風見鳥。キラーマシーンは青い風見鳥。一輪の花。弱い血。純粋な破壊衝動。孤独の人の愛。だがキラーマシーンは物言わぬ機械。愛も意志もない機械。機械天使を壊す破壊衝動を持つ機械。明日が待ち遠しい。
おわり