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Soul Cry  作者: 水無月ナツキ
第一章 出会い、日常、そして……
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チャプター2:理由

 篝と明日香が目的地である病院に到着したのは、予定時刻を二十分ほど過ぎた頃だった。

 街の外れの丘に建てられたその病院は静かだった。不安に感じる静けさではなく、心を落ち着かせ安心をくれる静けさだ。

 病院のエントランスで二人を出迎えたのは、スラリと背の高い長髪の女性だった。


「あ、師匠!」


 明日香はその女性に近づくと、小さく頭を下げた。


「今回も仲介、ありがとうございます」

「気にしないで、いつものことだから」


 明日香に笑顔を向けた後、女性は篝へと視線を向ける。篝は相変わらず面倒そうな顔でその視線を受ける。


「悪いな、橘。遅れちまった」

「渋滞してたんでしょ? 気にしなくていいわ」


 そう言うと橘と呼ばれた女性は腕時計に視線を向けた。


「私、このあと急用が入って時間がないのよ。悪いけれど依頼人に引き合わせたら失礼させてもらうわ」

「……悪いな」


 再度謝る篝に小さく首を振って返す橘。


「ついさっき連絡があったの。だから気にしないで」


 明日香と篝は案内すると言った橘の後を追ってエレベーターホールへと移動する。


「そう言えば明日香ちゃん。あなた学校は? ……まさか、またサボりじゃないでしょうね」


 疑うような視線を向けられた明日香は慌てて首を振る。


「ち、違いますよ。今日は違います」


 今日はというので察しがつく通り、彼女は学校一のサボり魔だったりする。学校よりも篝の手伝いを優先させてしまうのだ。


「今日は、ね……」


 ため息を零しながら、橘はちょうどきたエレベーターへと乗り込んだ。篝と明日香も後に続く。

 エレベーターは五階で止まる。そこで降りた三人は外科病棟を通りすぎて、連絡通路を渡っていく。一階とは違い静かだ。微かに話し声が聞こえる時もあるが、それも静かな空間に溶け込んでしまう。

 連絡通路を抜けると、橘はとある病棟の自動扉を潜った。

 橘がナースステーションで看護師と二言、三言会話をすると、三人はとある個室の病室へ通された。

 そこにはベッドに座った女性がいた。セミロングヘアのその女性は三人の方へ顔を向けると、会釈をしてみせた。


「諸星さん、こちらが篝祓魔相談所の方です」

 橘の紹介に明日香は頭を下げる。

「篝だ」


 そう言って篝が胸ポケットから出した名刺を諸星ヒカリに手渡す。


「篝さん、ですね。諸星ヒカリです。よろしくお願いします」


 病人とは思えない透き通った声で諸星ヒカリは再度頭を下げる。

 明日香には彼女が病気だとは思えなかった。いったいどんな病気を患っているのだろうか。そんな興味本意な疑問を尋ねたくなったが、やはりデリカシーのない失礼なことだと思い止まる。


「アルバイトの明日香です」


 代わりに自己紹介をした。


「じゃあ、私は失礼します」


 自己紹介が終わるのを待っていたかのように橘がそう言った。

 明日香たちが別れの挨拶を告げると、橘は病室から出て行った。


「早速だが、依頼内容について確認したい」


 扉が閉まるのを見て、篝はそう切り出した。


「はい」


 諸星ヒカリが頷く。


「依頼人の双子の兄、諸星聖也(せいや)が悪魔契約者の疑いあり。依頼人は聖也による魔術行使を目撃している。依頼内容は聖也からの悪魔剥離。……間違いないか?」

「はい。……ただわたしはそういう話は素人なので、橘さんに説明をしてもらってもちゃんとは理解できていなくて」


 申し訳無さそうな顔で言う諸星ヒカリに、けれど篝は頭を振ってみせた。


「それは問題ない。ようするに突然異常行動をとるようになった人間を元に戻す。そういう解釈でいい。質問があれば聞くが」

「いえ。それである程度は理解できました」

「ならいい。こちらからいろいろ質問するが、いいか?」

「はい」


 諸星ヒカリの返事を聞くと、篝は明日香に視線を向ける。その目はあとは頼んだと語っているようだった。

 篝という男は他人と円滑なコミュニケーションをとるのが苦手であるらしい。だから明日香がいる時はだいたいのコミュニケーションを彼女に頼むのだ。

 明日香としては情けない上司という感じだった。彼女は小さくため息を吐き出すと、諸星ヒカリに近づいた。


「まず、お兄さんが弱みを見せたことはありますか?」


 明日香は胸ポケットから手帳とボールペンを取り出し、メモを取る準備をしてからそう尋ねた。


「弱み、ですか?」

「はい。悪魔は基本的に召喚して契約する必要があります。そうして召喚者に憑依する。でも人の心の弱みに付け込んで憑依してしまうこともあるんです。お兄さんは魔術関係者ではないので、そっちだと思うんです。だからその、落ち込んでいたとか、苦しがってるような感じがしたとか、なかったですか?」


 しばらく考えるような仕草をしたあとで、諸星ヒカリはゆっくりと口を開いた。


「……あります」

「それはいつ頃ですか?」

「2週間くらい前、だったと思います」

「どんな状態でしたか?」

「普段は元気そうに笑ってくれるのに、その日は何か思い詰めているようで……」

「心当たりは?」

「……たぶん、わたしのことで悩んでいたんじゃないかって」

「あ…その、ごめんなさい」


 何とも言えない罪悪感のようなものを明日香は感じた。

 考えてみればそれが理由になることくらいわかりそうだったのに、と彼女は後悔する。

 落ち込む明日香に、けれど諸星ヒカリは首を振ってみせた。


「あ、いえ、気にしないでください。……兄は何でもかんでも背負い込む人で、わたしのことも一人で抱え込んでたみたいで。2週間前の時、どうしてお前なんだと呟いて、病室から出て行ってしまったんです」


 諸星ヒカリは悲しそうな顔で、手元へ視線を落とした。


「それが本当にわたしのことだったのかはわかりません。ただ、わたしの目を見てから俯いて呟いたので、もしかしたらと思って……」

「……なるほどな」


 そこで篝が呟くように言った。


「きっと病気を治してやるとか言ってそそのかされたんだろう」

「よくある悪魔の手口ですね」


 病気を治してやる。死んだ者を生き返らせてやる。悪魔はよく、そういった言葉で人間をそそのかす。そうして心に隙を見せた人間へと憑依する。悪魔の常套手段だ。


「そうなんですか?」


 諸星ヒカリが問う。


「はい。実際にはやらないし、やれないんですけど。本当に困っている人にとっては藁にもすがる思い身体を明け渡してしまう。だからそんな酷い嘘を、悪魔はつくんです」

「……じゃあ兄も」

「おそらく」

「その、悪魔はどうしてそうまでして人間に憑依するんですか?」

「さあな」


 今度は篝が答える。彼は胸ポケットから煙草のケースを取り出し、けれど院内ということを思い出したのかすぐにしまった。しかめっ面を浮かべながら先を続ける。


「悪魔自体の生態はだいたいわかるようになったが、それだけは未だにはっきりしない。人間界を支配しようとしているだとか、ただそういう生き物だからとか、いろいろ説はあるがな。悪魔に訊く物好きも、答える物好きもいないからな。……まあ、悪事を働くってことは確かだが」

「……そう、ですか」

「なので悪魔がお兄さんの身体で取り返しの付かない悪事を働く前に、なんとかボクたちがお兄さんを助けます」

「取り返しの付かない悪事というのは?」

「え……あーっと、それは」

「人殺しとかだ」


 言い辛くて閉口する明日香に代わり、篝が告げる。無慈悲に告げられた言葉。それをした彼の顔もまた冷たいものだった。

 明日香は思う。

 篝という男はどうしてこんな冷たい顔で、そんな無慈悲な言葉を口にするのだろうか。そしてそれは誰に対する態度なのだろうか、と。

 無慈悲な言葉を口にする時、篝はいつだってここではない別のところを見ている。付き合いの中で、明日香はそう感じるようになった。実際に、諸星ヒカリに答えた篝は窓の外を見ていた。諸星ヒカリの方など見ていなかった。


「悪魔は兄の身体を使ってそんなことを……」

「可能性は高い」


 諸星ヒカリは俯いて、何かを考えているようだった。


「あの」


 やがて顔を上げた彼女は静かに口を開く。


「そうなる前に、どうか兄を助けて下さい。兄の身体を使って悪事を働くだなんて、絶対に許せません。それにきっと、そんなことになったら兄は自分を責めてしまう。そんなのは嫌です。だから、どうか助けて下さい。お願いします」


 そう言って、諸星ヒカリは頭を下げる。

 その姿を見て、明日香は拳を強く握りこんだ。助けてあげたいと、そう思ったから。

 自分のことで大変なはずなのに、こんなにも兄を想っている。心配している。そんな姿に心を打たれたのだった。


※諸星ヒカリの病気は実際にある病気です。この物語ではあえて病名を隠しています。また症状も実際より軽くしています。

病名を出すかは迷ったのですが、各方面への配慮から出さないことにしました。ご了承ください。

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