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Soul Cry  作者: 水無月ナツキ
第一章 出会い、日常、そして……
14/15

チャプター12:手紙

 十六時を少し超えた頃、明日香は篝の事務所を後にした。相変わらず雨は降っているため傘を差して帰路に着く。


「明日香ちゃん!」


 近くのバス停に辿り着いた時、明日香を呼び止める声がした。彼女が振り返ると、一人の少女が駆け寄ってきた。活発そうな少女だった。


「あれ? 京夏(きょうか)ちゃん、どうして……あ、篝さんに会いに来たんですか?」

「うん」


 神狩(かがり)京夏。彼女は神狩一族の一人で、歳は明日香より二つ下の十四。年下ではあるが、百五十六センチの明日香よりも少しだけ背が高い。

 京夏は制服のネクタイを巻いた半袖のカッターシャツに、その上から前を開けたノースリーブのジップパーカーを着ていた。雨が降っているからかフードを被っている。


「明日香ちゃんは?」

「篝さんの事務所からの帰りです」

「あ、そうなんだ。じゃあ新二(しんじ)にぃは事務所にいるんだね」

「はい」

「よかった。びっくりさせようと思ってここまで来たはいいけど、仕事で出ちゃってるかもって心配になってたとこなんだ」

「そうなんですね」

「ついでに。魔術の簡略化がけっこう進んだから、それを見てもらおうかなって」

「え? 前よりもですか?」

「うん。前はまだ少しだけ言葉が必要だったんだけど、それもなしにできたんだよ」


 京夏は魔術の簡略化をしようと試みている。

 魔力の操作方法は魔術師の基本で、誰もが同じ方法で行っている。しかし、魔術発動方法は個人によって異なる。それは個人によってイメージのし易さが違うからだ。

 魔術発動にはイメージが大切だ。例えば水柱を作る魔術があるとする。発動者はまず頭の中で水柱を想像する。しかしそれだけでは魔術発動には不十分だ。だから多くの場合、言葉などによってイメージを補う。そうすることによって魔術を発動させる。

 イメージ力が高い人間はそれだけ補助の言葉や動作を短くまとめることができる。つまり、魔術の才能の高さは魔力操作能力とともにイメージ力も関係してくるのだ。

 ちなみに祓魔関係の魔術と通常の魔術とでは魔力の操作方法が少し異なる。篝の通常の魔術が苦手というのはそこに理由があったりする。

 とにかく魔術師は人それぞれに魔術の発動方法が違う。京夏はそれを解消しようとしている。魔術の発動方法をシステム化させ、魔力の操作をできる者なら簡単に魔術発動させられるようにする。そんな風に明日香は聞いている。九字切りを参考にしているなんてことも言っていた。


「京夏ちゃんはすごいですね」

「そうかな」

「はい」

「わたしは好きなことをしているだけだよ」

「好きなことしているだけ、か……。やっぱりすごいです」


 不思議そうな顔をする京夏に、明日香は呟くように続けた。


「好きだからってなんでもできるようになるわけじゃないんですよ。だから、京夏ちゃんはすごいんです」

「……そういうものかな」

「そうですよ」

「そんな風に言われるとなんか照れるな。家族も新二にぃもそんなこと言ってくれないし」

「篝さんは言わないですよね。ボクも褒めてもらったことないですし」

「そうそう」

「でも、きっと言わないだけだと思うんです。口下手だから」

「そうかもね。……あ、そうだ」


 不意に思い出したように言う京夏。なんだか悪戯っぽい顔を浮かべている気がする。


「なんですか?」

「今日、さとっち先輩に何か聞かれた?」

「悟くん? んー……明日、学校来るかと聞かれました」

「他には?」

「他にですか? ……あ。なんか篝さんのこと好きなのかって聞かれましたね」

「それで! それで! なんて答えたの?」

「え?」


 食い気味の京夏に困惑しつつ先を続ける。


「好きじゃないって」

「そしたらさとっち先輩は何て!?」

「ちょっと気になって聞いただけって……」

「それで!?」

「それだけです」

「……ヘタレだな、さとっち先輩」

「え?」

「いやなんでもないよ」


 今度あったら一発殴ろう、と物騒なことを言っている気がした。が、気のせいだということにしておいた。


「ホントさ、さとっち先輩って頼りないよね」

「急にどうしたんですか? 確かに頼りないとは思いますけど」

「でしょ? いや特に理由はないんだけどね、あれじゃあモテないだろうなって」

「そうですか? 悟くんって見た目女の子っぽくて可愛いですし、頼りなくても一部の女の子にはモテそうですけど」

「そうかな?」

「たぶん。それにいろいろとわかりやすくて、からかうと面白いですし。S気質がある子は好きになりそうです」

「わかりやすいかー。確かにね。……ん? もしかして明日香ちゃん、さとっち先輩の気持ちに気がついてるんじゃ……」

「ちょっと良くわからないです」

「……明日香ちゃんって、意外に小悪魔っぽいんだね」


 そんな京夏の言葉を明日香は気にしないことにした。明日香には何を言っているのかさっぱりだったからだ。そう全然これっぽっちもわかっていない。悟が明日香に好意を寄せているなんて全然知らない。

 わからないからとりあえず笑っておいた。



 数分後。バスがやって来たため、明日香は京夏と手を振って別れた。






「ただいま」


 自宅の玄関を開けて言う明日香だったが、当然ながら誰からの返事もない。一人暮らしも一年ほどが経ち、その寂しさにも慣れた。実家にいた頃も兄以外の人間に返事をもらったことなどないが、それでも一人減っただけで最初の頃は寂しく感じたものだ。

 ローファを脱いで部屋に上がる。部屋の奥まで入っていって、鞄を持ったままベッドを背もたれにして床に座り込んだ。そして膝に抱えた鞄から時雨の手紙を取り出す。

 速く開けたい。でも開けるのが怖い。そんな思いが手紙の開封を躊躇わさせる。しばらくの間、封筒を見続けた。

 五分ほどが経っただろうか。ようやく開ける決心をして、怖怖封筒の口に指を持っていく。そっと開けると、中の便箋を取り出した。そして二つ折りのそれを開く。ゆっくりと、文面に目を通していった。






 ■□■□■□


 親愛なる我が妹、明日香へ



 夏も本番へと近づいてきた。明日香は暑さにやられていないかい? 私はなんとか倒れずにいられている。

 もうというべきか、まだというべきか。随分前の事のようにも感じるし、つい昨日の事のようにも感じるからわからないけれど、とにかくあれから一年ほどが経った。相変わらず明日香と会うことも、直接の手紙のやり取りも許されてはいない。だから回りくどいやり方でしかこの手紙を届ける事ができなかった。許して欲しい。


 けれどこんな日々ももうすぐ終わる。私が次期当主になることが正式に決まったんだ。そして現当主を失脚させる準備も少しずつではあるけれど進んでいる。とは言っても、失脚させるための理由が集めにくい状況ではある。けれどなんとかしてみせるよ。彼が進める計画は絶対に阻止しなければいけない。なんとしてでも。

 もうすぐだ。もうすぐ明日香と会えるようになる。私が当主になればきっと……。だからもう少し待って欲しい。



 時雨より


 ■□■□■□






 手紙を読み終えた明日香は小さく息を吐きだした。

 突然の手紙に、彼女は正直不安を感じていた。本当はもっと速く読みたかったし、読むべきだと今日一日ずっと思っていた。しかし、もしも悪い報せだったらどうしよう、という不安が読むのを躊躇わせていた。

 実際はそういう悪い報せではなかった。が、少しだけ心配を抱かせた。

 遠野目家現当主、遠野目最右衛門(とおのめさいえもん)を中心に進められている計画。それは明日香も知っていた。なにせ彼女は計画の一端を担っていたのだから。いや、担わされていたと言った方が正しい。

 それは恐ろしい計画だった。あれは確かにやめさせなければならない。だが一族全体が動きつつある中、果たして失脚させたところで止められるものなのか。

 とにかく、明日香は時雨の手伝いができない。実家に近付くことすらできないのだから。

 何もできない。だから心配なのだ。失脚計画のために時雨が無理をしないか。それが心配だった。

 それに最右衛門は時雨の失脚計画を知っているだろう。その上で時雨を次期当主の座へと座らせた。そこがもう一つの不安要素だった。

 ただ自分たちの計画は止められないという自信があるのか。あるいは何かを企んでいるか。もしも後者であるのなら、時雨の身が心配だ。

 本当は時雨を止めたい。最右衛門の計画は恐ろしいが、それよりも時雨が無事でいてくれる方がずっといい。最右衛門の計画など二の次だ。でも彼は言って止まるような人間ではない。絶対に諦めないだろう。一筋縄には行かないのだ。そこが悩みどころだった。

 時雨を止めるにはどうするべきか。それを考えるのが自分の責任だと明日香は思っている。全ての原因は自分にある。ならば自分が責任を取らなければならない。そう思っているのだ。


(全部、ボクのせいなんだ)


 過去を思い出す。自分の過ちを、思い出す。自分の身を自ら捨てようとした過去を。それが引き起こした悲劇を。明日香は一人静かに思い出す。

 そうしているうちに睡魔が明日香を襲う。ウトウトしながら過去を思い出すうちに、彼女はいつしか眠ってしまった。



 その日、明日香は夢を見た。かつて彼女に起こった過去を見た。

 

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