チャプターEND:暗闇に
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明日香が居眠りをしていた頃、一つの異形が岩山を登っていた。
そこは不思議な世界だった。空には黒い太陽が浮かび、けれど辺りが完全な黒に包まれているわけではない。かといって物凄く明るいというわけではなく、月明かりに照らされた地球のように微かに明るい。そう、そこは人間界とは違う世界だった。
その異形は岩山を囲むように続くゴツゴツした坂道を登る。その顔には白い仮面。白い仮面には空に浮かぶ漆黒の太陽と同じものが描かれていた。
「やっぱり、ここにいたのか」
頂上に着いたところで太陽の仮面の異形が呟くように言った。
「……マトルドか」
応える声があった。それは太陽の仮面、マトルドと呼ばれた異形の足元。地面に横たわるもう一つの異形からのものだった。
その異形にも白い仮面があった。絵柄は逆巻く炎。ただしその色は黒だった。
「いや何。フレイム、君にミヤゲバナシがあってね」
「ミヤゲバナシだと?」
そう言ってフレイムと呼ばれた異形が身体を起こす。
「また人間界に行きやがったな」
「僕の趣味なんだ。別に構わないだろ?」
「変な趣味持ちやがって」
「今回はね、君にとっても面白いことがあったんだ」
「興味ねえよ」
「トオノメアスカに会った」
「……、」
「あら? 興味なかった?」
マトルドはフレイムの隣に座った。そうして顔を黒い太陽へと向ける。
「面白いリアクションが見れると思ったんだけど」
「悪趣味な野郎だ」
「だって、ずいぶんとあの女に入れ込んでいただろう?」
「誰が。……俺はただ無理矢理あいつの中へ封じられていただけだ」
「なるほど」
「……あいつには手を出すなよ」
「どうして?」
「俺の獲物だからだ。あいつは俺が殺す」
「ふむ。殺したいのか」
「殺し損ねたからな」
「見逃してやった、じゃなくて?」
「逃げられた、だ。今度こそ殺してやる」
「ふうん」
「だから手を出すなよ」
「まあ、そうしておくさ」
微かだった光が途切れる。漆黒の太陽の前を黒い雲が通ったのだ。何もかもが白と黒の世界が一時の間、完全な黒へと変容を遂げる。黒い姿の二つの異形もまた、闇に紛れて溶ける。
「そろそろか」
再び光が戻った時、不意にマトルドが言った。
「何が」
「ダークネスの計画さ」
「……、」
「どうなるか、楽しみだ」
「現実離れすぎる。あんなの成功なんかしねえよ」
「でも君もついて行くんだろ?」
「俺は自分の目的があるだけだ」
「……ふうん」
興味がなさそうに呟くマトルド。そんな態度に苛ついたのか、フレイムは舌打ちを零した。音のない静かな岩山で、その音は響き渡る。その様子すらも苛つかせるようで、フレイムは座ったままで地面を蹴りつけた。まるで煙草の火を足でもみ消すような仕草だった。
「テメエは本当に何を考えてるのかわからない。そこが気持ち悪い」
「別に何も考えていないさ。ただ僕は面白いことが好きなだけなんだけど、気持ち悪いか。傷つくな」
「大して気にしてないくせによく言うぜ」
「よくわかったね。何を考えているのか、わからないんじゃないのかい?」
「わかった、訂正する。テメエが他人からの罵倒を気にする奴じゃねえってことしかわからない。……いや、俺はテメエが嫌いってこともわかってる」
「僕は好きだよ、君のこと。見ていて面白いし」
「ホントに気持ち悪い。……俺はもう行く。ダークネスの野郎が待ってるからな」
そう言うと、フレイムは岩山を下って行った。
「フレイム。君は本当に面白いよ」
フレイムの姿が見えなくなったところで、マトルドは静かに呟いた。
「フレイム、トオノメアスカ……。君たちがどんな運命を辿るのか、最後まで見させてもらうよ」
マトルドはしばらく、白い仮面を黒い太陽へと向け続けていた。
お読みくだりありがとうございます。
以上で長いプロローグの終了です。
誠に勝手ながらこれにて一旦更新休止いたします。更新再開は未定ですがまた戻ってくるのでよろしくお願いします。