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Soul Cry  作者: 水無月ナツキ
第一章 出会い、日常、そして……
7/15

チャプター5:激突

お久しぶりです。

前回更新よりいくつか変更点などがございます。詳しくは小説topをご確認していただくことを推奨します。

よろしくお願いいたします。

 

 ――✝――





 霊刀【悪鬼殺(あっきごろ)斎定(ときさだ)】は明日香の持つ日本刀である。黒い柄と朱色の鞘。鈍色に輝く刀身はおよそ七十センチほど。その昔、表世界では無名の刀鍛冶、近藤斎定(こんどうときさだ)が鍛えたという。霊刀という名の付くように、霊力という魔力と同一の力によって悪鬼――今で言う悪魔――を屠るために作られた刀。

 かといって人が斬れないわけではない。魔力を刀に流すことにより悪鬼殺しの真髄、人を斬ることなくして悪魔のみを斬ることが可能になる。逆に魔力を流さなければただの刀と変わらない。人を斬ることもできる。

 そんな刀の持ち主、明日香は助手席側のドアを開けた。瞬間、慌てたような声とともに車に急ブレーキがかけられる。


「あぶねえことすんな!」

「いました!」


 刀を掴んだ明日香は篝の怒鳴り声を無視して車から飛び降り、すぐさま目の前にあった小さなビルの屋上へ向かって跳躍する。背後でまた篝が怒鳴っていたが、気にせず目に捉えた対象へと向かう。

 明日香と篝が諸星聖也の姿を見失ってから二時間。再びダウジングを試み、やっとのことで見つけた。

 今度は逃さない。そんな思いとともに明日香は悪魔に迫る。そうしながら彼女はローファーを片手で脱ぐ。

 諸星聖也に乗り移った悪魔はビルの屋上に立ち、日が沈み始めた空を見上げていた。そんな悪魔の背後に立ち、明日香は手に持っていたローファーを適当な場所へ放り投げる。そして彼女は刀を抜いた。空になった鞘を屋上の隅に向かって投げる。カラリと乾いた音が響く。


「また君か」


 振り返ることもなく、悪魔は呟いた。


「今度は逃しません」


 刀身を右脇腹から後ろへ向ける構え、脇構えでもって明日香は悪魔ににじり寄る。


「ふむ。まだちょっと時間はあるみたいだね」


 空を見上げていた悪魔は明日香の方へ振り返る。


「もう少し遊んであげるよ」


 そして突如その手に氷でできた棒が現れる。それは西洋の槍の形をしていた。

 明日香は驚きつつも刀を中段に構え直し、相手の動きにいつでも対応できるようにする。


「いつでもどうぞ?」


 そう言って氷の槍を振り回してみせる悪魔。挑発するような態度の悪魔を無視して、明日香は大きく息を吸って吐き出す。そして相手の動きに集中する。

 悪魔は槍の重さや握り心地を確認するかのように、槍を回転させたり、回転させたまま頭上に投げて掴んだり。腰を軸にして回したりと、警戒心などなさそうに弄んでいる。

 明日香はそんな悪魔の横へ回りこむように移動していく。ゆっくりとした足取りで。

 それでも悪魔は警戒を見せる様子もなく。しばらく槍を弄んだ後で、ようやくその動きを止める。カンと一度石突きをコンクリートの地面へ叩きつけると、悪魔もまた移動を始める。ただし明日香のように何かの構えをすることはなく、どこか楽しそうな表情で明日香に合わせて歩く。


「随分と慎重だね。さっきみたいな不意打ちを警戒しているのかな?」

「……、」

「……ふむ。そんなに僕を斬りたいのかい?」

「あたりまえです」

「なぜ?」

「あなたに言うとでも?」

「ははっ。随分と嫌われているようだ」

「……、」

「さてと」


 そう言った悪魔はようやく槍を構えた。腰を落とし、穂先を明日香に向ける構え。


「君から来ないなら僕から行くよ」


 瞬間、明日香の目前に槍が迫る。小さな動きで避けた彼女は、すぐさま悪魔に袈裟懸けで斬りかかろうとする。同時にその足元をなぎ払うように穂先が動く。それを既の所で跳んで避け、飛び上がりからの斬撃を放つ。

 しかしすでに諸星聖也の身体はそこになく、一歩下がった位置から再び瞬速の突きが放たれた。辛うじて鍔で軌道を反らせる。金属同士が擦れ合うような頭に響く音がした。

 攻撃を弾いたのも束の間。一瞬にして槍が引っ込み、そこから連続の突きが明日香を襲う。数度の突きをなんとか弾き返すも、堪らず後ろへ跳んで距離を開ける。

 悪魔はすぐさま明日香に追いつき、穂先を横へ振るった。弾き返すも今度は反対側から穂先が迫る。再び弾き返すも反動で刀ごと腕が上へ飛ぶ。その一瞬を狙うかのように、クルリと回転する悪魔。その勢いを乗せた穂先が明日香の脇腹目掛けて振るわれる。明日香は無理矢理に身体を捻り、足で槍の柄を蹴り飛ばした。足に鈍痛が走るも、すぐさま後ろへ後退する。


「いいねえ、そのガムシャラ? に闘う姿勢。好きだよ、そういうの」

「悪魔に、ハァ……褒められたくないです」


 少しだけ息を切らせながら明日香は悪魔を睨みつける。息を整え、今度はバッティングフォームのような構えをする。刀身を立てて刀の鍔を肩に寄せるようした構え、八相の構え。時代劇で侍役がよく見せる構えだ。この構えは刀を持つ腕に負担がかかりにくく、長時間の戦闘に向いた構えと言われている。竹刀の倍以上の重さの日本刀を長時間振り回すのには相当な体力を使う。こと悪魔との戦闘においては人間同士よりも数倍。

 戦闘中、気が付くと明日香はこの構えを取っている。それは幼い頃からの訓練による癖であり、また自然と身体が体力の消耗しにくい体勢を求めているからなのだろう。


「俺を忘れるな」


 声がした瞬間、氷の砕け散る音が響いた。悪魔の背後に現れた篝が殴りかかったのだ。しかしその拳は盾の形をした氷に防がれた。

 舌打ちしつつ篝は後退する。彼の拳。正確に言えば彼の指に嵌ったナックルダスターが、紫色の炎のようなものを纏っていた。祓魔の魔術の一つで、物に悪魔を対象者から追い出す力を付与する。悪魔が苦手とされる銀製の武器、或いは明日香の持つ悪鬼殺しのような聖具と呼ばれるものと同じ効力を持たせられる。つまり悪魔が操る諸星聖也の身体を傷つけることなく、悪魔のみにダメージを与えることができる。炎のようなものはその術の発動状態を示すものだ。


「君も来たんだね」

「うるせえ。お前と話してる時間はない。さっさとかたをつけてやる」


 再び悪魔と距離を詰め、篝が殴りかかる。それを氷の盾で防ぎ、今度は悪魔が槍の穂先を篝の胸に向かって突き出す。穂先を避け、無理矢理に槍の柄を掴む篝。その瞬間、氷の盾が篝に向かって突進した。


「このっ」


 氷の盾に拳を叩きつけ、弾き飛ばす。同時に悪魔が篝の腹へ蹴りを放つ。軽く吹き飛ばされた篝と入れ替わりをするように、明日香は悪魔に斬りかかる。しかし氷の盾で防がれる。パッキンと甲高い音が鳴り響いた。

 後ろへ飛び退こうとした彼女に穂先が迫る。それを拳で弾いたのは篝だった。槍が引っ込み、石突きが篝の脇腹へ向けて振るわれる。なんとか腕でガードした篝だったが、痛そうに顔をしかめていた。肉体強化の影響でダメージは軽減されているだろうが、それでもゼロというわけには行かなかったようだ。

 瞬間、巨大な氷の杭が篝に迫るのを明日香は見た。同時に身体が動いていた。刀で氷の杭を弾き飛ばす。

 それを待っていたかのように、無数の小さな氷の杭が明日香と篝の頭上から降ってきた。


「Brennen! Brennen! Brennen! Brennen von Flamme!」


 頭上に掌を向け、明日香が叫ぶ。すると彼女の手を中心として、氷の杭全てを覆うほどの炎の渦が現れた。ジュッという音が連続する。降り注いだ氷の杭が炎に触れ、溶け消えた音だろう。

 炎が消える前に篝が悪魔の方へ飛び出す。


「瞬速」


 そう呟くように言うと、篝の姿が掻き消えた。炎が消えると同時、拳を突き出した篝が悪魔の懐に現れる。篝の足元から明日香のいる地点にかけて、コンクリートの床に黒い摩擦痕が走っていた。

 ギリギリで槍の柄で弾いた悪魔だったが、数メートルほど後ろへ吹き飛ばされた。


「今のは危なかったよ」


 そんな悪魔の言葉に舌打ちしつつ、篝はもう一度悪魔に向かって跳ぶ。煙草の煙が弧を描いて続く。それを追って明日香も走りだす。悪魔の側面に狙いをつけ、脇構えで持って半円を描くように走る。


「一閃」


 肉体強化魔術は筋力及び肉体強度、そして瞬発力を強化する魔術だ。篝は魔術の中で祓魔系魔術の次に肉体強化魔術が得意だ。基本的に悪魔への攻撃をする場合は肉体強化魔術によるものが多い。先ほどの瞬速という術も肉体強化魔術の応用であると、明日香は篝に聞いたことがある。

 そして今篝が発動させたのも肉体強化魔術の応用術。彼曰く、肉体強化魔術を片腕全体に集中的にかけぶん殴る技。聞くだけなら筋力にのみ頼った力技に思えるだろうが、それは少し違う。先刻言ったように、肉体強化魔術は瞬発力をも強化することができる。スピードが上がるということはそれだけ威力を増すということ。つまり、【一閃】という技は馬鹿力を持った腕を亜音速でもって打ち出す技だ。もちろん、肉体強度も強化することで腕が壊れてしまうことも防ぐことができる。痛みは多少あるらしいが。

 そんな亜音速の暴力が悪魔にぶつけられる。明日香は空気が振動するのを感じた。

 氷が割れる音が響いた。

 悪魔は氷の盾で篝の拳を受け止めたが割れてしまい、氷を破壊した拳がそのまま槍を粉砕した。悪魔が怯んだその瞬間、明日香は斬り上げの斬撃を放つ。隙のない絶妙なコンビネーションに思われた。

 しかし。


「危ない、危ない」


 斬撃をギリギリ躱した悪魔は、少し離れたビルの屋上に飛び移っていた。


「いや、いいコンビネーションだったね。楽しかったよ」

「ちっ。すばしっこい奴め」

「よく言われるよ。……さてと、そろそろかな」


 悪魔は空を見上げる。

 夕焼け色と闇が混じりあい、赤紫色になった空が広がっている。


「何がだ」

「やることがあるって言ったよね? そろそろ頃合いだと思ってね」

「何が目的だ」

「さあね。君には関係ないことだよ。というわけで僕はもう行くよ。じゃあ、また」

「逃がすか!」


 篝が飛び出す。瞬間、行く道を遮るように氷の杭が無数に現れた。何百、何千という杭が篝を襲った。明日香は篝の元へ飛び出し、篝とともに攻撃を撃ち落としにかかる。

 氷の杭はどんどん増えていったが、しかしやがて消える。杭がなくなった先に、悪魔は消えてしまっていた。


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